【四方山話】マルクス・アウレリウス
エミール・マール著『ヨーロッパのキリスト教美術』を読んでいたら、とても興味深い逸話がありました。
中世、イタリアへの巡礼で最初に訪れるべき所はもちろんローマのサン・ピエトロ聖堂でしたが、その他にサン・ジョヴァンニ・イン・ラテラーノ聖堂もキリスト教徒にとっては一番大事な場所の一つでした。
キリスト教世界最古の聖堂、つまり「全ての教会の母にして頭」だからです。
ピラネージの描く古代ローマの美しい版画を見るのは好きで、色々と想像も膨らみます。
このラテラーノ宮殿と大聖堂をローマ教皇に与えたのは、キリスト教徒になった最初の皇帝コンスタンティヌスでした。このラテラーノ大聖堂の前はピラネージの絵のように、のどかな田園風景が広がり、巡礼者たちは壮大なローマを見ながらここに辿り着いたんでしょう。
中世を通じてローマ教皇庁のあったラテラーノ宮殿前の広場に青銅のコンスタンティヌス帝騎馬像があったようです。
ローマにやってきた巡礼者たちはその像を敬意を持って眺め、その皇帝騎馬像を拝んでいました。何世紀にも渡って、なんの疑いもなく。
1538年、ミケランジェロが設計したカンピドーリオ広場にこの騎馬像が移されます。
ところがこの騎馬像はコンスタンティヌス帝ではなく、キリスト教を迫害していたマルクス・アウレリウスの像だったのです!
何世紀にも渡って人々が拝んできた、初めてキリスト教徒となった皇帝だと思っていた、その像が実は迫害者で、それを崇めていたと・・・知らぬが仏とはこのことでしょう。
しかしこの騎馬像は巡礼者たちの記憶に残ったらしく、その後フランス各地の教会でも素朴な騎馬像が見出されるようになりました。
前述の『ヨーロッパのキリスト教美術』には「それが、巡礼によって生まれた芸術作品の初めての例となった」と書かれています。