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マレーシアへの道~自己紹介に代えて~
初めまして、KENと申します。
簡単なプロフィールはこちらにも記載しましたが、もう少し詳細に書いてみたいと思います。
2023年8月現在、米国で金融機関に勤務しており、妻と共に2人の男児の子育てに勤しんでいます。
子供はそれぞれ6歳(日本では小学一年生相当)と3歳(来年幼稚園の年少相当)の男の子で、上の子は現地校ではなく日本人学校に通学しています。
米国はやはり日本人の駐在が多く、ニーズがあるということもあるのか、日本人学校での教育が非常に素晴らしく、日本と比べて少人数で質の高い教育を提供しており、日本人学校への通学自体は親として非常に満足できるものでした。
日本語教育のみならず、英語教育にも非常に力を入れており、小学校一年生から毎日英語の授業がありますし、週に1日はすべての科目(体育や音楽など)が英語で行われる日があります。
可能であれば、小学校を卒業するくらいまではこの学校に通わせられることができれば、日本語はもちろん、英語も現地校に通う子にはかなわないまでも、日本にいるよりもよっぽど上達するだろうな、と思ったくらいでした。
他方で、親の仕事の都合で子供には大変申し訳ないのですが、近々に私は日本へ帰国することになっており、関東の公立小学校に編入することを予定しています。
1. 日本への帰国に伴い、子供の教育はどうする⁉
日本に帰国するにあたって、子供の教育に関してはいろいろと考えさせられました。
まず、職場の日本の同僚、仕事でつながりのある弁護士、会計士、その他クライアントなどと、食事などの際に子女の教育の話をすると、当然のように私立中学受験、場合によっては小学校から私立に通わせている家庭ばかりでした。
会社の日本の同僚を見渡してみると、開成・麻布・灘など名だたる有名私立中高を卒業し、そのまま東大・京大などの一流大学に進学しており、何ならそのまま欧米のMBAまで取得するようなアタマの良い人たちです。
全くもって馬鹿らしいのですが、顧客向けのプロジェクトチームの紹介のプレゼンテーション資料には、必ず最後に出身大学やMBAの記載がなされるようなカルチャーの業界ですからね。
その人たちが口をそろえて言うのは、「東京では私立中の進学率が高く、頭の良い生徒から私立に抜けていくことになるため、公立に進学するのは子供の教育的観点から望ましいとは言えない。設備の面でも、交友関係の面で私立への通学はメリットしかない。」というものでした。
私自身は、ド田舎の公立小学校を卒業し、父親の転勤に合わせて某政令指定都市の公立中学・高校を卒業し、東京の某私大に進学しました。
そのため、中学受験というのはあまり意識がありませんでしたし、中学・高校には、出来ればカネをかけたくないなぁとさえ思っていました。
地方では、高校に関しては私立よりも公立のほうが人気であり、私立は公立のすべり止めという扱いであったため、東京が何から何まで地方と逆であるのはある意味、衝撃的ではありました。
私自身は、日本の公立中学・高校がダメだと考えているわけではありません。
なぜなら、そんな素晴らしい有名中学・高校を卒業した方々は、地方の公立中学高校卒業の私と同じ職場・同じようなプロジェクトをしているわけですから、行きつく先という観点では学校によってそれほどの違いはないと思っているからです。
私自身の能力が、そういった有名学校を卒業した方々と比べて著しく劣っているかというと、手前味噌ながらそうも思いません。
学校というよりも、完全にその人次第だと思います。
むしろ、違いがあるとすれば、そこに通う生徒同士のつながりや、将来にわたってお互い切磋琢磨するような関係性であろうと思います。
残念ながらこの点に関しては、私自身はそのような学校に通った経験はありませんので、何とも言えないところではあります。
ですので、頭の良い友人・個性のある友人に囲まれることはもしかしたら息子たちの人格形成上良い影響があるかもしれません。
素行不良な生徒を問答無用に退学に出来る私立校は、もしかしたら校内の治安が良くて、やりたいことを伸び伸びやれる環境なのかもしれませんね。
2. 中学受験という選択肢
お世辞にも勉強が大好きとは言えない長男ですが、アメリカの日本人学校では、楽しく過ごしているようです。
しかし、よくよく考えてみると、在外日本人学校という学校自体は、私立の学校であり、私の息子が通っている学校の年間の学費は、私が通っていた某私大の学費の2倍です。(小学校の学費に負ける大学って。。。)
日本人学校とは、日本国外にある文部科学省に認可された日本の学習カリキュラムを提供する学校であって、学校内ではすべて日本語で授業等が行われます。
しかし、上記の通り、アメリカがそうであるように国によっては学費が非常に高く、その学費を支払えるのは必然的に
①現地在住のアッパー層
②会社から日本人学校の学費が補助される日本からの駐在員
の2パターンに大別されます。
日本人学校は私立の学校ではあるのですが、例えば日本人会の会員(その会員資格は日本国籍があること)であることや、日本人でなくても日本語がネイティブであること、などの受験資格があることから、実質的に親の一方または両方が日本人でない限りは入学できないような仕組みになっていることが多いようです。
そのため、日本と変わらない言語環境で日本の教育が提供されているのです。
長男が通う日本人学校は、日本の公立校に比べて少人数であり、先生の目が行き届いています。
また、ITを必要に応じて活用した体制が整っており、先生とはメールやオンライン面談もできますし、風邪で欠席しても元気であればオンライン形式で通学している生徒と同じ授業を受けることができます。
しかし、日本への帰国が近づくにつれて、ふと懸念点が頭をよぎります。
この米国の日本人学校に非常に満足していたのですが、果たしてこの環境は、日本の公立学校で得られるのだろうか?と。
小学校だけでなく、中学、高校は?
