入祭唱 "De ventre matris meae" (グレゴリオ聖歌逐語訳シリーズ81)

 GRADUALE ROMANUM (1974) / GRADUALE TRIPLEX p. 570; GRADUALE NOVUM II pp. 260–261.
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【教会の典礼における使用機会】

【現行「通常形式」のローマ典礼 (1969年のアドヴェントから順次導入された) において】

 1970年のOrdo Cantus Missae (GRADUALE ROMANUM [1974] / TRIPLEX / NOVUMはだいたいこれに従っている) では,洗礼者聖ヨハネの誕生の祭日 (6月24日)・日中のミサに割り当てられている。
 GRADUALE ROMANUM (1974) / TRIPLEX / NOVUMではこれに加え,年間第27週の火曜日 (第2年) に任意で用いることができる入祭唱として指定されている。

 2002年版ミサ典書には,この入祭唱は一切登場しない。

【20世紀後半の大改革以前のローマ典礼 (現在も「特別形式」典礼として有効) において】

 こちらでも,少なくとも8~9世紀の諸聖歌書から1962年版ミサ典書に至るまで,洗礼者聖ヨハネの誕生の祝日 (1級,6月24日) に割り当てられている。
 

【テキスト,全体訳,元テキストとの比較】

De ventre matris meae vocavit me Dominus nomine meo: et posuit os meum ut gladium acutum: sub tegumento manus suae protexit me, posuit me quasi sagittam electam.
Ps. Bonum est contiteri Domino: et psallere nomini tuo, Altissime.
【アンティフォナ】わが母の胎 (にあるとき) からしゅは私を私の名でお呼びになり,私の口を鋭い剣のようになさった。の覆いのもとに私を保護なさり,私を選り抜きの矢のようになさった。
【詩篇唱】主に (讃美・感謝を) 告白するのはよいことです。に向かって讃歌を歌うのは (よいことです),至高者よ。

 アンティフォナのもとになっているのはイザヤ書第49章第1–2節の一部である。後述するように,まず間違いなくVulgataではなくもっと古いラテン語訳聖書テキスト (Vetus Latina) に基づいていると思われるが,手元にはVulgataしかないのでそれとの比較を次に示す。

[Vulgata] Dominus ab utero vocavit me de ventre matris meae recordatus est nominis mei (主は [にあるとき] から私をお呼びになり,わが母の腹 [にあるとき] から私の名を思い出された)
[Introitus] De ventre matris meae vocavit me Dominus nomine meo (わが母の腹 [にあるとき] から主は私を私の名でお呼びになった)

[Vulgata] et posuit os meum quasi gladium acutum (そして私の口を鋭い剣のようになさった)
[Introitus] et posuit os meum ut gladium acutum (そして私の口を鋭い剣のようになさった)
"quasi" と "ut" とはこの場合同じようなもの。

[Vulgata] in umbra manus suae protexit me (彼は御手の陰に私をお守りになった)
[Introitus] sub tegumento manus suae protexit me (彼は御手の覆いのもとに私をお守りになった)

[Vulgata] et posuit me sicut sagittam electam (そして私を選り抜きの矢のようになさった)
[Introitus] posuit me quasi sagittam electam (私を選り抜きの矢のようになさった)
"sicut" と "quasi" とはこの場合同じようなもの。

 特に第1文の相違が大きく,入祭唱がVulgataのテキストを端折っているように見えるが,実際には意図的にそうされたわけではないと考えられる。七十人訳ギリシャ語聖書のこの箇所を見ると,まさにこの端折られたようなテキストになっているからである。どういうことかというと,Vulgataはイザヤ書に関してはヘブライ語原典から直接訳されたものなのだが,それ以前のラテン語訳聖書テキスト (Vetus Latina) は七十人訳から訳されたものである。つまりVetus Latinaもこの端折られたようなテキストにならざるを得ないはずである。ということは,この入祭唱はVulgataではなくVetus Latinaに基づいているせいでこのようなテキストになっているだけであり,意図的な編集の結果こうなっているのではないと考えるのが最も素直だというわけである。
 これを裏付けるのがもう一つのはっきりした相違箇所である第3文の "sub tegumento (覆いのもとに)" であり, 七十人訳でもまさにこうなっている (Vulgataのような「陰」の意味はない) のである。

