営業交渉術:「ご用聞き」やってませんか?
はじめに
日々の顧客訪問、提案活動、クレーム対応など、営業活動は多岐にわたります。その中で、交渉術は営業担当者にとって必須のスキルと言えるはずです。しかしながら、日本の営業現場では、顧客の顔色を伺い、言われた通りのことしかできない「ご用聞き営業」が依然として多いのが現状です。
なぜ、このような「ご用聞き営業」が蔓延しているのでしょうか?その原因の一つとして、日本の教育機関では「交渉術」を体系的に学ぶ機会がほとんどないことが挙げられます。欧米では、中高時代からディベートやプレゼンテーションを通じて交渉力を磨く機会が豊富にあり、ビジネススクールでは「交渉術」が必須科目となっています。そのため、欧米人は日本人よりも交渉に長けていると言えるでしょう。相手の主張を論理的に分析し、自らの意見を効果的に伝える彼らの交渉術は、私たち日本人にとって大きな脅威となる可能性も秘めています。
グローバル化が加速する現代において、ビジネスの交渉は国境を越えて行われるのが当たり前になりつつあります。このような状況下では、これまで以上に「交渉術」の重要性が増していくことは間違いありません。
本稿では、Harvard Business Reviewに掲載された「The Most Effective Negotiation Tactic, According to AI(AIが明らかにした、最強の交渉術)」を参考に、交渉を有利に進めるための具体的な方法を紹介します。特に、AIを用いた分析で効果が実証された「なぜ」「どのように」「何」といった3つのオープンエンドの質問のパターンに焦点を当て、その活用方法を解説していきます。
これらの交渉術を習得することで、読者の皆さんが日々の営業活動を活性化させ、顧客との良好な関係を構築し、ひいては売上向上を実現できるよう、心より願っています。
1. 交渉が必要な理由:日本と欧米の営業スタイルを比較
1.1 日本の「ご用聞き営業」の現状と課題
日本の営業現場では、長らく「顧客第一主義」の名の下、「ご用聞き営業」が主流となってきました。顧客の要望を丁寧に聞き取り、その期待に応えることを重視する姿勢は、確かに顧客満足度向上に貢献してきたと言えるでしょう。しかし、近年、この「ご用聞き営業」の限界が露呈しつつあります。
顧客の顔色を伺い、言われた通りのことだけをこなす「ご用聞き営業」では、価格競争に巻き込まれやすく、収益性が悪化しやすいという問題があります。また、顧客との関係が「指示待ち」の状態になりがちで、新たなニーズを掘り起こしたり、提案型の営業を展開したりすることが難しいという側面も持ち合わせています。
さらに、変化の激しい現代においては、顧客自身も何が最適な解決策なのかわからないケースが増えています。そのような状況下では、ただ要望を聞くだけでなく、顧客の潜在的なニーズを捉え、最適なソリューションを提案できる「交渉型」の営業が求められます。
1.2 欧米の交渉重視の営業スタイル
一方、欧米では、営業活動において「交渉」が非常に重視されています。彼らは、顧客を単なる「お客様」としてではなく、対等なビジネスパートナーとして捉え、互いの利益を追求するための交渉を積極的に行います。
欧米のビジネススクールでは、「交渉術」は必須科目として扱われており、学生たちは幼い頃からディベートやプレゼンテーションを通じて交渉力を磨いています。彼らは、自分の意見を明確に主張し、論理的な根拠に基づいて相手を説得する能力に長けています。また、相手とのWin-Winの関係を築くことを重視し、長期的な信頼関係を構築することに重点を置いています。
1.3 交渉による売上向上効果
では、交渉を重視することで、具体的にどのような成果が得られるのでしょうか?
