本シリーズの方針,翻訳者について (グレゴリオ聖歌逐語訳シリーズ・はじめに・3)
逐語訳シリーズと銘打っているが,逐語訳だけだと全体の意味が分からない・分かりづらいことも多いので,まず全体訳と対訳を示す。これらの訳文においては,美しさや格調はあまり気にせず,原文の意味を正確かつわかりやすく伝えようと試みることを優先する (特に対訳において)。(2023年10月5日追記:現在は対訳の部と逐語訳の部とを一つにまとめている。)
できる範囲で,もとになっている聖書箇所を示す (GRADUALE TRIPLEXを見ればたいてい分かる。が,あてにならないこともたまにある)。多くのグレゴリオ聖歌のテキストはVulgataから,あるいはローマ詩篇書 (Psalterium Romanum) をはじめとするより古いラテン語訳聖書 (Vetus Latinaと総称される) から取られているので,可能な限り,両者の対応箇所との比較を行う。しかし引用元にかかわらず,聖書テキストがさまざまに改変されていることもあり,その改変の中にはかなり大胆なものもある。そのような場合は特に詳しい考察を行う。
逐語訳では,文脈上考えられる意味である限りは一つに絞らず記す。文脈に合いそうにない訳語でも,興味深ければ記すことがある。日本語より英語にしたほうが分かりやすいと思われる語については,英訳も記す (和訳なしで英訳のみ記す場合もある)。動詞については「直説法」「受動態」「3人称」などの文法的説明もつける。
翻訳者である私の,本シリーズに関連する能力・知識について記しておく。
まず,専門家かどうかというと,ラテン語と神学については完全に否であり,グレゴリオ聖歌自体についてはというと,やはり専門家というほどではないものの,一般的な教会音楽家や教会音楽の学生より多く勉強してはきた,というところである。
ラテン語には気楽な新書を読むなどの形でならわりと早くから触れていたが,きちんと習ったのは2015年の夏休みにウィーンで受けた1か月間の (超・) 集中講座においてがほぼすべてである。しかしこの講座,たった1か月間とはいえドイツ語圏で公式に通用するラテン語能力証明 (Latinum) の試験に合格する水準まで連れて行くというのが建前なので,決して中途半端なものではない。一気に習ったものは一気に忘れるもので,当時読めていたものを今読めと言われたら無理なものが多い (その前にいろいろやり直さなければならない) はずだが,とにかくその時はキケローを訳すところまで行った。また,基本的な文法については2018年に復習した。あと,グレゴリオ聖歌のテキストは古典ラテン語の知識だけではうまく解釈できないことも多いが,そういう現象にぶつかったときは後期ラテン語・中世ラテン語の参考書を繙き,この方面についても少しずつ学んできた。
グレゴリオ聖歌のテキストを訳すには,ラテン語だけでなく聖書ギリシャ語と聖書ヘブライ語も知っていたほうがよい。なぜかというと,一つには,ラテン語だけ見てもよく分からないときや複数の可能性のうちどれを選択するか迷うときに,ヘブライ語聖書・ギリシャ語聖書 (七十人訳など) を直接読んで考えることができたほうがよいからである (「どうしてこういうラテン語になった/なってしまったのか」「ラテン語に訳した人は,どういう意味のつもりでこの訳語を選んだのか」)。またもう一つには,これらの言語からの影響によってラテン語自体が変化しているところがあるらしく,まさにそういう現象が翻訳対象のテキストに現れたときに正確にかつ納得感を持って訳出するためには,これらの言語の文法を知っていたほうがよいはずだからである。本シリーズ執筆開始からしばらくは私はギリシャ語もヘブライ語もできなかったのだが,2021年8~9月に聖書ヘブライ語を,2022年2~7月に新約聖書ギリシャ語を大学で習った。
神学にはずっと強い興味を持ちつつも専攻することのないまま長く過ごしてきたのだが,2021年4月,ついに神学部に入学した (なお正確にはそれ以前にも1年間在籍していたことがあるが,当時は音大にもおりそちらがメインだったので,あまり通わないまま終わってしまった)。ただ,最初しばらくは可能な限り授業を取り試験も受けていたものの,私の関心とはいくらなんでも関係なさそうな話が多く,逆に私が聴きたい話を聴ける機会はあまりないので,現在 (2023年) はほんの少ししか通っていない。私が入った大学の神学部には在学可能年数の上限がないので,当面このような状態を続けるつもりである。私にとっては何より,大学に籍を置いておくとVetus Latina Database (Vulgata以前のさまざまなラテン語訳聖書テキストのデータベース) をはじめ本シリーズの執筆に欠かせない道具を利用できるというのが大きい。大学での勉強とは別に,教父 (アウグスティヌスなど) による詩篇の解釈を必要に応じて読むなどしており,こちらのほうがグレゴリオ聖歌研究のためにははるかに重要なことである。
グレゴリオ聖歌は,カトリックの教会音楽科の必修科目なので音大で4年間 (3年は必修科目として,1年は選択科目として) 授業を受けたほか,エッセン (Essen) という街で開かれている講習や国際グレゴリオ聖歌学会 (AISCGre) の大会などにも通って,ゆっくりとではあるが長く学んできた (AISCGreについては,2020年からドイツ語支部に,2022年から日本支部にも所属している)。普段の典礼での実践はというとごく少なく,年に2~3回のグレゴリオ聖歌によるミサのために臨時編成のスコラ (グレゴリオ聖歌を歌う聖歌隊) を指導したり,アドヴェントの特別なミサ (いわゆるロラーテ・ミサ) の中で独唱したりするくらいである。つまり,今の私のグレゴリオ聖歌とのかかわりはこの逐語訳シリーズがメインであるといってまあ間違いない。
更新履歴
古い履歴は削除することがある。また,レイアウトなどを改めただけで内容に変更がない場合,あってもごくわずかである場合はいちいち記録しない。
2023年10月5日
神学 (部) との関わりについての記述を現状に合わせて改めた。
後期ラテン語・中世ラテン語について少し触れるようにした。
2023年1月23日
未だにギリシャ語 (2022年7月に新約聖書ギリシャ語講座を修了済) ができないことになっていたのを修正した。
2021年10月3日
半年前に神学部に入学したこととヘブライ語講座の受講とに伴い,翻訳者の外国語能力についての部分と神学との関わりについての部分を書き改めた。
2020年6月20日
翻訳者のグレゴリオ聖歌とのかかわりについての部分を少し書き改めた。
2019年2月4日
各記事タイトルについての断り書きが現在の方針においては不要になったので,当該部分を削除した。
もとになっている聖書箇所についての記述を現在の方針に合わせて変更した。
時々スコラの指導をするようになったことに伴い,翻訳者の現在のグレゴリオ聖歌に関する活動についての部分を書き改めた。
2018年11月19日
聖書ギリシャ語と聖書ヘブライ語についての部分を書き加えた。
2018年11月13日 (日本時間14日)
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