蛍光アームウォーマーのこと
新谷仁美選手がツイッターに上げた蛍光アームウォーマー。
今年はいろんなレースが延期や中止となって、残念だなあとは思うのですが、蛍光アームウォーマーのストーリーは個人的にも今年のハイライト。蛍光アームウォーマーのことについては「あまこま箱根ロス」の大阪国際女子マラソンのページにも書いていたのですが、こっちに大幅加筆修正して「あまこま箱根ロス完全版」として書いてみようと思います。
大阪国際女子マラソン
「蛍光イエローのハイソックス、大阪のどこで買えますかねえ」と大阪国際女子マラソンの前日、横田真人コーチからLINEがはいった。「淀屋橋のミズノなら、ありそうですけどね。」「新谷はNIKEと契約してるんで、NIKEの蛍光ハイソックスを探しているけど、これがどこにもなくて」。新谷仁美選手は1月12日に京都で都道府県駅伝でアンカー(10km)を30分57秒区間新記録にあと5秒と迫る走りで区間賞。すぐにアメリカテキサス州ヒューストンへ飛びヒューストンハーフマラソンに向けた調整へ。1月19日はヒューストンハーフで福士加代子のもつ日本記録を14年ぶりに48秒も大幅に更新。ヒューストンハーフを走り終え、その日の夕方にはLAへ移動。LAではNIKEペガサス37のグローバル展開CM撮影をこなす。そして1月25日にLAから直接、大阪に入り、翌日の1月26日は大阪国際女子マラソンにペースメーカー(12km)のために走るという。
移動だけでも大変なのに、出場するレースはすべて全力でこなす新谷仁美が休むことなく、大阪国際女子マラソンペースメーカーをやることには、特別な意味があった。オリンピックをともに戦った福士加代子(ワコール)の力になりたいということ。そしてロンドンオリンピック選考レースとなった2012年日本選手権大阪5000mで優勝した新谷にゴール後のウィニングセレモニーで花束とポカリスエットを手渡したのが当時高校生の松田瑞生(ダイハツ)をはじめとした、オリンピック3枠目を狙う選手の後押ししたいという思いがあった。
ペースメイクをするにあたって、新谷と横田の頭に浮かんだのはヒューストンハーフ終盤、宇賀地強とともに新谷の風よけとなって日本新記録までいざなってくれた蛍光ハイソックスを履いた大柄なアメリカ人男性ペースメーカーの存在。強烈な向かい風を1手に引き受け、新谷をスリップストリーム状態で引っ張った蛍光ハイソックスのペースメーカー。そしてスタートダッシュでいち早くポジションを確保し手信号を駆使しながら的確なレース運びを進めた宇賀地強。二人のペースメーカーの献身的な走りの恩恵を感じた新谷だからこそ、大阪国際女子マラソンでも、予定どおりのラップを刻むだけでない「最高のペースメーカー」として仕事を全うしようと考えた。
スタート直後は集団になるため、ペースメーカーの存在はわかりづらい。そこで、普段は走りの感覚がかわるから履かない蛍光ハイソックスを履き、選手の目印となってペースメイクをしようと考えた。買い出しに出たのは横田コーチ。新谷はNIKEの契約選手であるから、他メーカーのロゴが入ったウェアは着用できない。NIKEロゴ入りの蛍光ハイソックス探索は困難を極めた。そこで東京にいた筆者に白羽の矢がたった。「原宿に行けば売ってるかも」とNIKE原宿にいくも、蛍光イエローのミッドカットソックスはあってもハイソックスは売っていない。新谷からも「走りの感覚は変えたくないから、ソックスはいつもどおりのローカットのランニングソックス、ハイソックスは辞めて、蛍光イエローのアームウォーマーにしよう」というオーダーが入るも、これもない。アームウォーマーでそこまで目立つものは、中央学院大学以外は使わないはずだし、中央学院大学はアシックスだからアウト。ヒューストンハーフのゴール写真を拡大すると、蛍光ハイソックスマンの足元は蛍光ゲイターであることが判明。NIKE原宿で店員に写真を見せて聞いてみるも「日本展開をしてない商品である」という。そりゃ、そうだ。こんな派手なゲイターは日本人には似合わない。
こりゃ、無理かな。諦めて帰ろうとしたとき、NIKE原宿からもほどちかい、原宿駅前にサッカーショップがあることを思い出した。中央学院大駅伝部でなくとも、蛍光イエローのハイソックスを履くサッカーチームはありそうだ。サッカーショップの3階にあるソックスコーナーに行くと、蛍光イエローでNIKEのロゴがはいったハイソックスがあっけなく見つかった。おおやった!やった!と手にとると、そのソックスは男子サッカー選手用でサイズも足のサイズも男性用だ。足元のクッション性を増したものでランニングには不向きなものだったが、両サイドを切ってチューブ型にすれば、アームウォーマーがわりにも見えなくはない。横田に写真を送ると「新谷の腕が細いので心配ですが、チャレンジしてみましょう」と話がまとまった。
