他人の不幸に徹底して無関心な人々 『関心領域』
■あらすじ
1943年。ポーランド南部の町オシフィエンチム。ドイツ語でアウシュビッツと呼ばれるその町で、強制収容所の所長ルドルフ・ヘスは、妻のヘートヴィヒや5人の子供たちと暮らしている。彼が家族と町にやって来たのは数年前だが、その間に家族は広大な庭に花壇や温室を作り、プールを作り、ドイツ国内でも見たことがないような立派な屋敷に仕上げている。
家の周囲には自然も多い。季節が良ければ、家族はピクニックに出かける。川で水浴びをし、釣りをし、ボートを出して舟遊びをする。健康的で文化的な、人間として考えられる最高の暮らし。その暮らしの豊かさに、娘や孫に会いに来たヘートヴィヒの母も感銘を受ける。
だが同じ頃、ヘスはベルリンから届いた人事異動の知らせに頭を悩ませていた。彼は出世することが決まったのだ。だがそれは、現在の暮らしを捨てることを意味する。妻はこの移動に反対し、ヘスは新しい任地に単身赴任することになった。
■感想・レビュー
カンヌ国際映画祭のグランプリ、アカデミー賞の国際長編映画賞など、世界各地で数多くの映画賞を受賞した話題作。原作はマーティン・エイミスの同名小説だが、小説と映画はだいぶ違った内容になっているようだ。英語版のWikipediaを見る限り、原作小説はフィクションを織り交ぜた三角関係メロドラマのようだが、映画はそうした虚構を排除して、より実話に近い内容にしてある。
「関心領域」というのは、アウシュビッツ収容所の周囲に設けられた親衛隊の管理区域のこと。ポーランド人から収容所周囲の土地を没収して追い出すことで、収容者とポーランド人との接触を防ぎ、没収した農地は収容者たちの作業場となった。映画の主人公であるヘス一家の住居も、この関心領域の中にある。
ここは収容所の収容者やポーランドの地元住民から切り離された場所だが、ヘス夫人の自慢の庭からは、収容所の煙突から立ち上る黒煙が見えているし、頻繁に銃声も聞こえてくる。だがそのことについて、誰も何も口にしない。収容所内の出来事に対する徹底的な無関心こそが、この映画で浮き彫りにされる主要なモチーフだ。
だがそれは、普通なら見えてしまうものなのだ。映画にはヘス一家の下働きをする収容者の姿や、家の仕事をするポーランド人家政婦の姿が出てくる。彼らはヘス一家の生活圏に存在する、生身の人間たちだ。ヘス夫人の母は娘の家に遊びに来るが、数日の滞在の後、忽然と姿を消してしまう。客用寝室の窓から見えた現実に恐怖して、一刻も早く立ち去りたくなってしまったのだろうか……。
映画には説明的な台詞などがほとんどないし、作り手があえてぶっきらぼうに描いているシーンも多い。例えば映画の随所に登場するネガ反転されたシーンや、突如挿入されるナレーション、タイトル字幕、今現在のドキュメンタリー映像などだ。映画表現としては面白いが、僕には少し、コンセプトばかりを優先し過ぎにも思えた。
(原題:The Zone of Interest)
ユナイテッド・シネマ豊洲(12スクリーン)にて
配給:ハピネットファントム・スタジオ
2023年|1時間45分|アメリカ、イギリス、ポーランド|カラー
公式HP:https://happinet-phantom.com/thezoneofinterest/
IMDb:https://www.imdb.com/title/tt7160372/