同人誌の表紙に素材集の写真サンプルを模写したイラストを使ったら高額請求、そして訴訟された件
はじめに
※本件は私自身の実体験ではありません。
本件概要
本件は「原告が,被告において原告の販売する写真素材を原告に無断でイラスト化して自らの作品に使用して販売した行為が,原告の当該写真素材に係る著作権(複製権,翻案権及び譲渡権)を侵害すると主張」し、「被告が,本件本訴の提起を含む原告による過大な損害賠償請求等が不法行為に当たると主張」し、それぞれ損害賠償請求をしていた事案です。
以下、判決文より要約です。
原告は、写真等の映像コンテンツを作成、販売する企業。
原告は、第三者のウェブサイトにおいて写真素材集(以下「本件写真素材集」)を販売しており、その中に「コーヒーを飲む男性」という写真(以下「本件写真素材」)が収録されている。
被告は、同人誌イベントに出品する小説同人誌の裏表紙を作成した際、インターネットで「コーヒーを飲む男性」の画像を検索して出てきた本件写真素材のサンプル画像を参照してイラスト(以下「本件イラスト」)を描き、裏表紙に掲載した。当該小説同人誌は同人誌イベントで五十冊販売した。
被告は後日、第三者からの指摘を受けて、本件写真素材が本件写真素材集に収録されて販売されているものを知り、まずはウェブサイト宛に謝罪と使用料の支払いを申し出た。ウェブサイトから権利者である原告へ連絡するよう指示され、被告が原告へ同趣旨のメールを送付したところ、原告は被告に対して当初、損害賠償金として本件写真素材の販売価格の20倍に当たる54万円の支払いを求めた。その後(更に? あるいは低減して?)29万7000円の支払いを求めたが、被告がこれに応じなかったため、本件本訴を提起した。
これに対し、被告は請求が過大であるとして反訴した。
争点は以下の通り。
(本訴について)
(1) 本件写真素材は著作物に当たるか
(2) 原告は本件写真素材の著作権者か
(3) 被告は本件写真素材に係る著作権を侵害したか
(4) 著作権侵害による損害の有無及び額
(反訴について)
(5) 原告の請求が不法行為に当たるか
(6) 原告の不法行為による損害の有無及び額
本稿では本判決の内、本訴争点(1)、(3)について述べます。
原告、被告それぞれの主張は判決文を参照いただくとして、争点に対する裁判所の判断をまとめます。
1 争点(1)(本件写真素材は著作物に当たるか)について
2 争点(3)(被告は本件写真素材に係る著作権を侵害したか)について
「表現上の本質的な特徴」とは
上記の内2の(2)が最重要ポイントと思われるので省略せず全文引用しています。その中でも特に重要なのは「表現上の本質的な特徴」という言い回しで、これは著作権判例で必ず名前の上がる「江差追分事件」で登場しました。この件は有名すぎるので気になった方は各自調べていただくとして(判決文中に出てくる平成11年最高裁判所判例がまさにそれで、末尾のリンク先でも解説されています)、ここでは割愛します。
本件で原告の「コーヒーを飲む男性」(別紙1)と、被告の作成した裏表紙(別紙2)は以下のとおりです。裏表紙のうち該当部分を拡大したものも掲示します。
「普通の感覚」と「司法の感覚」は異なる
一般人の感覚で「類似している」「依拠(参照)している」と感じても、司法においては必ずしもそう判断されないのが難しいところで、上記の写真は一般的には誰が見ても「似ている」し、「参照した」と思われるでしょう。
しかし司法、著作権法において類似性が認定されるのは、「表現上の本質的な特徴」に限ります。ありふれた表現が似通っていたとしても、それは著作権法でいう「複製権や翻案権の侵害」には該当しないのです。
2の(4)で「本件写真素材の表現上の本質的特徴は,被写体の配置や構図,被写体と光線の関係,色彩の配合,被写体と背景のコントラスト等の総合的な表現に認められる」としつつ、「一方,前記前提事実(3)のとおり,本件イラストは本件写真素材に依拠して作成されているものの,本件イラストと本件写真素材を比較対照すると,両者が共通するのは,右手にコーヒーカップを持って口元付近に保持している被写体の男性の,右手及びコーヒーカップを含む頭部から胸部までの輪郭の部分のみであり…本件イラストは,本件写真素材の表現上の本質的な特徴を直接感得させるものとはいえない。」と結論付けています。
要するに、「似ているし、参照はしただろうが、肝心要の部分を真似していないので、著作権法でいう複製にも翻案にも当たらず、著作権侵害ではない」と言っているわけです。
「似ているし、明らかに参照もしていると思われるものであっても、著作権侵害ではない場合がある」ということは、一般にはなかなか納得しがたいものかもしれませんが、判例を見る限りは、著作権法はそう運用されているようです。生成AIにおけるいわゆる「i2i」にまつわる裁判が起こるとすれば、本件が射程に入るのではないでしょうか。
著作権法第一条が「この法律は、著作物並びに実演、レコード、放送及び有線放送に関し著作者の権利及びこれに隣接する権利を定め、これらの文化的所産の公正な利用に留意しつつ、著作者等の権利の保護を図り、もつて文化の発展に寄与することを目的とする」となっているように、この法は「利用」と「保護」のバランスを取ることを目的としています。著作権があるからといっていかなる場合も保護されるわけではなく、適正な利用ができることも定めているわけです。
本件は地裁で結審しているようで、知財高裁、最高裁に進んでいたら別の判決になった可能性はあります。その点についてはご承知おきください。
参考資料
「表現上の本質的な特徴を直接感得する」ことの意味について、詳しく知りたい場合は以下のサイトが参考になるかも知れません(私は参考にしました)。
https://chosakukenhou.jp/hyougennohonshitutekinatokutyou/