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BOOK REVIEW 『必殺シリーズ異聞 27人の回想録』 人気時代劇シリーズの定説を揺るがす、衝撃の異聞集!

『必殺仕掛人』から50年。「必殺」シリーズという人気番組の現場を支えたスタッフ、関係者への徹底した聞き取り取材をまとめた『必殺シリーズ秘史 50年目の告白録』が高評価を得、続く第2作『必殺仕置人』50周年(ということは、その後シリーズの顔になる中村主水の生誕50年)にあわせて刊行されたのが『必殺シリーズ異聞 27人の回想録』、書名も「秘史」に続いて「異聞」と題された。

『必殺シリーズ異聞 27人の回想録』高鳥都著、立東舎刊、定価2500円+税

 それまで滅多に公にされることのなかった現場スタッフたちの仕事にスポットを当てたルポ「秘史」に対し、今回は松竹サイドのプロデューサー櫻井洋三のインタビュー(双葉社版『映画秘宝』に3回にわけて連載、大きな反響を呼んだ)に始まり朝日放送の社員ディレクターだった大熊邦也までが改めてシリーズを回想する。そこでの読みどころはまさに「異聞」である。
 著者の高鳥都が「はじめに」で記すように、「読み比べると(それまでの証言内容や史実とされたものと)食い違いも見られる。そもそも同じ本のなかでさえ矛盾はあり、人それぞれ作品や関係者への評価も異なる」故の「異聞」だ。
 本書において興味深い「異聞」は数あるが、まず注目すべきは、池波正太郎の小説「仕掛人」シリーズを誰がドラマにすると言い出したか? という企画のきっかけを作ったのが、まったく立場の異なる2人から「それは自分である」と証言が出た点だ。著者の高鳥は取材中、不明に思った話題に関しては3回繰り返して聞いたとツイッターに記したが、本書において、その質問の名残が2箇所に残っている。
「(『必殺仕掛人』は)朝日放送サイドからの企画ではなかったのか? 山内久司、井尻益次郎、仲川利久、村沢禎彦の4人が旅館に集まり、時代小説を読みあさって見つけたというのが定説です」
 この問いに対して証言者2人はそれぞれの立場から、「仕掛人の原案を出したのは自分」と断言する。著者の高鳥も無下に否定せず、「それもまたひとつのエピソード」というスタンスで話を聞き込んでいく。本書を繰り返し読むと、「必殺」シリーズのパブリック・イメージが揺らぎ出す感覚に襲われる。シリーズの始まりだけでなく、「必殺」の顔・中村主水誕生のきっかけ、果ては異色作『翔べ!必殺うらごろし』の失敗を救い人気路線として定着させたのが『必殺仕事人』だという番組通史にも「果たして本当にそうだったのか?」と感じさせられる。この揺らぎこそ、自在なストーリー展開をすることで15年間も続いた番組人気の核となっているのだと思う。
『必殺シリーズ異聞』には、もう亡くなっている脚本家たちへのインタビューも採録されている。お蔵出しのもの、レーザーディスクの特典で取材されたものだ(取材は野上龍雄を春日太一が、LD特典については坂井由人が担当)。R-2の脚本家大集合コーナーは、「必殺」シリーズ誕生の物語編であり、物語を書く脚本家の視点からシリーズの骨子を明らかにしている。大御所の野上龍雄は「中村主水は無政府主義のゲリラ」と言い、設定は全部自分が作ったと語る(これに対する異説ももちろん本書には登場する)。野上は「シリーズのラストのほうは、ほとんどやっていない。主水がUFOを見たり、番組がやわになった」と手厳しい意見を述べ、『新必殺仕置人』の最終回を書いた村尾昭も「ぼくは後期の『必殺』というのは見てないんですよ、映画なんかもね。(略)だから『空桶叩いてカラオケ』なんていう話が出だしたころは、櫻井さんから声をかけられても見る気がなかったですね」とシリーズ後期に批判的だ。
 野上がいうところの「番組がやわになった」という指摘は、TVプロデューサーの山内久司の時代に即した路線変更の結果であり、「必殺」シリーズ誕生の核となる「悪人を、金をもらって、殺す悪人」というハードボイルド路線を支持するファン層にとっては納得の発言だろう。TVマン山内の路線変更のきっかけは『翔べ!必殺うらごろし』の失敗というのが「定説」のひとつとしてあるが、本書は『うらごろし』の主演を務めた中村敦夫、火野正平、音楽を担当した比呂公一、脚本の松原佳成に取材し、単に迷走した珍作という見方に対する「異聞」を提示する。特に『木枯らし紋次郎』から『おしどり右京捕物車』を経て「必殺」シリーズに合流した中村敦夫の証言は貴重だ。中村は『うらごろし』製作当時のオカルト潮流(ここで補足すると番組が始まる1978年は書店に“精神世界”コーナーが出来、オカルト専門誌『ムー』が刊行された)に加え、シリーズ初の女殺し屋2人が登場するフェミニズム的な要素があったと指摘する。女性をテーマにしたシリーズものは『仕事人』から『仕事人Ⅲ』と続く流れの間に女の恨みを晴らす『必殺仕舞人』『新必殺仕舞人』が作られたことと繋がるだろう。こうしてエログロバイオレンスに始まった悪党のドラマの変遷は、誰もが安心して見られる「時代劇は必殺です」の黄金時代を呼び込むことになった。
 松竹側のプロデューサーの櫻井が謎の脚本家「松田司」の正体を明かし、また脚本家の松原が証言する真相にも影を落とす山内久司という「必殺」シリーズを作った男。その山内のことを「洋ちゃん、ぼくは『必殺』を5年間延長したいと言ってくれた。ふたりだけの密約や」と回想する櫻井。結果、15年の長寿シリーズとなり、多くのファンが「必殺」を愛好するようになった。過日開催された文学フリマでは若い女性ファンが『はじめての政竜入門 「仕事人Ⅴ」からたのしむ必殺シリーズ』(文・イラスト:Nui)というZINEを頒布した。シリーズ初期を形作った脚本家たちが「やわになってしまった」と批判的なシリーズ後期からあえて入門するという、これも従来定説をひっくり返す視点だ。そして重要な点は、このZINEにおいても、「悪人を、金をもらって、殺す悪人」という「必殺」シリーズの核は押さえられているのだ。

『はじめての政竜入門 「仕事人Ⅴ」からたのしむ必殺シリーズ』は現在注文受付中。発送は6月10日以降の予定とのこと。全商品取扱ショップhttps://nuiarisawa.booth.pm

『必殺シリーズ異聞』のあとがきで、著者の高鳥は「二度あることは三度ある」と記した。嬉しいことに『異聞』も売れ行き好調で重版している。三度目の機運は高まっている。改めて通説を揺るがすような新しい取材に期待しよう。(本文敬称略) 文:田野辺尚人

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