入祭唱 "Puer natus est nobis" (グレゴリオ聖歌逐語訳シリーズ18)

 Graduale Romanum (1974) / Graduale Triplex, pp. 47–48 (これら2冊の内容は四線譜の上下のネウマの有無を除けば基本的に同じだが,本文中で言及するときは,煩雑を避けるため後者のみ記す); Graduale Novum I, p. 28.
 gregorien.info内のこの聖歌のページ

 この入祭唱のアンティフォナのテキストについて,西脇純先生による研究論文がある。
 


更新履歴

2024年11月19日 (日本時間20日)

  •   「教会の典礼における使用機会」の部を書き直した。

  •  訳文を一部改めた (「子ども」→「子」, 「私たち」→「われら」, 「贈られた」→「与えられた」, 「そして彼の支配権が彼の肩にかかっている」→「そして彼の支配権は彼の肩の上にある」)。

  •  "consilii" の訳語選択についての説明を詳しく書き直した。

2023年1月30日 (日本時間31日)

  •  全面的に改訂した。

2018年12月24日

  •  投稿
     


【教会の典礼における使用機会】

【現行「通常形式」のローマ典礼 (1969年のアドヴェントから順次導入された) において】

 1972年版Ordo Cantus Missae (Graduale Triplex/Novumはだいたいこれに従っている) では,今回の入祭唱は次の機会に割り当てられている。

  •  しゅの降誕の祭日・日中のミサ (Missa in die)。12月25日。

  •  主の降誕の八日間 (12月25日~1月1日。といっても12月25~28日と1月1日はそれぞれ教会の祭日や祝日であり固有の式文をもつので,この用語で実質的に問題となるのは12月29~31日のみとなる)。ほかの選択肢あり。

  •  1月2日から主の公現の祭日 (原則1月6日,日本では1月2~8日にくる日曜日) の前日までの週日。ほかの選択肢あり。

 2002年版Missale Romanum (ローマ・ミサ典礼書) では,今回の入祭唱は次の機会に割り当てられている。

  •  主の降誕の祭日・日中のミサ (Missa in die)。12月25日。

  •  12月31日。

 PDF内で "natus est nobis" をキーワードとする検索をかけた限りでは,ほかの使用機会は見つからなかった。
  「主の降誕の八日間」と「1月2日から主の公現の祭日の前までの週日」とについては,こちらではこのような括りでの式文の定めそのものがなく,当該期間中の個々の日の式文が記されている。そのうち12月31日のところでのみ,上記の通り今回の入祭唱が指定されているというわけである。

【20世紀後半の大改革以前のローマ典礼 (現在も「特別形式」典礼として有効) において】

 1962年版Missale Romanum (ローマ・ミサ典礼書) では,今回の入祭唱は次の機会に割り当てられている。

  •  しゅの降誕の祝日・第3ミサ (日中)。12月25日。

  •  主の降誕の八日間中の週日。

  •  主の降誕の八日目。1月1日。

 AMSにまとめられている8~9世紀の6つの聖歌書写本のうち,入祭唱に関係あるのは5つ (M=Monzaモンツァ以外) であるが,そのすべてにおいて今回の入祭唱が置かれているのは,主の降誕の祝日・第3ミサ (日中) のみである (AMS第11a欄)。R=Rheinauライナウのみ,主の降誕の八日目 (1月1日) にもこの入祭唱を置いている。
 

【テキスト,全体訳,元テキストとの比較】

Puer natus est nobis, et filius datus est nobis: cuius imperium super humerum eius: et vocabitur nomen eius, magni consilii Angelus.
Ps. Cantate Domino canticum novum: quia mirabilia fecit.
【アンティフォナ】(一人の) 子がわれらのために生まれた,(一人の) 息子がわれらに与えられた。そして彼の支配権は彼の肩の上にある。彼の名は,大いなる助言の使者と呼ばれるだろう。
【詩篇唱】しゅに新しい歌を歌え,彼は驚くべきことをなさったから。

 アンティフォナに用いられているのはイザヤ書第9章第5節であるが,Vulgataではなくもっと古いラテン語訳聖書テキスト (Vetus Latinaと総称される) に基づいている。詳しくは最初にご紹介した西脇先生の論文のpp. 84–87をお読みいただきたい (Vetus Latinaのさまざまなテキストとの比較が行われている)。

