主人公に感情移入させないストイックな映画 『ケイコ 目を澄ませて』
2022年12月16日(金)公開 テアトル新宿ほか全国ロードショー
主人公に感情移入させないストイックな映画
■あらすじ
河野ケイコは、生まれた時から耳が聞こえない。だが彼女はプロボクサーだ。ホテル清掃の仕事をしながら、連日ジムに通ってトレーニングを続け、時々リングに立っている。
下町の小さなジムでは、会長はじめ周囲の人たちが皆ケイコのことを気にかけてくれる。以前いたジムではケイコのハンディキャップを気遣ってだろうが、練習試合すらせさてくれなかった。だが今のジムでは会長の後押しでプロテストも受けることができたし、プロのライセンスも取ることができた。古ぼけたちいさなジムは、ケイコにとって特別な場所になっている。
だがそのジムが、閉鎖されるという噂が流れている。新型コロナの流行もあって練習生が減っていることもあるが、会長の体調があまり思わしくないのだ。そんなジムの異変を感じてか、ケイコは最近少し練習に身が入らなくなっていた。
次の試合日は近づいている。試合に出るのか。ボクサーを続けるのか。ケイコの心は揺れ動く。
■感想・レビュー
キネマ旬報ベストテンで、作品賞(ベストテン1位)、主演女優賞(岸井ゆきの)、助演男優賞(三浦友和)、読書選出日本映画1位、読書選出日本映画監督賞(三宅唱)を受賞した作品。キネ旬的には昨年の日本映画は圧倒的に『ケイコ 目を澄ませて』だった。
何かと批判の多い日本アカデミー賞ではほとんどの部門で候補にならなかったが、唯一候補になった主演女優賞で最優秀主演女優賞を受賞したのは、日本アカデミー賞のためにも良いことだったと思う。賞の格はその名前ではなく、どんな作品やどんな才能に賞を与えてきたかで決まるのだ。
耳が聞こえないボクサーを主人公にした映画だが、この映画にはその主人公をかなり突き放して描いている。ケイコはあまり感情を表に出さないし、社交的で愛想がいいわけでもない。もちろん、饒舌なわけでもない。彼女が何を考えているのかがわかりにくく、映画を観る側はそれを探りながら物語を追いかけていくことになる。
こうした演出は意図的なもので、映画は彼女の「主観」の風景を避けて進行する。それがわかりやすいのは、音のない彼女の世界を観客に体感させるように、音を消し去った場面を挿入することをしない点だろう。最後の試合のシーンにせよ、あるいは警官とのやり取りの場面にせよ、カットやシークエンスから音を抜いてしまうだけで、観客は彼女の世界に入り込み、彼女と一心同体になって気持ちに共感できたはずなのだ。
でもこの映画はそうしない。それはこの映画の作り手が決めた、この作品の立ち位置なのだ。
彼女に聞こえないはずの「音」が映画に満ちていることで、この映画は主人公と観客に距離を作り出す。彼女と観客が別の世界に暮らしていることを、否応なしに感じさせる演出だ。
だがその「音」が、最後の最後に主人公と観客を結びつける。エンドロールの最後にかすかに聞こえてくる、慣れ親しんだあの音。この映画の感動は、そんなところにある。
丸の内TOEI(スクリーン2)にて
配給:ハピネットファントム・スタジオ
2022年|1時間39分|日本|カラー
公式HP: https://happinet-phantom.com/keiko-movie/
IMDb: https://www.imdb.com/title/tt17309864/
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