翌朝、蛍光イエローのハイソックスと新谷のサイズにハイソックスをカットするために裁縫用の大きな裁ちばさみを携え、新幹線に乗り、大阪に向かった。アームウォーマーの仕上がりを考えると普通のはさみだと切れ味が悪く、糸がほつれて、蛍光イエローの糸がひらひらしながら、ペースメーカーする模様がで全国ネットでさらされる事態は避けたいところであった。ただでさえ、金髪で悪目立ちをする筆者。職質されて、かばんの中には大きな裁ちばさみと蛍光ハイソックス。厄介になることは間違いなかった。
長居競技場の関係者受付前で横田コーチが待ち構えていた。現在の横田のツイッターアイコンの写真はそのときのものである。
ソックスを受け取ると横田は裁ちばさみを携えて、すぐに新谷の待つロッカールームへ。MGCファイナルチャレンジということもあって、ロッカールーム周辺には数多くのマスコミが待機しているなか、新谷のサイズに合わせたアームウォーマーの制作が行われた。スポーツ報知の太田記者は「横田さんがでっかいハサミをもって入ってきたから何事かと思いました」といいながら、ちゃっかり写真におさめていた。
スタートラインに選手が並んだとき、だぶついた蛍光アームウォームをつけた新谷の姿が大きく映し出され、事情を知る陸上ファンたちのツイッターのタイムラインには#蛍光アームウーマンというハッシュタグが並び、ついにはトレンド入りをした。新谷はヒューストンハーフの2人のペースメイカー宇賀地強と蛍光ハイソックスマンのいいところを取り入れたペースメイクを実行に移した。
スタートダッシュでいち早く先頭をキープするのも、競技場から出るときに進行方向やマンホールなどの路面状況を腕で指し示してたのは、ヒューストンで宇賀地強から学んだ駒澤大学の集団走の手信号がヒントだ。普段、レース時は自分の感覚を重視するため余計なものを身に着けない新谷だが、この日はGPSウォッチをつけ、こまめにラップを確認しながら、ランナーへ声がけをつづけた。
スタート前から大阪は気温があがり、アームウォーマーは本来は走る上では邪魔であったはずだが、着用したまま走ることにした。それはペースメーカーとして選手の目印となることだけでなく、画面を通じてヒューストンハーフマラソン日本記録更新へのチャレンジを生中継を通じて応援してくれた陸上ファンに向けての感謝を伝えたいという意味でもあった。
新谷は12km地点でコースを離れる直前に盟友福士と併走。最後に直接、福士に声をかけペースメーカーを終えた。ヒューストンハーフ後もペースメーカーとしてのコンデションをキープするために集中を切らすことなく調整してきた新谷の表情がようやく緩んだ。競技場から12km地点まで追いかけてきた横田から、ウィンドブレーカーを受け取ると、路上でさっと着替えをすませ、そのままジョグでホテルへ戻っていった。
大阪国際女子マラソンの参加資格はマラソン3時間10分。ハーフマラソン1時間28分。このタイムを切った市民ランナーが参加できるゴールドラベルの国際レース。女性市民ランナーにとって大きな憧れはサブ3ではなく、大阪国際女子の参加資格である3時間10分切り。このタイムを切ったら国際エリートランナーになれるのだ。
男子市民ランナーの憧れである福岡国際マラソンではタイムによって平和台陸上競技場と大濠公園とスタート位置が二箇所に分かれるが、大阪国際女子マラソンはオリンピックを狙うトップエリートと女性市民ランナーのトップランナーたちが同じ場所から一斉にスタートするレース。
トップ選手と比べると市民ランナーの走りにはスピード感は全くない。しかし、走る姿を見ていると「ツーン」とする。トップエリート同様にこの日を迎えるために、この女性ランナーたちも、仕事や家庭やさまざまなものと折り合いをつけながら結果を出し、このスタートラインに立っているからだ。だから最後のランナーがゴールするまで長居競技場で見届けるといい。どんなに辛くてもみんな笑顔でゴールにやってくる。
そんなことを書いたりしている「月刊EKIDEN NEWS編集部」
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月刊といいながら、一日に何度も更新する日もあります。「いつかビジュアルがたくさんある陸上雑誌ができるといいなあ」と仲間と話していたんですが…
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