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地下鉄に乗っていたら寂しくなってしまったよ。
地下鉄がちょっと苦手になった話。
その日、私は電車に乗っていた。
もう乗り慣れた電車。別に新しい景色でもなんでもなかった。
ちょっと遠出をした日だった。
距離のあるところに住んでいる友達と一緒に遊んだ。
正直これはかなり前の話なので、具体的に何をして遊んだのか、そんなに詳しく覚えてはいない。ただ、お互い遠くに住んでいるとなかなか会えないから、会えたことがとても嬉しかったし、楽しかった。
「友達と遊ぶ」という日常的な楽しみと「普段会えない人と」という特別感を伴う条件の相乗効果で生まれた奇妙な充実感と喜びの感触は今でも思い出せる。
そして帰りの電車。
私はひとりで、地下を走る電車の窓側の席に座って揺られていた。
電車の窓から外の景色を眺めるのは好きだ。なぜかはわからない。たとえそれが自分のよく知る景色であったとしても、窓側の席に座るとつい眺めてぼーっとしてしまう。
しかしこの電車が走るのは地下だ。景色という景色などない。そこにあるのはコンクリートの壁だけ。
人はいない。鳥も飛ばない。花も咲かない。奥行きすらない。まるで自分が見知るもの全てが死に絶えたみたいな映画だ。
変わり映えがなく無彩色に近い「風景」と呼ぶにも足らないようなそれが、私の真横を後ろに流れていく。
何駅も停まった。
乗り慣れた電車、知っている駅ばかりだ。
そしてある駅を越えた時、「そろそろか」と思った。
もうすぐ、地上に出る。
実は、その電車は地下を走る区間と地上を走る区間がある。
タイトルに「地下鉄」と書いているが厳密には地下鉄ではない。申し訳ない。地下を走るのは途中まで。
なにはともあれ、私が乗る電車は地下区間最後の駅を出発した。次の駅に着くまでに電車は地上に出る。無機質な地下から地上へと脱出できるタイミングがやってくるのだ。
外に出た。
暗かった。
夜だった。
なんだか、無性に寂しくなった。
だって、私が地下に潜る前、最後に見た空はまだ青かった。
少し肌寒い時期の、決して夕焼けに赤く染まることのない淡い青色の夕空があった。
いや、地下へと向かった時点で既に夕方だったんだから、それから電車に乗っていたらとっくに日が暮れているだなんて考えてみれば当然の話。
それでも、間もなく地上に出られる。外の世界を見られる。そういう時にはどうしても、最後に見た空が再び姿を見せることを無意識に期待してしまう。
そうしたらなんだ、地下だけじゃなくて地上の世界も真っ暗だったわけだ。
閑静な住宅街に茂る緑の中に帰れると思ったのに。
小さな鳥の小さな群れが空を舞うシルエットに出会えると思ったのに。
無数に立ち並ぶ家々の隙間から、青い海が見えると思ったのに。
地上に出たことさえも咄嗟には気づけないような、地下とほぼ等しい明度の光景が待ち構えているなんて。
友達と過ごした時間を思い出した。
明るい空の下、私は気の置けない友と笑い合った。
しかし、それもなぜか、遠い過去の取り戻せない思い出のようだった。
今は自分ひとり、電車の中。
別に、ひとりが苦手な性格でもない。むしろ好きだし、ひとりで遊びに出かけることも多い。
そんな私もこの時ばかりは、自分ひとりだけが暗い世界に取り残されたような気分になった。
ただいつも通り夜にだっただけなのに、勝手に空に裏切られた気持ち。
ひょっとしたら自分はずっと、この暗闇から出られないのではないか、なんて。そんなわけはないのだけれど、何となく、そんな風にさえ感じた。
明るい世界にいたのにしばらく地下にいて外に出てきたら暗い。
それは私に微かな孤独と些細な恐怖を持ってくる。
地下鉄、私はだめかも。好きにはなれないや。