ビンゲンのヒルデガルト "Laus Trinitati" 対訳・逐語訳
ビンゲンの聖ヒルデガルト (Hildegard von Bingen, 1098–1179) によって作られたとされる多くの単旋律聖歌が今日まで伝わっている。その中から今回は,三位一体の神秘について思いめぐらし讃美を捧げるアンティフォナをご紹介したいと思う。まずは次のYouTube動画で,同じ西欧中世の単旋律聖歌でもグレゴリオ聖歌とはずいぶん違う雰囲気の旋律 (グレゴリオ聖歌の旋律が成立したころからおおよそ400年経っている) を味わっていただきたい (独唱:Letizia Butterin)。
ヒルデガルトの聖歌は複数の写本に分散して収められているが,今回の "Laus Trinitati" は楽譜つきでVillarenser Kodex (またはDendermonde Codex) という写本の第157葉表 (f. 157r) に記されている (リンク先に飛んだ後,画面左上の小さい「三」のようなマークをクリックし,出てきた一覧から "325_157r" を選択すると出てくる画像の下のほう)。"quae" が "que" になっているなど中世ラテン語特有の綴りが見られる。
出版楽譜 (77の聖歌,歌われる道徳劇1つを収録) はBeuroner Kunstverlagから出ている。上のYouTube動画で見られる楽譜はそこから取られたものである。テキストのドイツ語訳つき。(2021年1月19日追記:2020年秋,Vier-Türme-Verlagから新しい楽譜が出版された。)
更新履歴
些細な修正は記録せず,最終更新日にのみ反映させる。
最終更新日:2023年3月29日 (日本時間30日)
2021年1月19日 (日本時間20日)
ヒルデガルト聖歌の新しい出版楽譜が2020年秋に出たという情報を追記。
2020年6月7日 (日本時間8日)
投稿
【テキストと全体訳】
写本にあるテキストではなく,出版楽譜に載っているテキスト (分かりやすいように綴りの修正や句読点の追加が行われているテキスト) を掲げる。
Laus Trinitati, quae sonus et vita ac creatrix omnium in vita ipsorum est. Et quae laus angelicae turbae et mirus splendor arcanorum, quae hominibus ignota sunt, est, et quae in omnibus vita est.
讃美が三位にあるように。それは音であり生命であり,すべてのものを各々の生命において創造する者 (※女性形) である。またそれは天使の大群の讃美であり,人間たちには知られることのない諸々の秘義の素晴らしい輝きであり,そしてすべてのものにおける生命である。
後述するような事情から「彼は」とすべきか「彼女は」とすべきか判断しかねたため,「それは」とした。なおこう訳したのはすべて "Trinitati" にかかる関係代名詞である。
ラテン語学習の教材にしたい方のため,古典ラテン語に則った母音の長短も示しておく。中世ラテン語では母音の長短の区別はなくなっているので,これはあくまで学習用のものとお考えいただきたい。
Laus Trīnitātī, quae sonus et vīta ac creātrīx omnium in vītā ipsōrum est. Et quae laus angelicae turbae et mīrus splendor arcānōrum, quae hominibus īgnōta sunt, est, et quae in omnibus vīta est.
【対訳】
Laus Trinitati,
讃美が三位にあるように,
ラテン語にはよくあることだが,英語でいうbe動詞が省略されている。理論上,単に「ある」(直説法) だとも「あるように/あれ」(接続法) だとも取れるが,素直に後者と取る。
三位一体を表すラテン語 "Trinitas" (ここではその与格形 "Trinitati" が現れている) には「一」を表す要素は含まれていないので,ここでは単に「三位」と訳した。一応「聖三位」「至聖三者」という日本語はあり (後者は正教会用語),このどちらかを使いたいところではあるが,今回のテキストには「聖 (Sanctae)」とは書かれていないので仕方がない。形容詞がついていない代わりに,この後たくさんの関係詞節によって,これがいかなる「三位」であるのかが述べられてゆく。
quae sonus et vita ac creatrix omnium in vita ipsorum est.
