西山宏太朗さんのネイルから考えた "選択肢を奪わない"という多様性
最近、ネイルにハマっている。現在主流のジェルネイルではなく、市販のマニキュアを使ったセルフネイルだ。
きっかけは声優・西山宏太朗さんのSNSだった。
西山さんは昨年の春頃からセルフネイルを投稿している。丁寧に塗られたワンカラーもあれば、複数色を混ぜたニュアンスネイル、グラデーションやアートを楽しんでいるものも。持ち前のセンスや器用さ、凝り性の側面が存分に発揮されていて、個人的にはマニキュアの固定観念が塗り替えられたと思っている。
西山さんの美しいネイルは各所で話題になり、女性誌やネイル専門誌、百貨店のオウンドメディアなどでも取り上げられるように。そうして彼の言葉にふれる機会が増えたからだと思うが、いつしかぼんやりと「"ネイルをする"ということは、彼にとって本質的にどのような意味があったんだろう」と考えるようになった。
この記事では、それを私なりに読み解いてみたいと思う。まずは西山さんの経歴、ネイルにハマったきっかけをまとめたうえで、結論として多様性の課題についても考えてみたい。
西山宏太朗さんの経歴
西山宏太朗さんは、大手声優プロダクション「81プロデュース」に所属している人気声優だ。
小学6年生のころに「声を使った仕事をしたい」と考え、中学時代の友人の助言で声優を志すように。高校はクラーク記念国際高等学校 声優・放送コースへ進み、在学中の2009年、81プロデュースのサマーオーディションにて特別賞を受賞。同プロダクションの養成所「81ACTOR'S STUDIO」を経て、2011年5月より所属となり、声優としての活動をスタートさせた。
代表作は『学園ベビーシッターズ』(鹿島竜一)、『メジャーセカンド』(佐藤光/坂口光)、『A3!』(皆木綴)、『アイドリッシュセブン』(棗巳波)、『あんさんぶるスターズ!』(深海奏汰)など。アニメ、ゲーム、ラジオなど多方面で活躍し、2018年には第12回声優アワードにて新人男優賞を受賞した。
2020年には、人気声優が多数所属するレコードレーベル「ランティス」より歌手デビュー。同年に1stミニアルバム『CITY』を、翌年に2ndミニアルバム『Laundry』をリリースした。『Laundry』には、SUPER BUTTER DOG「サヨナラCOLOR」など数多くの名曲を手掛けた音楽プロデューサー、高野寛さんも参加している。
2021年には、30代最初のビッグイベントとして初の写真展『西山宏太朗写真展 N』を全国5都市で開催。約1万人を動員した。
写真展のメイングッズは、異なるテーマのもと撮影・編集された10種のZINE。西山さんの高いセンスとクリエイティビティにも注目が集まった。
ネイルにハマった理由と愛用品
ここからは既出のコラムやインタビューをもとに、西山さんがネイルにハマったきっかけなどをまとめていこう。
ネイルとの出会いは幼少期。お菓子の箱に整頓された母親のカラフルなマニキュアを取り出し、机に並べて遊ぶのが好きだったそうだ。そんな西山さんを見かねたのかマニキュアを塗ってくれたこともあるそうで、「とても嬉しそうにしていたらしい」と語っている。
西山さんはかねてよりキラキラしたもの、星や魔法といったモチーフが好きだったそうだが、母親のマニキュアへの愛着とも関連があるのかもしれない。そのような傾向は、連載コラムでの撮り下ろし写真や写真展のカットからも感じることができる。
小学校低学年のときには、おしゃれなクラスメイトが持っていた爪磨きシートをわけてもらい、初めて爪を磨いたという。ツルツルの爪をなでた感覚は今でも覚えているほど衝撃的だったそうだ。
今のようにネイルをするようになったのはライブイベントがきっかけだと明かしている。例えば『アイドリッシュセブン』では衣装に合わせてブラック、『あんさんぶるスターズ!』ではキャラクターのイメージカラーであるブルーのネイルを塗ってライブに出演。ヘアメイクと異なり自分で直視できるネイルは、日常から離れてキャラクターに入り込むための装置であり、緊張をおさえるための"心の安定剤"でもあったという。
ネイルの魅力に目覚めた西山さんだったが、プライベートでのネイルには葛藤があったそうだ。自身のコラムではこのように述べている。
その葛藤から脱けだすきっかけとなったのは、アーティストの星野源さんだった。
星野さんは2021年2月、デジタルシングル『創造』のリリースにあわせてアーティスト写真を更新。衣装にマッチした淡いブルーのニュアンスネイルが大きな反響を呼んだ。
星野さんがネイルに興味をもったのは2019年のこと。ニューヨークを訪れた際、渡辺直美さんを介して、Cardi BやDua Lipaなどを顧客にもつ人気ネイリストMEI KAWAJIRIさんと出会ったという。