 詩篇唱にとられているのは詩篇第91篇 (ヘブライ語聖書では第92篇) であり,ここに掲げられているのはその第2節である。テキストはローマ詩篇書にもVulgata=ガリア詩篇書にも完全に一致している (「ローマ詩篇書」「Vulgata=ガリア詩篇書」とは何であるかについてはこちら)。
 

【対訳】

【アンティフォナ】

De ventre matris meae vocavit me Dominus nomine meo:
私の母の腹から/胎からしゅは私を私の名でお呼びになった。
別訳:私の母の腹/胎にいるときから (……) 

  •  文字通りには単に「私の母の腹 (胎) から」であり,これだと空間的な意味のようだが,意味するところは「生まれる前から主は私を選んで使命を定めていらっしゃった」ということであり,つまり時間的な意味である。これをはっきり表したのが別訳である。

et posuit os meum ut gladium acutum:
そして彼は私の口を鋭い剣のようになさった。

sub tegumento manus suae protexit me,
御自身の手の覆いのもとに彼は私を保護なさった,

posuit me quasi sagittam electam.
彼は私を選ばれた矢のようになさった。

【詩篇唱】

Bonum est confiteri Domino:
よいことです,しゅに (讃美・感謝を) 告白することは。

et psallere nomini tuo, Altissime.
またあなたの名に讃歌を歌うことは (よいことです),至高者よ。
 

【逐語訳】

【アンティフォナ】

de ~から,~の時から

ventre 腹,胎 (奪格)

matris meae 私の母の (matris:母の,meae:私の)

  •  直前の "ventre" にかかる。

vocavit 呼んだ (動詞voco, vocareの直説法・能動態・完了時制・3人称・単数の形)

me 私を

Dominus しゅ

nomine meo 私の名で (nomine:名で [奪格],meo:私の)

et (英:and)

posuit  ~にした (英:made) (動詞pono, ponereの直説法・能動態・完了時制・3人称・単数の形)

  •  基本的には「置く」という意味の語だが,ここではこのような意味で用いられている。

  •  主語は "Dominus"。以下このアンティフォナ中の動詞はすべてそう。

os meum 私の口を (os:口を,meum:私の)

ut ~のように

gladium acutum 鋭い剣 (対格) (gladium:剣,acutum:鋭い)

  •  対格なのは,"os meum" と格を揃えるため。

sub ~の下に

tegumento 覆い (奪格)

manus suae 自身の手の (manus:手の [単数],suae:自身の)

protexit 前を覆った,保護した (動詞protego, protegereの直説法・能動態・完了時制・3人称・単数の形)

me 私を

posuit ~にした (英:made) (動詞pono, ponereの直説法・能動態・完了時制・3人称・単数の形)

  •  上で説明した通り。

me 私を

quasi あたかも~のように

sagittam electam 選ばれた矢 (対格) (sagittam:矢,electam:選ばれた [動詞eligo, eligereをもとにした完了受動分詞の女性・単数・対格の形])

【詩篇唱】

bonum よい

est (英:is) (動詞sum, esse [英語でいうbe動詞] の直説法・能動態・現在時制・3人称・単数の形)

confiteri 告白することが (動詞confiteor, confiteriの不定法・受動態の顔をした能動態・現在時制の形)

Domino しゅ

et (英:and)

psallere 弦楽器 (ハープのような) をかき鳴らす (あるいはそれに合わせて歌う) ことが;讃歌を歌うことが;讃美することが

nomini tuo あなたの名に (nomini:名に,tuo:あなたの)

Altissime 至高者よ

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