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古川くんとEVO1

箱根駅伝予選会のスタートは自衛隊立川駐屯地の滑走路を目一杯使って1列づつ各大学が整列する。インレーン側には東海大学、国士舘と続き、アウトレーンには東京科学大学。今年は43校が箱根駅伝予選会に出場した。43大学をわけへだてなくスタートするためには、この滑走路を使う以外の解決策は見当たらないような気がするが、アウト側の大学はインレーン側に対角線上に走っていかざるを得ないから、どうしても余分な距離を走ることになる。まあ、実際はアウト側の大学の選手とイン側の大学選手とではスピードに差があるので、自然とイン側がスペースが産まれるので結果オーライだ。

横一線にスタートする選手がテレビに映し出された。スタートしてすぐにイン側には留学生選手たちが集まり集団を形成されたが、一人大外からインレーンに向かってダッシュしてくる選手の姿に見覚えがあった。

古川くんだ。

古川大晃。東京大学大学院4年生。熊本大学から九州大学大学院を経て、2020年に東京大学大学院博士課程に進んだ今年29歳の学生ランナーだ。上京とともに、筆者が主催するOTT(オトナのタイムトライアル)にペースメーカーとして参加してくれたことがきっかけで彼のことをよく知るようになった。最初の印象が「すごい九州訛り」だったからなんだか親しみやすかったこともあって(ちなみに筆者も九州出身である)彼の箱根駅伝チャレンジを頼まれてもないのに推し続けてきた。これまで古川くんは98.99大会で連合チーム入りは果たしているが、箱根駅伝の出走は叶わずのまま。100回大会は連合チームが結成されなかったため、今回の101回目が古川くんにとって箱根ラストチャンス。

古川くんは大外から迷わずに留学生集団にピタリとついた。
一世一代の勝負に出たな。
と、思った。

そもそも古川くんの大学院での研究テーマは「追尾走」である。どうして一人で走るときよりも集団で走ったときの方が楽に走れるんだろう?と疑問をもち、あらゆる角度からランナー同士の「同期」について研究してきた彼がもっと楽に走れるはずの日本人集団につくことを選ばすに飛び出すということは、よっぽどのことだ。

古川くんの実直かつ石橋を叩く性格からすると、箱根駅伝予選会を走った爪痕をテレビに残そうと飛び出すようなことは考えづらい。しかし、日本テレビの実況は古川くんを「お騒がせランナー」と思ったのだろうか。全く無視したまま番組をすすめる。

この日の立川は「過去最悪のコンディション」。照り返しの強い立川駐屯地の体感温度は30度近くまであがる。すべての日本人選手たちが抑え目のペースで走るなか、学生ランナーとしては強いほうだとはいえ、トップ争いをするほどの選手ではない古川くんが留学生に混じり、日本人トップを走り続ける姿にボストン・マラソンでスタートから大逃げを決めて優勝したときの川内優輝の姿を重ねた。あのときは大雨×極寒というバットコンディション。それを逆手にとって前に出た。

川内優輝が雪の長野マラソンで優勝したときも、会場に向かうバスの中で実業団の監督たちが「序盤は寒さで身体が動かないからスローで入れ」という指示を聞いて、「ならば、最初から突っ込んでやれ」とレースをかき乱し、有力選手たちが次々と失速をしていったということがあった。

スタート前、各大学の選手や監督たちが「暑いから抑えていけ」と盛んにいってる声は古川くんの耳には入ってきたことだろう。中には詳細なペース指示もあったはずだ。「今日のレースはスローになる。追ってくる選手はいない」と読み切り、連合チームに上位ですべりこむことを狙ったのではないか。

迷わず先頭集団についた古川くんの足元をみて驚いた。アディダスのスーパーシューズ「EVO1」を履いている。古川くんといえば、金がなくてレースシューズを買えないとき、「古川エイド」として寄付をつのってシューズを買い、シューズのソールに「贈;◯◯さま」と寄付をしてくれた人の名前を書いて走っていたこともあった。その古川くんが定価8万以上するうえに、フルマラソン1回分しか耐久性がないと言われるEVO1を履いて走っているのである。箱根駅伝ラストチャンスへの覚悟が大枚をはたいたであろうEVO1からうかがえる。

とにかく箱根を走るんだ!その覚悟と気合が画面を通して伝わってくるが立川駐屯地を出たあたりから古川くんの姿が画面から消えていく。箱根駅伝予選会時の立川は毎回、皆が一斉にツイッターやTVerにアクセスすることでインターネット回線がダウン。古川くんの行方はTVerのサーバーダウンとともにわからなくなった。

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