MEIさんのネイルに感銘を受けた星野さんは、次の音楽活動でネイルをすることを決意。新型コロナウイルスの影響ですぐには叶わなかったものの、およそ2年のときを経て念願のネイルにチャレンジした。撮影当日はネイリストに現場入りしてもらい、衣装に合わせてネイルを用意してもらったという。
このアーティスト写真を見た西山さんは、メンズネイル=ブラックやシルバーといった固定観念にとらわれず、男性でも淡いカラーを使ってもいいのだと衝撃を受けたそうだ。それまで抱えていたモヤモヤが晴れ、その足でドラッグストアに向かい、パステルカラーのマニキュアを購入したのだとか。
そこから一気にネイルにハマり、ネイル専門誌『NAILEX』登場時には70本、女性誌『FRaU』Web版登場時には120本のマニキュアを所持していると明かしている。
最近では声優仲間からマニキュアをプレゼントされることも。旧知の仲である白井悠介さんからはオランダ発のネイルブランド「KOH」のネイルカラーを、花江夏樹さんからはエルメスのネイルカラーをそれぞれプレゼントされている。
所持しているネイルやブランドに関しては、各所に配慮しているためかあまり公開していないものの、SNSなどからわかっている範囲で
ちふれ ネイル エナメル 015 透明ラメ
NAIL HOLIC GR770
アルビオン エクシア ヴェルニ 01 ピンクブリス
アルビオン エクシア ヴェルニ 05 ストーングレイ
アルビオン エクシア ヴェルニ ポイント 02 ブルーフォグ
アルビオン エクシア ヴェルニ ポイント 05 ブラック
OSAJI 23 Izumi(泉)
OSAJI 25 Sunahama(砂浜)
〈レ・マン・エルメス〉ネイルエナメル ブルー・アンクル
〈レ・マン・エルメス〉ネイルエナメル グリ エトゥープ
〈レ・マン・エルメス〉ネイルエナメル ルージュ・カザック
KOH コウカラーズ(色番不明)
などを使っていると見られる。
「いい子でいる」という処世術
ここまで西山さんがネイルにハマったきっかけをまとめてきたが、私には違和感を覚えるところがあった。
それはプライベートでのネイルを躊躇していた理由だ。西山さんの理想の男性像にネイルが含まれていなかっただけで、決してネイルをやる勇気がなかったわけではない──果たして本当にそうだったのだろうか。
確かに、西山さんは星野さんという理想を手にしてすぐにパステルカラーのネイルにチャレンジした。しかしその一方で、プライベートでのネイルについて周囲に「仕事で必要だから」と誤魔化していたとも話している。説明が面倒だっただけかと思いきや、そのような言動について
とも語っている。
「いい子でいたかった」という内省の言葉は、西山宏太朗という人間を読み解くにあたって重要なポイントだろう。これは決して承認欲求・自己顕示欲のために八方美人に徹することではない。求められるものに対して自身を高度にチューニングし、ピンポイントで提供する彼のパーソナリティを象徴するものだ。
例えばラジオや配信番組であえて毒を吐くタイミング、いじられるための狂気的な振る舞い、抽出するエピソードやその構成、間のとり方。連載コラムでもいい塩梅で自虐を入れたりポップな言い回しをしたりするし、一問一答のコーナーはもはや大喜利なのだが、それらはすべて絶妙な温度感なのだ。
実際、西山さんが慕っている先輩声優・江口拓也さんは、西山さんのフォトエッセイにこのように寄稿している。
空気を読むときの解像度の高さ、期待される役回りを見抜く聡明さ、その役回りを見事にやってのける器用さ。その優れた能力を表面化させない配慮まで含めて、彼はいつもベストアンサーを提供してきた。
ただ、そのようなベストアンサーは往々にして"等身大の自分"とトレードオフでもある。特に感情や指向はパーソナルなものであり、理屈で説明するのが難しく、社会的・文化的文脈において合理性に反するケースが多いからだ。
例えば、西山さんが対峙した「メンズネイルはこうあるべき」という固定観念。自分の好きな色やモチーフに対する「男らしさ」「女らしさ」のバイアス。社会に刷り込まれた"普通"という概念。それらと摩擦なく折り合って最適解を出し、スムーズに事を運ぶという合理性をまえに、彼は当たり前に等身大の自分を抑制しなければならなかったはずだ。
これは、プライベートでネイルを始めてもなお周囲に「仕事だから」と説明していたエピソードからも、インタビューでの「目立たない方が楽だと思っていた」という感情の吐露からも伝わってくる。
ではなぜ、あえて「憧れる気持ちがない」という表現を選んだのだろうか。
あくまで推測に過ぎないが、私は、これもまた西山さんにとって真実だったのだろうと考えている。つまり、ネイルをやりたいという憧れを認識したうえで嘘をついていたのではなく、最初から憧れるという選択肢を排除していたということだ。