論文によると、MBA取得者や企業幹部など、世界中から集められた数百もの交渉における60,000件以上のスピーチをAIが分析した結果、オープンエンドの質問を多く用いた交渉者は、そうでない交渉者に比べて、平均で20%以上も高い利益を得られることが明らかになりました。
これは、オープンエンドの質問によって、相手からより多くの情報を得ることができ、その結果、より効果的な提案を行い、相互に有益な合意を導き出すことができたためと考えられます。
例えば、あるソフトウェア企業では、営業担当者に交渉術のトレーニングを実施した結果、顧客単価が15%向上し、年間売上高が前年比で20%増加したという事例があります。
さらに、この論文では、交渉における利益向上に上限はないことも示唆されています。つまり、オープンエンドの質問を多くすればするほど、より多くの利益を得られる可能性があるということです。
このように、交渉は単に価格や条件を調整するだけでなく、顧客との信頼関係を構築し、新たな価値を創造するための重要なプロセスと言えるでしょう。
次章では、日本と欧米の営業スタイルの違いをさらに深掘りし、交渉力を強化するための具体的な方法について解説していきます。
2. 交渉を有利にする3つの質問
2.1 「なぜ」「どのように」「何」の質問の意図と効果
前章で述べたように、交渉においてオープンエンドの質問を効果的に活用することで、相手からより多くの情報を得て、相互に有益な合意を導き出すことができます。
特に、「なぜ」「どのように」「何」で始まる質問は、それぞれ異なる意図と効果を持ち、交渉を有利に進める上で重要な役割を果たします。
「なぜ」の質問
相手の行動や発言の背景にある理由や動機を理解するために用いられます。例
なぜこの製品に関心を持たれたのですか?効果
相手の真のニーズや課題を把握し、それに合わせた提案を行うことができます。ただし、場合によっては相手を問い詰めるような印象を与えてしまう可能性もあるため、注意が必要です。
「どのように」の質問
具体的な方法やプロセス、手段などを尋ねる際に用いられます。例
どのようにこの問題を解決したいとお考えですか?効果
相手が求める解決策を具体的に理解し、実現可能な提案を行うことができます。また、相手との協調性を育み、問題解決に向けて共に取り組む姿勢を示すことができます。
「何」の質問
相手の関心や優先順位、具体的な内容などを把握するために用いられます。例
今回のプロジェクトで最も重要なことは何ですか?効果
相手のニーズを明確化し、交渉の焦点となるポイントを絞り込むことができます。また、複数の選択肢がある場合に、相手の好みや要望を把握することができます。
これらの質問を状況に応じて使い分けることで、より効果的に情報を収集し、交渉を有利に進めることができます。
2.2 質問を使いこなすための訓練方法
3つの質問を使いこなせるようになるためには、実践的なトレーニングが重要です。
ロールプレイング
実際に交渉の場面を想定し、役割を分担して練習することで、質問の仕方や対応の仕方を身につけることができます。録音・録画
自分の交渉の様子を録音・録画し、客観的に振り返ることで、改善点に気づくことができます。フィードバック
上司や同僚からフィードバックをもらうことで、質問の質を高め、より効果的な交渉ができるようになります。
これらの訓練は、少なくとも同僚の営業担当の方と、一度は必ず行うことを強く提案します。3つの質問は難しい言葉ではありませんので、日本人なら誰でも「質問」すること自体は可能です。しかし、質問した後の回答は、「はい」「いいえ」ではなく、予期せぬ回答が来るのが常です。
事前に訓練していない営業担当の方は、必ずここで戸惑ってしまうでしょう。予期せぬ回答に対して適切な対応ができず、その先の会話がしどろもどろになってしまう可能性が高いのです。
例えば、顧客に「なぜこの製品に興味を持たれたのですか?」と質問した際に、「別に興味なんか無いよ。営業の◯◯さんが説明聞いてくれって言うから」といった予期せぬ回答が返ってくるかもしれません。このような状況にスムーズに対応できるよう、ロールプレイングなどで様々なケースを想定しておくことが重要です。
3. 交渉のプロセス:戦略的な準備と対応
3.1 交渉の準備:情報収集とプランニング
欧米のビジネススクールでは、交渉術の授業において、事前の準備を徹底的に行うことが重視されています。交渉に臨む前に、可能な限り多くの情報を収集し、複数のシナリオを想定した上で、戦略を練り上げていくのです。