 詩篇唱には詩篇第97篇 (ヘブライ語聖書では第98篇) が用いられており,ここに掲げられているのはその第1節前半である。
 テキストはVulgata=ガリア詩篇書に一致している。ローマ詩篇書では最後に "Dominus (主が)" の一語があるが,内容は変わらない。(「Vulgata=ガリア詩篇書」「ローマ詩篇書」とは何であるかについてはこちら。)
 

【対訳・逐語訳】

【アンティフォナ】

Puer natus est nobis,

(一人の) 子がわれら (のため) に生まれた,
別訳:(一人の) 男の子がわれら (のため) に生まれた,

puer 子が,男の子が (単数)
natus est 生まれた (動詞nascor, nasciの直説法・受動態の顔をした能動態・完了時制・3人称・単数の形)
nobis われわれに,われわれのために (与格)

et filius datus est nobis:

(一人の) 息子がわれらに与えられた。

et (英:and)
filius 息子が (単数)
datus est 与えられた (動詞do, dareの直説法・受動態・完了時制・3人称・単数の形)
nobis われわれに

cuius imperium super humerum eius:

そして彼の支配権は彼の肩の上にある。

cuius そして彼の (関係代名詞,単数・属格) ……属格の関係代名詞であるから,文字通りには英語でいう (関係代名詞としての) whoseの意味である。それを「そして彼の」と訳せるのは,単にそのほうがこなれた訳文になるからというだけでなく,≪ラテン語の関係代名詞 [……] はしばしば文頭に来て, 「et (atque) + 代名詞 [……]」の役目を果た≫すからである (小林,p. 82)。
imperium 命令権が,支配権が,権力が,帝国が
super ~の上に
humerum eius 彼の肩 (humerum:肩 [対格],eius:彼の)

  •  動詞がないが,このようなときは英語でいうbe動詞が省略されていると考える。

et vocabitur nomen eius, magni consilii Angelus.

(そして) 彼の名は,大いなる助言の使者と呼ばれるだろう。
別訳:(……) 大いなる決議の (……)
別訳:(……) 大いなる計画の (……)
別訳:(……) 大いなる洞察の (……)

et (英:and)
vocabitur ~と呼ばれるだろう (動詞voco, vocareの直説法・受動態・未来時制・3人称・単数の形)
nomen eius 彼の名が (nomen:名が,eius:彼の)
magni 大きな,偉大な
consilii 助言の,決議の,計画の,洞察の
Angelus 使者

  •  "consilii" (<consilium) がいろいろに訳せる。どの訳語を採るか決めるにあたっては,このラテン語訳聖書テキストのもとになったテキストにさかのぼるのがよいだろう。
     前述の通り,この入祭唱アンティフォナのテキストが基づいているのはVetus Latinaである。そしてVetus Latinaは七十人訳ギリシャ語聖書からの翻訳なので,まずは七十人訳を見るとよさそうである。ところが七十人訳 (ドイツ聖書協会2006年第2版) における対応箇所にある語 (βουλῆς, 主格形βουλή) もやはり同じような意味を持っていていろいろに解釈できるので,これは決め手にならない。
     仕方ないのでヘブライ語原典 (マソラ本文,ドイツ聖書協会1997年第5版) までさかのぼり,対応箇所にある語 (יוֹעֵץ) を手元の辞書 (GESENIUS) で引くと,"Ratgeber, Berater (助言者)" とある。というわけで,ここは「助言」がよさそうである。
     

【対訳・逐語訳 (詩篇唱)】

Cantate Domino canticum novum:

しゅに新しい歌を歌え,

cantate 歌え (動詞canto, cantareの命令法・能動態・現在時制・2人称・複数の形)
Domino しゅ
canticum novum 新しい歌を (canticum:歌を,novum:新しい)

quia mirabilia fecit.

彼は驚くべきことをなさったから。
別訳:彼は奇跡を起こされたから。

quia なぜなら~から
mirabilia 驚くべきことを,奇跡を (中性・複数・対格)
fecit 彼がした,彼が作った (動詞facio, facereの直説法・能動態・完了時制・3人称・単数の形)

 

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