「やりたいのにやれない」は外的要因が関わってくるが、「そもそもやりたくない」は内的要因のみで処理できる。そのようにして自分の事情に落とし込んだほうが、葛藤を最小限に抑えて「いい子」に徹し、ベストアンサーを提供することに集中できる──それが西山さんなりの処世術であり、これまでもそのようなことがあったのではないだろうか。
西山さんにとって一度手放したはずの選択肢。それを選択可能なものとして復活させたのが星野さんだったのだろう。加えて、12年目というキャリアのなかで実直に仕事と向き合い、自信がついてきたことも大きいようだ。
かくして西山さんのネイルは、社会的な意味でも実現されるに至ったのだと考えている。今やSNSに投稿するたびに数万いいねを獲得し、ネイルをきっかけとしてSGDsの企画に登場するなど、活動の幅を広げている。
選択肢を奪わない多様性
この世界には、何かに追いやられて選択肢を手放したがゆえに、私たちが見ることも感じることもできないでいる素敵なものが、きっとまだたくさんあるのだろうと思う。
今では多くの人に愛されている西山さんのネイルも、星野さんがアー写を更新しなければ、あるいはキャリアを重ねたこのタイミングでなければ、一生見ることも知ることもできなかったのかもしれない。
では、そうなってしまったのはその人の自己責任なのだろうか? 理論上はあらゆる選択が可能なのだし、だからこそ当事者が自ら選択しなかっただけだと主張する人もいるだろう──そこに理論と実態の乖離という、大きな壁があることを想像しようとすらせずに。
多様性の議論では、社会や企業などでいかにして"声"を拾い、包括していくかが語られることが多い。しかし声を拾うシステムを実装したところで、声を上げれば嫌がらせや非難などの不利益を被る可能性がある、あるいは、声を上げたところで都合のいい声しか反映されない・何のサポートも受けられない可能性が想像される環境ならば、声が集まらないのは当然のことだ。制度化しづらいパーソナルな指向であれば尚更、声を上げるリスクは高くなる。
その場合、実態としては選択肢がないことと同等だ。そして、選択肢を選べなかったのではなく選ばなかった、それでよかったのだと処理してしまうほうが、苦しみやモヤモヤを最小化できるのである──多様性のない社会はそうして誰かの選択肢を"奪っている"という事実に目を向けるべきだし、多様性の議論はその前提から始めなければ、適切なソリューションを設計することはできない。
これは大袈裟で高尚な議論ではない。多様性は、この社会に参加しているすべての人にとって現実的な問題だ。
社会は連鎖でできている。過去の研究を引き継いで新たな発明が生まれたり、既存のアイデアを組み合わせて新たなビジネスが生まれたり、誰かの活動に触発されて社会的なムーブメントが始まったり──あらゆるものが連鎖し、枝分かれしながら各所で新たな価値が生まれ、その恩恵を受ける人が現れる。
西山さんのネイルでいえば、前述のとおり星野さんの影響だ。そこに情緒的価値、自己実現価値が生まれたことは明らかだし、さらにSDGs企画をはじめさまざまなところで取り上げているのを見ると、社会的価値も生まれているはずである。この影響を受けた人たちが、またそれぞれに価値を生み出していることも十分に考えられる。
でも、どこかで選択肢が奪われてしまえば、その地点以降のすべての価値創造と恩恵を受ける機会はゼロになる。その恩恵を受けるはずだったのは自分や家族、友人など大切な存在だったかもしれないし、その恩恵は生き方に関わるような重要なものだったかもしれない。少なくとも、そうでないとは誰も言い切れないはずだ。だから、多様性の議論は他人事でも綺麗事でもないのだ。
最後に、私は今後も西山さんの表現活動をいろんな形で見れたら嬉しいと思う。高いセンス、手先の器用さ、思い描くものをビジュアル化する能力などに加えて、クリエイティブに対する強い欲求がある方だと思うし、写真展では「まだまだやってくれそうだなぁ」と感じたので、とても楽しみにしている。
そうして、西山さんが語っていた「正直に自分を表現すること」が西山さんにとっても、この社会に参加している誰にとっても憧れではなく、自然なことになる日が来ることを願って、この記事を書いている。
引用・参考文献
西山宏太朗フォトエッセイ たろりずむ
西山宏太朗フォトブック たろりにすと
声優グランプリ 2021年4月号〈アダムとイヴと西山宏太朗〉
声優グランプリ 2021年5月号〈アダムとイヴと西山宏太朗〉
NAILEX2021年10月号〈指先が語る男の色気〉
MITSUKOSHI ISETAN〈人気声優 西山 宏太朗さんが本気で選ぶ!?伊勢丹新宿店のおすすめギフト9選【ラジオショコラ スペシャルインタビュー Vol.2】〉
miyearnZZ Labo〈星野源 アー写でネイルを塗った理由を語る〉
VOGUE〈The Extreme Nail Artist With Equally Out-of-This-World Style〉