入祭唱 "Signum magnum apparuit in caelo" (グレゴリオ聖歌逐語訳シリーズ113)

 Graduale Romanum (1974) / Graduale Triplex, pp. 590–591; Graduale Novum I, p. 399.
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【教会の典礼における使用機会】

【現行「通常形式」のローマ典礼 (1969年のアドヴェントから順次導入された) において】

 1972年版Ordo Cantus Missae (Graduale Romanum [1974] / Triplexはだいたいこれに従っている) では,聖母の被昇天の祭日 (8月15日)・日中のミサのみに割り当てられている (ほかの選択肢もあり)。

 ところでこの「被昇天」という語,定着してしまっている上に日本のカトリック教会の公式用語でもあるため仕方なくここでも用いはしたが,どうにかならないものかと思っている。「天に昇った」のではなく「天に上げられた」のだ,受動的なのだということを表すために「被」をつけているらしいが,受動の意味になることができるのは当然他動詞のみである。しかるに「昇天」という語が意味するのは私の知る限り常に「昇天する」(自動詞) ことであって, 「昇天させる」(他動詞) ことではないはずである。だから「被昇天」という語はおかしいと思うのである。

 2002年版ミサ典書でも同様である (PDF内で "signum magnum" をキーワードとして検索をかけた限りでは)。

【20世紀後半の大改革以前のローマ典礼 (現在も「特別形式」典礼として有効) において】

 1962年版ミサ典書では,聖母の被昇天の1級祝日 (8月15日) に割り当てられている。

 AMSにまとめられている8~9世紀の諸聖歌書には,この入祭唱は現れない。聖母の被昇天の祝日自体は,モン゠ブランダン (B),コルビ (K),サンリス (S) の各グラドゥアーレにおいてやはり8月15日の日取りで載っている (pp. 150–151,第140欄。入祭唱は "Vultum tuum")。
 

【テキスト,全体訳,元テキストとの比較】

Signum magnum apparuit in caelo: mulier amicta sole, et luna sub pedibus eius, et in capite eius corona stellarum duodecim.
Ps. Cantate Domino canticum novum: quia mirabilia fecit.
【アンティフォナ】大いなるしるしが天に現れた。太陽をまとった (ひとりの) 女,彼女の両足の下に月,彼女の頭に12の星の冠。
【詩篇唱】歌え,しゅに向かって新しい歌を。彼は驚嘆すべきことをなさったから。

 アンティフォナに用いられているのはヨハネの黙示録第12章第1節である。Vulgataでは "apparuit (現れた)" が "paruit" となっているが,意味は同じといってよい。

 詩篇唱に採られているのは詩篇第97篇 (ヘブライ語聖書では第98篇) であり,ここに掲げられているのはその第1a節 である。テキストはローマ詩篇書ともVulgata=ガリア詩篇書 (ドイツ聖書協会2007年第5版) とも少しずつ異なっている (「ローマ詩篇書」「Vulgata=ガリア詩篇書」とは何であるかについてはこちら)。ローマ詩篇書では "fecit" の後に "Dominus" とあり,Vulgata=ガリア詩篇書では "quia" が "quoniam" となっている。Graduale Romanum (1974) / Triplexにおける入祭唱の詩篇唱はほとんどの場合Vulgata=ガリア詩篇書のテキストと一致していることから考えると,おそらく今回もVulgata=ガリア詩篇書からテキストがとられているのだろうが,写本によりここが "quia" だったり "quoniam" だったりするということなのだろう。意味は同じといってよい。
 

【対訳・逐語訳 (アンティフォナ)】

Signum magnum apparuit in caelo:

大いなるしるしが天に現れた。

signum magnum 大きなしるしが,大きな兆しが (signum:しるし,兆し,magnum:大きな,偉大な,重大な)
apparuit
見えた,出現した (動詞appareo, apparereの直説法・能動態・完了時制・3人称・単数の形)
in caelo
天に (caelo:天 [単数・奪格])

mulier amicta sole,

太陽をまとった (ひとりの) 女,
別訳:(ひとりの) 女が太陽をまとっており (まとった姿でおり),

mulier 女 (単数・主格)
amicta
着ている,まとっている,覆われている …… 形容詞だが,もとは動詞amicio, amicire (「着せる,まとわせる」) をもととする完了受動分詞。直前の "mulier" にかかる。
sole
太陽で (奪格) …… 直前の "amicta" にかかり, 「なにでもって」覆われている・装っているのかを示している。

et luna sub pedibus eius,

そして彼女の両足の下に月,
別訳:そして月が彼女の両足の下にあり,

et (英:and)
luna
月 (が) (主格) …… 形の上からも意味の上からも奪格と見ることもできそうだが,新約聖書のギリシャ語原文で主格になっているのでここも主格と考える。
sub pedibus eius
彼女の足 (複数) の下に (sub:~の下に,pedibus:足 [複数・奪格],eius:彼女の)

et in capite eius corona stellarum duodecim.

そして彼女の頭に12の星の冠。
別訳:そして彼女の頭に12の星の冠がある。

et (英:and)
in capite eius
彼女の頭に (capite:頭 [奪格],eius:彼女の) …… ここに見るように,ラテン語の "in" は英語などのそれよりも意味が広い。
corona
 冠 (が) (主格) …… 形の上からも意味の上からも奪格と見ることもできそうだが,新約聖書のギリシャ語原文で主格になっているのでここも主格と考える。
stellarum duodecim
12の星の (stellarum:星々の,duodecim:12)


【対訳・逐語訳 (詩篇唱)】

Cantate Domino canticum novum:

歌え,しゅに向かって新しい歌を。

Cantate 歌え (動詞canto, cantareの命令法・能動態・現在時制・2人称・複数の形)
Domino しゅ
canticum novum 新しい歌を (canticum:歌を,novum:新しい)

quia mirabilia fecit.

彼は驚嘆すべきことをなさったから。

quia というのは~から,なぜなら~から,~という事実ゆえに (英:because, for)
mirabilia 驚嘆すべきことを (中性・複数) …… 形容詞が名詞的に用いられている。中性形をとっているので「~こと」の意味になる。
fecit した (動詞facio, facereの直説法・能動態・完了時制・3人称・単数の形)


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