拝領唱 "Fidelis servus et prudens" (グレゴリオ聖歌逐語訳シリーズ89)
GRADUALE ROMANUM (1974) / GRADUALE TRIPLEX pp. 491–492; GRADUALE NOVUM I p. 398.
gregorien.info内のこの聖歌のページ
【教会の典礼における使用機会】
【現行「通常形式」のローマ典礼 (1969年のアドヴェントから順次導入された) において】
1972年版Ordo Cantus Missae (GRADUALE ROMANUM [1974] / TRIPLEXはだいたいこれに従っている) では,年間第29週の水曜日に割り当てられているほか,教皇・司教を記念するミサで共通に用いることができる拝領唱の一つ,また聖人一般 (※) を記念するミサで共通に用いることができる拝領唱の一つとなっている。
個々の聖人の記念日の中では,次の日に割り当てられている。
聖アントニオス,修道院長 (1月17日)
聖フランソワ・ド・サル (フランシスコ・サレジオ),司教・教会博士 (1月24日)
聖パトリック (パトリチウス),司教 (3月17日)
[セビーヤ (セビリア) の] 聖イシドールス (イシドロ),司教・教会博士 (4月4日)
聖ピウス (ピオ) 5世,教皇 (4月30日)
聖グレゴリウス7世,教皇 (5月25日)
聖ノルベルト (ノルベルトゥス),司教 (6月6日)
聖ロムアルド,修道院長 (6月19日)
ノーラの聖パウリーヌス,司教 (6月22日)
[ヌルシアの] 聖ベネディクトゥス,修道院長 (7月11日)
ヴェルチェッリの聖エウゼビウス,司教 (8月2日)
聖ドミニクス (ドミニコ,ドミンゴ),司祭 (8月8日)
[ヒッポの] 聖アウグスティヌス,司教・教会博士 (8月28日)
聖大グレゴリウス (グレゴリウス1世),教皇・教会博士 (9月3日)
聖ヨアンネス・クリュソストモス (黄金の口のヨハネ,金口ヨハネ),司教・教会博士 (9月13日)
聖イエロニムス (ヒエロニュムス),司祭・教会博士 (9月30日)
アッシジの聖フランチェスコ (10月4日)
聖ジョヴァンニ (ヨハネ)・レオナルディ,司祭 (10月9日)
聖カルロ・ボロメオ,司教 (11月4日)
聖コルンバヌス (コロンバン),修道院長 (11月23日)
さらに,聖ヨセフに関する随意ミサでも用いることができる (正式にはほかの拝領唱)。
ほかに,典礼改革前のGRADUALE ROMANUM (1908年版) に引き続き従ってこの拝領唱を歌ってもよい日として,アレクサンドリアの聖キュリロス (司教・教会博士。6月27日),聖ボナヴェントゥラ (司教・教会博士。7月15日) の各記念日がある。
2002年版ミサ典書では,教会博士,修道院長,あるいは1人の司牧者を記念するミサで共通に用いることができる拝領唱となっている (それぞれ,選択肢が複数あるうちの一つ)。個々の聖人の記念日では,聖ベネディクトゥス,聖ドミニクス,聖大グレゴリウスの各日にこの拝領唱が割り当てられている。3人とも修道制あるいは修道生活に関係の深い聖人であるのは興味深い (聖大グレゴリウスは教皇だがもともと修道士であり,またその著作は中世の修道院で熱心に読まれた)。
【20世紀後半の大改革以前のローマ典礼 (現在も「特別形式」典礼として有効) において】
後日その気になったら追記する。8~9世紀時点での状況 (AMSによる) はgregorien.infoに記されている。
【テキスト,全体訳,元テキストとの比較】
Fidelis servus et prudens, quem constituit Dominus super familiam suam: ut det illis in tempore tritici mensuram. T. P. Alleluia, alleluia.
然るべき時にほどよい量の小麦を与えることができるようにと,主が御自身の召使全体の上にお置きになる,忠実で賢いしもべ。(復活節には) ハレルヤ,ハレルヤ。
ルカによる福音書第12章第42節をもとにしている。Vulgataでは次のようなテキストになっている。
【対訳・逐語訳】
Fidelis servus et prudens,
忠実で賢いしもべ,
quem constituit Dominus super familiam suam:
主が御自身の召使全体の上に置く (忠実で賢いしもべ),
別訳:(……) 御自身の一家の (……)
冒頭の "Fidelis servus et prudens" を受ける関係詞節。
GRADUALE ROMANUM (1974) / TRIPLEXで "Dominus" の頭文字が大文字になっているので「主」と訳したが,もとの福音書の文脈では一般的な「主人」。中世の諸写本ではどうかというと,大文字・小文字の区別がないのでどちらとも取れる。
ut det illis in tempore tritici mensuram.
彼が彼らに,然るべき時にほどよい量の小麦を与えるようにと。
直訳:(……) 小麦のほどよい量 (はかった量) を与えるようにと。
「彼らに (illis)」とあるので複数形の名詞が少し前にあることが期待されるが,見当たらない。意味の上から「召使全体」あるいは「一家」を指していると考えればよいだろう。
「彼」は「忠実で賢いしもべ」を指すとも「主」を指すとも解釈できる。
T. P. Alleluia, alleluia.
(復活節には) ハレルヤ,ハレルヤ。