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入院患者の高齢化問題と、若い医師のモチベーションがなぜ低いままなのか問題

2020年に病院で勤務した場合、入院患者の54.5%は、75歳以上である。

下の図表を見ればわかるように、病院に入院する総数1211300人(約121万人)のうち、75歳以上は6428000人(約64万人)である。

https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-12601000-Seisakutoukatsukan-Sanjikanshitsu_Shakaihoshoutantou/0000138077.pdf

https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/kanja/20/dl/toukei.pdf  より、一部改変

後期高齢者の受診が爆発的に増加しており、それ以外の世代では横ばいないし低下傾向であることがわかる。(令和2年は新型コロナウイルスの流行によって各病院の病床が感染対策のために実質的に減少したことに留意)

入院総数が減少する中で、後期高齢者、特に80歳以上の入院が増加していることがわかる。

初期研修医は基本的に、指導医と共に入院患者を診療する。勿論救急外来や、最近だと外来研修を行うことも多いが、勤務時間の殆どは入院患者の診察・診療・考察に時間を使うことになる。

多くの医師は、基本的には患者さんの命を助けたい、というモチベーションを少なからず持って研修をはじめることが多いが、イメージするのは現役世代の診療をして命や機能を助ける、ということだろう。たいていの医療漫画や医療ドラマも、こうした年代の患者さんが出てくることが多い。

 最近打ち切られた「王の病室」を除けば、後期高齢者が患者として医療漫画・ドラマに出てくることは本当に稀だ。

 しかし実際は、入院患者の半分以上は後期高齢者である。
さらに後期高齢者の半分くらいは85歳以上で、4人に1人は90歳以上の超高齢者だ。

大学病院は当然ながらより若い患者さんが多い。
ゆえに、大学病院での卒前教育は超高齢化の現状に全く適応していない。

市中病院では実際に患者さんの年齢の中央値は75歳前後であることが多いだろう。高齢化が進んだ地域なら、もっと高齢かもしれない。

地域枠で研修・勤務が義務付けられる病院の高齢化率は40%から50%前後の地域が多く、こうした地域の入院患者はさらに高齢であると推定される。

さて、問題になるのは高齢者医療の専門家はなかなかいないことだ。
老年科という専門分野があるはあるが、大学内で強い、という話は聞いたことがなく、あまり人気もない。

また、後期高齢者に有病率の高い誤嚥性肺炎、尿路感染症、嚥下障害、認知症、心不全、せん妄、褥瘡、老衰、(正常の)老化、廃用症候群、脆弱性骨折、加齢性難聴などに関する卒前教育は乏しく実践的でもない。

そして現代医療の方法として確立したEvidence based medicineも、85歳以上では力強いツールとは言えない。というのも、医療のエビデンスの多くは65歳前後に対して行われた臨床試験に基づいており、超高齢者の医療がどの位有効であるかは明らかではないことが多い。

が、予防医療は余命が短い人にとって効果が乏しそうだ、ということはエビデンスなど用いなくてもわかる。

研修医を指導する上級医も、専門領域に詳しくとも老年医学の知識は乏しいことが殆どなので、市中病院で勤務する研修医の多くは、一部の専門領域を除いて、患者さんから何をどうやって学べばよいかわからないままに研修を受けることになる。

さらに言うと、老年医学のガイドラインはあまり出来が良くないのでこれも正直参考にならない部分が多い。

上級医から指導を受けても、その専門知識が目の前の患者さんにあまり役に立っていないのでは?と感じることがしばしばあるわけだ。

さらに、高齢の患者さんは入院期間が長くなりがちである。
家に帰るには介護が必要だが、介護をする家族もまた、高齢だからだ。
病院によっては急性期治療が終わったら転院させるが、これではあまり学べることはない。

一方で、退院まで診療していても、結局退院調整が手間取ってなかなか退院していかない中で長期入院に伴う合併症が次々起きてその場しのぎの対応がされていくのを眺めることになる。

そしてそういうもたつく患者さんはたいてい認知症を合併していたりして、うまく話ができないことが多いし、家族も面会に来ることが少ない傾向にあるので、患者さんが何を体験しどんな生活をしてきたのかを知ることが難しい。

運よく指導医がジェネラルな素養を持ち、老年医学の体系が内面化されていて、アドバンスド・ケア・プランニングを含めたコミュニケーションが適切にできる場合は、色々なことを学べるチャンスはあるのだけど、正直そんな医師がそうそういるわけではない。

上記の知識は誰かが教えてくれるわけじゃないし、先輩が役立つ本を教えてくれるわけでもない。患者さんを診療しながらいろんな本や論文を読み漁りながら試行錯誤するしかない。

だからどちらかというと、一流研修病院出身のデキレジのほうが、高齢者医療の混沌を苦手としている傾向さえ感じられる。

この患者の高齢化、医師の専門性と実際の診療が乖離している問題は、特に内科で起こりやすい。耳鼻科、眼科、精神科、皮膚科などの所謂マイナー科と呼ばれる診療科では問題になることが少ない。
また、外科系も手術をメインでやっているところであれば、手術ができる程度に元気である、という前提条件から、高齢化の影響は受けづらいだろう。

内科の中で内分泌代謝内科が人気なのも当然で、この診療科は外来とコンサルテーションがメインの業務で、将来的には外来専従も可能になるからだ。

こうした状況と内科専門医取得のハードルの高さが相まって、ますます内科志望者は減っていくのだ。

誰もこうした事実を言わないのは、言葉にしたらさらに人気が減ると考えているからなんだろうな。

ああ、ちなみに高齢化率の上昇は2060年まで続きそうだし、高齢者の高齢化も同じくらいの時期まで続く。
ざっくり言い換えると、今年研修医になる医学生は、リタイアするまでこのトレンドは変化しない、ということだ。

医療漫画/ドラマみたいな状況に出会える機会はますます減るだろうし、内科をやる限り、老年科としての業務が占める割合は、少なくとも46年くらいは増えていく傾向にありそうなんだ。




 












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