具体的には、以下のような情報収集を行います。
交渉相手の情報
出身大学、経歴、実績、性格、交渉スタイル、趣味嗜好など交渉案件に関する情報
市場動向、競合状況、過去の取引事例、法規制など自社の状況
交渉における強みと弱み、代替案、妥協できる範囲など
これらの情報を基に、プランA、プランB、プランCといった複数の交渉シナリオを作成します。プランAは理想的なシナリオ、プランBは妥協案、プランCは最悪の事態を想定したシナリオといった具合です。
さらに、交渉の場における席順や服装、同席者なども戦略的に検討されます。例えば、相手との力関係を考慮して席順を決めたり、親近感を与えるために服装を工夫したりするなど、細部にまで気を配ります。
3.2 交渉の開始:アイスブレイクと情報交換
交渉の開始段階では、アイスブレイクを通じて相手との良好な関係を築くことが重要です。共通の話題を見つけたり、相手の興味関心に合わせた話題を提供したりすることで、緊張を和らげ、信頼関係を構築することができます。
その後の情報交換では、オープンエンドの質問を効果的に活用し、相手のニーズや要望、優先順位などを把握します。相手の状況を理解した上で、自社の提案内容を説明することで、交渉をスムーズに進めることができます。
3.3 交渉の展開:柔軟な対応とシナリオ変更
交渉が進むにつれて、当初想定していなかった状況が発生することもあります。相手の反応や新たな情報に応じて、柔軟に対応し、必要であれば交渉シナリオを変更することも重要です。
例えば、プランAで交渉を進めていたものの、相手の反応が芳しくない場合は、プランBに切り替える、あるいはプランAとプランBを組み合わせた新たなシナリオを検討するといった柔軟性が求められます。
3.4 交渉の終結:合意形成と関係構築
交渉がまとまり、合意に至った際には、書面に残すなどして、合意内容を明確化しておくことが重要です。また、交渉後も良好な関係を維持できるよう、感謝の気持ちを伝えるとともに、今後の協力関係について言及するなど、アフターフォローを丁寧に行うことも大切です。
欧米のビジネススクールでは、このような交渉プロセスを体系的に学ぶことで、学生たちは実践的な交渉力を身につけていきます。日本企業も、これらのプロセスを参考に、より戦略的な交渉を実践していくことが、グローバル競争を勝ち抜く上で重要となるでしょう。
まとめ:顧客の気分を害することなく、強い営業になるために
交渉術の重要性と3つの質問の活用
本稿では、Harvard Business Review の論文を参考に、営業における交渉術の重要性と、それを効果的に行うための具体的な方法について解説してきました。
特に、AI を活用した分析で効果が実証された「なぜ」「どのように」「何」という 3 つのオープンエンドの質問は、顧客の真のニーズや要望を深く理解し、相互に有益な合意を導き出すために非常に有効なツールです。
これらの質問を意識的に活用することで、これまで以上に顧客との相互理解を深め、より良い提案を行い、そして最終的には、顧客と Win-Win の関係を築きながら、売上向上を実現することができるでしょう。
顧客との良好な関係構築
交渉は、単に価格や条件を有利に設定することだけを目的とするものではありません。顧客との長期的な信頼関係を構築し、互いに成長していくためのプロセスであることを忘れてはなりません。
そのためには、顧客の立場に立って考え、相手の意見に耳を傾け、誠実な対応を心がけることが重要です。交渉の過程においても、常に顧客との良好なコミュニケーションを図り、相互理解を深めるよう努めましょう。
交渉後のフォローアップ
交渉が成立した後も、顧客との良好な関係を維持するための努力を怠ってはいけません。感謝の気持ちを伝えると同時に、契約内容の確認や今後のスケジュールなどを共有し、顧客に安心感を与えることが大切です。
また、定期的な連絡や訪問を通じて、顧客との継続的なコミュニケーションを図ることも重要です。
交渉術は、一朝一夕に身につくものではありません。しかし、本稿で紹介した内容を参考に、日々の営業活動の中で意識的に実践していくことで、必ずや皆さんの交渉力は向上し、顧客とのより良い関係を築くことができるでしょう。
そして、それは「顧客の気分を害することなく、強い営業」を実現するための第一歩となるはずです。
今日も最後までお読み頂き、ありがとうございました。
皆さんの営業活動の参考になれば幸いです。