音であり,生命であり,すべてのものを各々の生命において創造する者 (※女性形) である (三位に)。
別訳:[……] 各々の生命におけるすべてのものの母である (三位に)
直前の "Trinitati" にかかる関係詞節。
"creatrix" という語のもともとの意味は「母」であるらしく,素直にそれに従って訳せば別訳のようになる。しかしこれは "creator" の女性形にほかならず,"creator" といえばキリスト教の文脈では「創造主」の意味でごく普通に用いられる語である。これが意識されていないとは考えづらいので,私としてはやはり「創造する者」あたりの訳語を採りたい。(なお "creator" も,キリスト教抜きの文脈では「父」を意味しうる。)
しかしそうだとして,なぜ女性形なのか。単に "Trinitas" が女性名詞だからそれに合わせたのだ,と考えることもできる。が,ここで述べられている創造主の業は,単に形をつくるというものではなく,「各々の生命において創造する」というものであり,この意味で,まさしく「産む」者として,その意味で「母」として神が捉えられているのかもしれない。神秘家 (それも女性の) であったヒルデガルトは,もしかするとそのようなヴィジョンを見たのかもしれない。このあたりのことを捨象してしまうのは惜しいので,訳文としてスマートではないものの,括弧書きで「※女性形」とでも書いておきたい。
Et quae laus angelicae turbae et mirus splendor arcanorum, quae hominibus ignota sunt, est,
また,天使たちの大群の讃美であり,人間たちには知られることのない諸々の秘義の素晴らしい輝きである (三位に),
"Trinitati" にかかる関係詞節がもう一つここに出ている。この関係詞節の中でさらに関係詞節が現れている。
"turba" (>turbae) には「騒音」などの意味もあり,大勢の天使たちがこぞって無秩序なまでの勢いで神に讃美の声を上げているのを思い浮かべればよいのかもしれない。「讃美の的であり」ではなく「讃美であり」となっているのが引っかかるといえば引っかかるが,これは「君はぼくの愛する人だ」という意味で「君はぼくの愛だ」という言い方をすることが (少なくともヨーロッパ言語では) あるということを思えば納得できる。
2つある "quae" のうち2つめは直前の "arcanorum (諸々の秘義)"を受けていると考えられ,"quae hominibus ignota sunt" は訳文中「人間たちには知られることのない」という部分にあたる。
余談だが,この部分の最後に "sunt, est" (英語でいうbe動詞の3人称の複数形と単数形が並んでいる) とあるのを見てからつい先ほどまでずっと,「三でありながら一でもあるという三位一体の神秘を表現しているのだろう」と思っていた。これはどうやら誤読とするしかなさそうであり (このように解釈するには第2の "quae" も "Trinitati" を受けるものだと考える必要があるが,三位一体そのものが「人間たちには知られていない」というのはおかしい),残念である。
et quae in omnibus vita est.
そしてすべてのものにおいて生命である (三位に)。
こうして最後の最後まで,"Trinitati" にかかる関係詞節が並べられている。
【逐語訳】
laus 讃美が,称讃が
Trīnitātī 三位に (聖三位に,至聖三者に,三位一体に)
quae (関係代名詞,女性・単数・主格)
直前の "Trīnitātī" を受ける。
sonus 音,響き,声,言葉 (主格)
et (英:and)
vīta 生命 (主格)
ac (=atque) (英:and, and also)
creātrīx 創造する者 (女性形),母
"creātor" の女性形。
omnium すべてのものの
直前の "creātrīx" にかかる。
「すべての者の」とも「すべての物の」ともとれる。
in vītā ipsōrum 彼らの生命において (vītā:生命 [奪格],ipsōrum:彼らの)
"ipse" (>ipsōrum) は本来,英語のhimself, herselfなどのようにほかの代名詞と一緒に用いて「~自身」ということを表す語なのだが,中世ラテン語では単なる代名詞としても用いられる。ここでは "omnium" を受けていると考えられる。全体訳と対訳では,前後との兼ね合い上「彼らの」ではなく「各々の」とした。
est ~である (動詞sum, esse [英語でいうbe動詞] の直説法・能動態・現在時制・3人称・単数の形)
et (英:and)
quae (関係代名詞,女性・単数・主格)
"Trīnitātī" を受ける。
laus 讃美,称讃 (主格)
angelicae turbae 天使の大群の (angelicae:天使の [形容詞],turbae:大群の [名詞])
直前の "laus" にかかる。
et (英:and)
mīrus 素晴らしい,驚嘆すべき
splendor 輝き (主格)
arcānōrum 秘義 (複数) の,秘密 (複数) の
形容詞が名詞化したもの。中性・複数・属格。
quae (関係代名詞,中性・複数・主格)
これまでに出てきた "quae" (女性・単数・主格) と同じ見かけをしているのは偶然にすぎず,中身は異なる。ここでは直前の "arcānōrum" を受けて中性・複数の形である。
hominibus 人間たちに
īgnōta 知られていない
中性・複数・主格。
sunt (動詞sum, esse [英語でいうbe動詞] の直説法・能動態・現在時制・3人称・複数の形)
est ~である (動詞sum, esse [英語でいうbe動詞] の直説法・能動態・現在時制・3人称・単数の形)
直前の "quae" ではなく,2つ前のそれを主語とする述語動詞である。
et (英:and)
quae (関係代名詞,女性・単数・主格)
再び "Trīnitātī" を受ける。
in omnibus すべてのものにおいて
「すべての者」とも「すべての物」ともとれる。
vīta 生命 (主格)
est ~である (動詞sum, esse [英語でいうbe動詞] の直説法・能動態・現在時制・3人称・単数の形)