入祭唱 "Ex ore infantium"(グレゴリオ聖歌逐語訳シリーズ46)

 GRADUALE ROMANUM (1974) / TRIPLEX p. 638; GRADUALE NOVUM II pp. 316-317.
 gregorien.infoの該当ページ

 【使用機会】

 昔も今も,ヘロデ大王に殺された幼児たちを記念する日(12月28日)に歌われる。日本のカトリック教会では「幼子殉教者」,日本正教会では「聖嬰児」と呼ばれる子どもたちである。ラテン語のミサ典書(Missale Romanum)ではSancti Innocentes「聖なる無辜の者たち」と呼ばれている。

 東方の博士たちから「ユダヤ人の王としてお生まれになった方」のことを聞いて,自分の権威が脅かされるのではないかと不安になったヘロデ(マタイによる福音書第2章第2-3節)は,その幼子すなわちイエスを探し出して殺そうと考えた。それで,その意図は隠しつつ博士たちに「行って,その子のことを詳しく調べ,見つかったら知らせてくれ」と言って送り出した(同第8節)のだが,イエスを訪ね拝んだ博士たちは夢で「ヘロデのところへ帰るな」というお告げを受け,それに従ってそのまま東方へ帰って行った(同第12節)。イエスを見つけ出し損ねたヘロデは,それでも目的を達するため「ベツレヘムとその周辺一帯にいる2歳以下の男の子を,一人残らず殺した」(同第16節)が,そのときにはイエス自身はよその地に逃がされていた(同13-15節)。(以上,直接引用部分は聖書協会共同訳聖書から。)

 このような経緯から,教会はこのとき殺された子どもたちを「イエスの身代わりに死んだ者たち」と捉え,それゆえ一種の「殉教者」として記念してきた

【テキスト,全体訳,元テキストとの比較】

Ex ore infantium, Deus, et lactentium perfecisti laudem propter inimicos tuos.
Ps. Domine Dominus noster : quam admirabile est nomen tuum in universa terra!
【アンティフォナ】神よ,あなたは幼子たちや乳飲み子たちの口から讃美を起こされました,あなたの敵どものゆえに。
【詩篇唱】主よ,我らの主よ。全地において御名はなんと驚嘆すべきものであることでしょう。

 ラテン語学習の教材としてお使いになりたい方のため,古典ラテン語式の母音の長短も示しておく。
Ex ōre īnfantium, Deus, et lactentium perfēcistī laudem propter inimīcōs tuōs.
Ps. Domine Dominus noster : quam admīrābile est nōmen tuum in ūniversā terrā!

 アンティフォナも詩篇唱も詩篇第8篇から取られており,前者はその第2節,後者は第1節である。いずれも,ローマ詩篇書(Psalterium Romanum)のテキストともVulgata=ガリア詩篇書(Psalterium Gallicanum)のテキストとも完全に一致している。

【対訳と解説】

【アンティフォナ】

Ex ore infantium, Deus, et lactentium 
幼子たちや乳飲み子たちの口から,神よ,
解説:
 "ore"(口)に "infantium" と " lactentium" とがかかっている。

perfecisti laudem propter inimicos tuos.
あなたは讃美を起こされました(起こしたまいました),あなたの敵どものゆえに。
解説:
 「あなたの敵どものゆえに」というのがどういうことなのか分かりづらいが,実はもとの詩篇ではそれがすぐ後で述べられている。

ut destruas inimicum et defensorem/ultorem
敵や敵対する者/復讐する者をお滅ぼしになるべく

この入祭唱のテキストにこの部分が採用されなかったのは,「敵/(選民ユダヤ人から見た)異邦人を滅ぼす」という表現を避ける新約的感覚によるものかもしれない(この件について,アドヴェント第2週の入祭唱 "Populus Sion" の元テキストとの比較もお読みいただければ幸いである)。
 そもそも「幼子や乳飲み子たちの口から讃美が起こされる」ことと「敵が滅ぼされる」こととがどう関係するのかについてだが,そこにある思想が,本シリーズでよく参考にさせていただいている銘形牧師のサイトでさまざまな関連聖句を引用しつつ解説されているので,リンクを張っておく。
 銘形牧師による詩篇第8篇についての記事

【詩篇唱】

Domine Dominus noster : 
主よ,我らの主よ。
解説:
 第2語 "Dominus" は本来主格(~が)の形であって呼格(~よ)の形ではないのだが,呼びかけと解釈するしかなさそうである。恐らく語調の問題でこうなった(第1語と全く同じ形を繰り返すのを避けた)のだろう。

quam admirabile est nomen tuum in universa terra!
なんと驚嘆すべきものであることでしょう,御名は,全地において。

【逐語訳】

ex ~から(英:out of, from)

ōre (<ōs) 口(奪格)

īnfantium (<īnfāns) 幼子たちの
● īnfānsは語源的には「(まだ)言葉を話さない者」という意味。

Deus 神よ

et(英:and)

lactentium (<lactēns) 乳飲み子たちの
● 4つ前の "ōre" にかかる。
● 関連語:lac(ミルク)

perfēcistī あなたが完成した;全うした;終えた;生じさせた;著作した(動詞perficiō, perficereの直説法・能動態・完了時制・2人称・単数の形)

laudem (<laus) 讃美を

propter ~のゆえに

inimīcōs tuōs あなたの敵たち(対格)(inimīcōs:敵たち,tuōs:あなたの)

【詩篇唱】

Domine 主よ

Dominus noster 私たちの主よ(noster:私たちの)
● 前述の通り,"Dominus" は本来主格(~が)の形であって呼格(~よ)の形ではないが,おそらく語調の問題(繰り返しの回避)で,呼びかけにもかかわらずこうしているのだろうと考えられる。

quam いかに~か(英:how)

admīrābile 驚嘆すべき,讃嘆すべき

est ~である(動詞sum, esse〔英語でいうbe動詞〕の直説法・能動態・現在時制・3人称・単数の形)

nōmen tuum あなたの名が(nōmen:名が,tuum:あなたの)

in ~において

ūniversā 全部の

terrā 地,地上(奪格)

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