入祭唱 "Dominus dixit ad me" (グレゴリオ聖歌逐語訳シリーズ16)

 GRADUALE ROMANUM (1974) / GRADUALE TRIPLEX p. 41; GRADUALE NOVUM I p. 20.
 gregorien.info内のこの聖歌のページ
 

更新履歴

2023年1月27日 (日本時間28日)

  •  全面的に改訂した (タイトルの変更,「教会の典礼における使用機会」および「テキスト,全体訳,元テキストとの比較」の部の新設,いくつかの訳語の修正・改善など)。訳語についてだが,特に "inania" と "astiterunt" は誤訳していたのを直した。

2018年12月22日 (日本時間23日)

  •  投稿
     


【教会の典礼における使用機会】

 昔も今も,しゅの降誕の祭日 (12月25日) の「夜半のミサ (Missa in nocte)」で歌われる。この「夜半のミサ」は本来24日から25日へと日付が変わるころに行うものだが,そんな時間に集まるのはなかなか大変なので,実際にはもっと早く (だいたい24日17~23時) に行われることが多い。

 主の降誕の「夜半のミサ」は,伝統的には「降誕祭第1ミサ」とも呼ばれる。第2が「早朝のミサ」,第3が「日中のミサ」である。
 現行「通常形式」のローマ典礼 (現在のカトリック教会で最も普通に見られる典礼) の典礼書や聖歌書を見ると,「夜半のミサ」の前に「前晩のミサ」がクリスマス最初のミサとして記されているので,どうしてこう数えるのか (どうして「夜半のミサ」が第2ではなく第1なのか) 疑問に思われるかもしれないが,これは,「前晩のミサ」が第2バチカン公会議後の典礼改革までは降誕節ではなくアドヴェントに属するものとして扱われていたことによるものである (過去形で書いたが,正確には,改革前の典礼も決して廃止されたわけではなく,「特別形式」のローマ典礼として今も一部で続けられている)。
 

【テキスト,全体訳,元テキストとの比較】

Dominus dixit ad me: Filius meus es tu, ego hodie genui te.
Ps. Quare fremuerunt gentes: et populi meditati sunt inania? Ant.
Astiterunt reges terrae, et principes convenerunt in unum adversus Dominum, et adversus Christum eius.
Ant.
Postula a me, et dabo tibi gentes hereditatem tuam, et possessionem tuam terminos terrae. Ant.
【アンティフォナ】しゅは私に仰せになった,「あなたこそわが息子,この私が今日あなたを生んだ」と。
【詩篇唱】なにゆえ諸国の民はわめき立て,諸々の民は空しいことを企てたのか。(アンティフォナを繰り返す)
地上の王たちは歩み寄り,君主たちは主に反抗しまた彼 (=主) の油注がれた者に反抗して一つに集まった。(アンティフォナを繰り返す)
私から求めなさい,そうしたら私はあなたに諸国の民をあなたの相続財産として,またあなたの所有物として地の果て (まで) を与えよう。(アンティフォナを繰り返す)

 アンティフォナの出典は詩篇第2篇第7節であり,詩篇唱にも同じ詩篇が用いられている (ここに掲げられているのは第1,2,8節)いずれも,テキストはローマ詩篇書ともVulgata=ガリア詩篇書とも完全に一致している。(「ローマ詩篇書」「Vulgata=ガリア詩篇書」とは何であるかについてはこちら)

 詩篇唱として第1,2,8節と3つの節を記している現代の聖歌書は,私の手元に (紙あるいはPDFの形で) ある中では,GRADUALE ROMANUM (1974) / GRADUALE TRIPLEXだけである。第2バチカン公会議前のGRADUALE ROMANUM (私が見たのは1908年版と1961年版) も,LIBER USUALISも,GRADUALE NOVUMも,ほかの入祭唱同様に第1節だけを詩篇唱のところに記している。
 

【対訳】

【アンティフォナ】

Dominus dixit ad me:
しゅは私に仰せになった,

Filius meus es tu,
「あなたこそわが息子である,

ego hodie genui te.
この私が今日あなたを生んだ」と。

【詩篇唱】

Quare fremuerunt gentes:
なにゆえ諸国の民はわめき立て,

et populi meditati sunt inania?
諸々の民は空しいことを企てたのか。

Astiterunt reges terrae,
地上の王たちは歩み寄った,

et principes convenerunt in unum adversus Dominum, et adversus Christum eius.
君主たちはしゅに反抗して,また彼 (=主) の油注がれた者に反抗して一つに集まった。

  •  "Christum" がGRADUALE TRIPLEXではこのように大文字になっているので「キリスト」と訳すほうがよいのかもしれないが,この語はVulgataの旧約聖書において単に「油注がれた者」の意味で普通に出てくるもので,ここでも本来そういう意味である。なお「キリスト」自体,もとは「油注がれた者」を意味するヘブライ語「マシーアハ」をギリシャ語に訳したもので,それがそのままラテン語にも取り入れられたものである。
     この入祭唱が記された中世の諸聖歌書においては何らかの意味を伴う大文字・小文字の区別がないので ("Dominus [主]" ですら "dominus" である),当時の人々がここに「キリスト」を,つまりこの状況でいえば降誕した神の子を読み取っていたかどうかは,文字からは分からない。

