重度認知症患者に対し、身体拘束による人権侵害が日常的に病院で行われる7つの理由
施設に入所している重度認知症患者さんが救急要請されるとき、本人の同意が得られていると確信できるケースは少ない。
認知症だから、といえばそれまでだが、救急要請と入院はルーチンワークになっていて、そこに話し合いや価値判断が含まれていないと感じる。
家族に電話すると、施設から救急要請をすると言われました、と返事があり家族の同意を得ていることはおぼろげながら分かる。
重度認知症で肺炎を発症して入院しても、生活の質が低下し、経口抗菌薬と比べて長生きにする証拠に乏しいことが、先日紹介した論文からは示唆される。
本人に明確な利益が乏しい医療を、保険診療のもと、同意を得ずに実施する根拠はどこにあるんだろうか。
重度認知症であればまず、入院前に身体拘束の同意を書面で取得することになる。
本人が身体拘束を拒否した場合は、認知症のため意思決定能力に乏しいと判断し、家族に説明しサインをもらって同意とみなす。
ここで問題になるのは
入院に本人の同意が得られなくて
利益が乏しくても
家族の同意があれば入院させてしまう
治療の同意が得られていなくても
また同意していないと解釈できる点滴や経鼻胃管の自己抜去があっても
それは本人の意志とは解釈されず「せん妄」とみなされて身体拘束という人権の制限が行われる。
この2つだ。
入院治療が必要で本人に利益があるという前提のもとに、重度認知症患者に対する、本人の同意なしの救急要請、入院、行動制限は常態化している。
施設としては何かあったら訴訟になりかねないから最大限の救命の努力をしたと示さなければならない。
だから救急要請する理由がある。
救急隊は救急要請を受けた場合、原則として病院まで搬送しなければならない。
病院が救急車を受け入れた時点では施設職員しかおらず、家族は翌日来院することも多い。また、来院した家族が代理意思決定者(キーパーソン)ではないこともしばしばある。つまり、来院時点では家族の態度と希望を聴取する事が出来ないから、重症度を鑑みれば、認知症の終末期であっても、入院を受け入れざるを得ない。
また、救急入院は利益率が良いので、病院の経営上重視されることが多い。逆に言えば、断ることは経営陣から注意されるリスクがある。
重度認知症高齢者が感染症と普段と異なる病院に入院した場合、しばしば点滴を抜去したり、ベッドから離れようとすることがある。
これは治療の拒否とは見なされず、「せん妄」と判断され、身体拘束が必要になる。
最後に、重度認知症に対する知識の不足がある。認知症への啓発活動に関して、政府やマスメディアは物忘れに焦点を当てており、医学教育では診断と治療に焦点を当てている。
重度認知症の診断と予後は無視される領域だ。
診療していないからわからないということは内科医であればありえない。それは単に患者の併存疾患を調べていないだけだ。
でも、重度認知症患者に対する無関心は医師の間にあまねく行き渡っているように思える。
先日紹介したFASTも使っている医師は殆どいない。
1.施設の訴訟リスク回避
2.救急隊の原則病院搬送のルール
3.すぐに来院しないキーパーソン
4.病院経営上の理由から入院を断りづらい救急担当医
5.身体拘束に対する倫理的障壁の低さ
6.せん妄の安易な診断
7.重度認知症に関する医療従事者、一般市民の知識不足
が組み合わさって、本人の同意が無視された状況でリスク回避が行われ、本人の人権が侵害されている。
じゃあ、この状況にどのように対応すればよいのだろうか。
一つ一つ対策を考えてみる。
施設のリスク回避
先述したように、誤嚥が起きたときに救急搬送されなかったために施設が患者家族に約2000万円を支払った事例が複数ある。そのため、救急病院は施設が訴訟に巻き込まれるのを避けるべく、誤嚥性肺炎の患者を治療し、施設に入所、ないし戻るときに以下のように家族に説明し、文面をカルテと診療情報提供書に記載すべきだ。
「誤嚥性肺炎は一ヶ月以内に20人に1人が再発する疾患です。
重度認知症が併存しており、食事介助や食形態の工夫などに関わらず半年以内に死亡する可能性が高いです。
誤嚥性肺炎が再発した場合、救急要請し入院して治療すると、認知症を背景とするせん妄を発症し、今回の入院のように、点滴治療の継続のために身体拘束を要するでしょう。
結果として身体拘束によって本人の人権が侵害される可能性が高いです。
施設で治療する場合、環境変化がなく、内服の抗菌薬で治療するため、せん妄のリスクは低いです。
また、経口抗菌薬でも死亡率はあまり変わらないという報告があります。上記を踏まえて、誤嚥性肺炎の再発時には本人の希望を尊重した対応をお願いします」
このように記載すれば、施設も裁判で敗訴するリスクは下がるのではないか。
また、Do not hospitalization(認知症の終末期と考えられ、入院治療の効果が乏しいと推定される場合には、入院を希望しない)指示についても話し合うべきだろう。
さらにいえば、訪問診療医が施設と連携し、救急搬送の前に家族と話し合う時間をつくるのが望ましい。
救急隊の原則病院搬送のルール
重度認知症が背景にある場合、身体拘束と入院に関して本人に同意を口頭で確認し、得られない場合はキーパーソンに確認し、どちらかの同意が得られない場合は不搬送を可能とするなど、搬送に関するルールの調整が望ましいだろう。
ただ、ここは僕も無知だ。
いずれにせよ、コロナ禍で救急搬送が不可能だった時代の前例を踏まえて、ルールの調整は必要に思う。
すぐに来院しないキーパーソン
おそらく入院がルーチンワーク化しているのが原因だ。
上記を見れば分かるように、現状はキーパーソン不在でも入院が決まる。
誤嚥性肺炎の入院が自己負担3割になり、高額療養費が適応されなければ、一般的な誤嚥性肺炎の入院期間である30日の三割負担で、約50万円支払うことになる。
家族に人権を侵害した治療をするために月50万円払うかの意思決定が必要であれば、キーパーソンも通常はすぐに来院するだろう。
これに関しては高額療養費制度の修正と、自己負担率三割が有効だ。
病院経営上の理由から入院を断りづらい救急担当医
公立病院であれば病院経営は補助金に依存するのでフィクションだ。
どちらかといえば救急医療の価値は病床利用率ではなくて、地域に適切な医療を提供しているかで判断されるべきだろう。
ちなみに、誤嚥性肺炎を多く受け入れていそうな病院は、入院患者の統計情報をホームページで公表していないことが多い。
でも、各市中病院の診断群分類別患者数等(診療科別患者数上位5位まで)
「内科」を調べてみると、内科救急入院のリアルはかなりつかめる。
三次救急病院はたいてい内科ではなくて、臓器別診療科になっているのと、大学病院や専門病院(がんセンターとか)は、その実態を当然ながら反映しない。もし自分の近所にある病院のこのデータを見てみると、結構いろいろなことがわかると思う。
特に、誤嚥性肺炎の患者数がどのくらい多いか
平均在院日数(どのくらい入院しているか)が、どのくらいか
転院するのがどれくらいか
平均年齢は何歳くらいか、を調べてみよう。
例を出すと
https://shiroishikyouritsu.jp/files/libs/419/202409281151569006.pdf
こうした病院のデータは、ある程度一般的な二次救急病院の実情を反映しているように思う。
それぞれ、誤嚥性肺炎の入院は内科入院疾患の2位、2位、1位を占め、平均在院日数は28日、30日、30日、転院率は17%、17%、24%、平均年齢は85歳、87歳、80歳だ。
身体拘束に対する倫理的障壁の低さ
忘れられない光景がある。
後期研修医時代に、中小規模急性期病院で日直して回診すると、半分以上は体幹抑制をされていた。
体幹抑制というのは、臍のあたりの高さで胴体を押さえつけてベッドから離れることを防ぐベルトだ。しばしば点滴を抜かないようにするためのミトンもセットになっている。
これじゃあ痒いところも掻けないし、腰が痛くても姿勢を変えることも難しい。
医療スタッフは当たり前のように受け入れていて、特に疑問や問題意識を抱いている人はいなかった。
経口抗菌薬が、点滴と比べて誤嚥性肺炎の治療効果に大差がないなら、体幹抑制を肯定する倫理的根拠は殆ど存在しないように思う。
せん妄の安易な診断
知らない場所に知らないうちに連れられたから元いた場所に帰りたいがための自然な行動もせん妄と診断されてしまうことがある。
せん妄を減らすための技術はいろいろとある。
でも、そもそもこの入院は必要だったのかな、という内省が最も必要なものと思う。
重度認知症の診断と予後に関する知識
これは本当は大学で教えて国家試験で出題するべきものなんだろう。
最低限、認知症を見たらFASTのどの段階かを意識するだけで状況は変わってくる。
神経内科医や精神科医、総合診療医以外が認知症の診断をする機会は少ないけど、今や実質的に患者さんを診療するほぼ全ての医師(例外は美容外科、産科、小児科)が、認知症患者を診療することになる。
本来であれば、自らの意志にそぐわない長期入院を行う権限があるのは、精神保健指定医による医療保護入院と措置入院だけだ。
なぜ重度認知症だけはこの原則の例外になっていて、特に資格を持たない内科医が同意を取れるのか、僕にはわからない。ここには本当に法的根拠があるんだろうか。なさそうだが…。
もし知っていれば教えてほしい。
しかし、僕が見た半分以上の体幹抑制を受けている患者は皆、「生命又は身体を保護するため緊急やむを得ない場合」だったんだろうか。
いや、人手が少なくて行動制限をしなければ対応できない、という反論はありえる。
でもそれは、入院した方が良い治療が受けられる、という前提があってこそだ。
そもそも入院の必要性が乏しければ
経口抗菌薬と比べて死亡率に差がなければ
「生命又は身体を保護するため緊急やむを得ない」
と抗弁するのは難しくなるのではないか。
僕が懸念するのは、患者さんの人権が侵害されるからだけではない。
身体拘束された患者ばかりの病院で日常的に医療・看護を実践すると、士気が低下し、自分の仕事の意義がわからなくなり、倫理観も麻痺してくるからだ。
田舎にはこれくらいしか仕事がない、と考える人もいるかもしれないけど、これくらいしかない仕事をなくして、その分のお金と人をもっと価値のあることに割り当てることができるかもしれないんだ。
この7つの原因のうち、一つを変えるのは難しくても、何かを変えることはできるはずだ。
少なくとも医師であれば診療情報提供書に重度認知症における誤嚥性肺炎の一般的知識を追記し、退院前に患者家族に伝えることはできる。
また、重度認知症について学ぶこともできる。
二次救急病院で働いているなら、自分の時間をどれくらい確保できるかは、正直言って重度認知症患者の誤嚥性肺炎をどれだけ適切に対応できるかにかかっている。
おそらくこのテーマに関する最良の書籍は
だろう。
また、自分の所属する市町村に、誤嚥性肺炎の受け入れが非常に多く、転院率が非常に高い病院があれば、グレーゾーン入院を多数受け入れることで身の丈に合わない病床を維持しようとしている可能性が高い。もし自治体に関連する仕事していれば、こうした病院に対する監査を要求する、という方法はあるだろう。
この問題はおそらく一つの領域だけで動いてもあまり変化しない。
でも、いろいろな領域からこの問題を解決しようとする声が上がれば、状況は劇的に変わるかもしれない。