Postula a me,
私から求めなさい,

  •  これはもとの詩篇においてアンティフォナ (第7節) に続く節 (第8節) で,「主」から「私」への言葉である。

et dabo tibi gentes hereditatem tuam, et possessionem tuam terminos terrae.
そうしたら私はあなたに諸国の民をあなたの相続財産として,またあなたの所有物として地の果て (まで) を与えよう。

  •  もともとは諸国を征服させてやるという意味の言葉だろうが,クリスマスという文脈で語られることにより,「選民ユダヤ人に限らない全世界の人々の救い」(これはアドヴェントと降誕節の典礼に繰り返し現れるメッセージである) としての新約の始まりを感じさせるという,素晴らしい意味転換を遂げている。
     

【逐語訳】

【アンティフォナ】

Dominus しゅ

dixit 言った (動詞dico, dicereの直説法・能動態・完了時制・3人称・単数の形)

ad me 私に (ad:英 "to",me:私 [対格])

Filius meus 私の息子 (Filius:息子 [単数・主格],meus:私の)

  •  主語ではなく補語。

es あなたが~である (英語でいうbe動詞sum, esseの直説法・能動態・現在時制・2人称・単数の形)

tu あなたが

  •  動詞 "es" に2人称代名詞がいわば含まれているので,わざわざ "tu" が書かれるときは強調の意図がある,というのが古典ラテン語での説明である。教会ラテン語だと必ずしもそうではない (とくに強調するわけではなくても主格の人称代名詞が書かれることがある) ものの,ただ,このラテン語詩篇の直接のもとである七十人訳ギリシャ語聖書においても主格の2人称代名詞が出ており,これは強調するときの形なので,それを汲んで全体訳・対訳では「あなたこそ」とした。

ego 私が

  •  上の "tu" のところに記したことはすべて,この "ego" にもいえる。というわけで全体訳・対訳では「この私が」とした。

hodie 今日きょう

genui 私が生んだ (動詞gigno, gignereの直説法・能動態・完了時制・1人称・単数の形)

te あなたを

【詩篇唱】

quare なにゆえ~か

fremuerunt 騒いだ (動詞fremo, fremereの直説法・能動態・完了時制・3人称・複数の形)

gentes 諸国の民が,諸民族が,(神の民イスラエルすなわち選民ユダヤ人の対概念としての) 異邦人が

et (英:and)

populi 民 (複数) が

meditati sunt 企てた (動詞meditor, meditariの直説法・受動態の顔をした能動態・完了時制・3人称・複数の形)

inania 空しいことを,無価値なことを,無駄なことを (中性・複数・対格)

  •  名詞的に用いられている形容詞。このような場合,「~人」であれば男性形または女性形が,「~こと/もの」であれば中性形が用いられる。

astiterunt (あるところに/誰かのところに) 歩んできて立った,近づいてきた (動詞assisto, assistereの直説法・能動態・完了時制・3人称・複数の形)

  •  この動詞にはadsisto, adsistereという形もある。

reges terrae 地上の王たちが (reges:王たちが,terrae:地の)

et (英:and)

principes 君主たちが

convenerunt 集まった,合意した (動詞convenio, convenireの直説法・能動態・完了時制・3人称・複数の形)

in unum 一つに (unum:一,1 [対格])

adversus Dominum 主に反抗して (adversus:~に反して,Dominum:主 [対格])

et (英:and)

adversus Christum eius 彼の油注がれた者に反抗して (adversus:~に反して,Christum:油注がれた者,受膏者,メシア,キリスト [対格],eius:彼の)

  •   「彼」は少し前の "Dominum" を指す。

postula 要求しなさい (動詞postulo, postulareの命令法・能動態・現在時制・2人称・単数の形)

a me 私から (me:私 [奪格])

et そうしたら (英:and)

dabo 私が与えよう (動詞do, dareの直説法・能動態・未来時制・1人称・単数の形)

tibi あなたに

gentes 諸国の民を,諸民族を,(神の民イスラエルすなわち選民ユダヤ人の対概念としての) 異邦人を (対格)

hereditatem tuam あなたの相続財産として (hereditatem:相続財産 [対格],tuam:あなたの)

  •   「~として」にあたる語はどこにもないが,ラテン語では同格を2つ並べることで (ここでは "gentes" と "hereditatem",いずれも対格)「~として」という意味を表すことができるのである。同格のものが並んでいたらいつもそうだというわけではなく,この意味になるかどうかは文脈判断になる。

et (英:and)

possessionem tuam あなたの所有物として (possessionem:所有物 [対格],tuam:あなたの)

  •  この「~として」についても上と同じ (次の "terminos" と同格)。順序は逆だが。

terminos terrae 地の果て (に至るまで) を(terminos:果てを [複数・対格],terrae:地の)

いいなと思ったら応援しよう!