保護者会や授業参観はオンラインでも参加できますので、仕事の都合がつかないときには、会社のオフィスから参加していました。
毎日のように先生からは明日の学校の宿題や連絡事項がメールで届きますので、息子が連絡帳に何か書き忘れたものがないかを確認することもできます。
遠足のようなイベントがあれば、先生方が撮影した写真が大量にストレージにアップされ、息子がどのような様子なのかを垣間見ることができますし、記念に残すことができます。
授業は基礎科目以外は専科となり、体育・音楽・図工は専任の先生がいますし、英語に至ってはネイティブ・場合によってはバイリンガルの先生が現地校が使用するESLの教材を使って指導してくれます。
それに加えて、親御さんが教育熱心かつマトモ!
なんせエリート米国駐在員の子供たちですから、生まれた時から与えられてきた両親からの教育への情熱が違います。
公文やスマイルゼミ・現地ならではの英会話教室、サマースクールなどを活用し、日本と同等・それ以上の環境を子供に惜しみなく与えている様を見てきました。
こういう親の海外赴任に帯同してきた子供たちは、2-5年程度の赴任期間を終えると、日本に帰国することが多いのですが、その子たちは、大抵東京の西側に住み、私立の中学に入学していきます。
アメリカであっても、帰国した際に帰国子女枠や一般受験で日本の私立校に入学するためのサービスは非常に充実しています。
そういった塾などのサービスを思う存分活用して、子供たちは私立校に編入していくのです。
日本人学校を選ぶという最大の目的は、日本に帰国した際にスムーズに日本の学校制度に対応できるということですから、当然といえば当然の結論です。
私が住んでいたド田舎の小学校や、私の妻の住んでいた超ド田舎の小学校の奥ゆかしいウェブサイトを見ていると、(存在するだけマシですが。)、紙の連絡帳で児童の親と教師が連絡している様がリアルに想像できます。
そしてそれは、非効率的な学校運営というような形で、親や生徒、教師の負担となって返ってくるような気がします。
PTA問題なんてその最たる例でしょう。
そもそも、受験によって学力レベルの母集団をある程度揃えられている私立中は、それだけでも公立校に比べて適切な指導がしやすいように思えてしまいます。
それに対して、公立校の学校というのはどうしても上から下までみな平等に指導をしますから、どうしても平均点を取るための指導に重点を置かざるを得ないと思います。
そしてその私立校が中高一貫校だったりした日には、高校受験をすっ飛ばした分、高校三年生の一年間を大学受験準備に充てられるという、絶大なるメリットを得ることできる仕組みになっています。
やはり私立校というのは、学費が高い分だけ、それを支出する親御さんが満足できるような環境であったりインフラ、実績が揃っているというのはあるのだと感じるようになりました。
3. やるか、中学受験
なんだかモヤモヤした感じは残ったものの、学校のレベルはともかくとして、仮に息子が中学受験の世界に足を踏み入れることを望んで、入学を希望する学校を見つけた時に、きちんと入学することができるように、親子ともども中学受験に向けて準備しないわけにはいきません。
私は、はるか遠く、アメリカの地から日本の中学受験について調べ始めました。
「中学受験は父親の経済力と母親の狂気」
しかし、日本に住んでいらっしゃる方は、よくご存じの通り、中学受験という現実を突きつけられ、本当にこの受験戦争に息子を放り込むのか、という悩ましい問題を抱えることになります。
それは何もお金だけの話ではなく、親への負荷、そして当人の努力と覚悟が必要な世界のように見えます。下の息子も、関係なくリビングで遊んでいることもできなくなるでしょう。
本人が強い意志で希望するならともかく、強制的に受験戦争に息子を送り込むのは、それこそ親のエゴなのではないかと、自問自答してしまいます。
子供になるべく良い環境を与えてあげたいと親であれば、誰しも思うところでしょうが、それにしても中学受験という戦争は、失う犠牲が大きいように思いました。
日本から出張してきたクライアントとディナーで子供の教育の話をしていて、「中学受験するなら小学4年生でSAPIXですよね~、大変ですよね~」と話してみたところ、
「今は小学4年生では遅すぎますよ、そもそもその学年からではSAPIXに入れないでしょう。うちは2年生ですが、3年生になったら入れる予定ですよ。」
との衝撃のコメントがありました。
いやいや、どんだけ長い期間、子供を受験対策漬けにしないといけないんだ、と。
そもそも、中学受験の内容というのは、小学校の学習指導要領から大幅に外れた問題が出てきており、塾の勉強なしには凡人では全く歯が立たないということのようです。
しかし、裏を返せば、そんな勉強をしなくても社会に出るうえでは支障はない、ということかと思います。少なくとも私は、名門私立校の入試問題なんて解けやしないでしょう。
塾代を払うのは全くやぶさかではないのですが、公立中高出身の私としては、こう思ってしまうのです。
「それ、小学生の貴重な時間を奪う価値があるほどのものなのか??」、と。
公文式の算数ですら泣きながらやるような長男には、とてもじゃないですが、超えられる壁ではないように思えてきました。
4. 日本のインター校という選択肢
長男の成績は決して悪くありません。
事実、日本人学校での通知表はほぼオールAでした。国語も数学も、私がその年齢だった時に比べて、だいぶ理解が進んでいると思います。
しかし、だからといって、学校の成績など全くアテにならない、独特の受験対策が必要な世界に子供を放り込むということに関して、気が進まないのも事実でした。
なんというか、思考力というか、じっくり考える力が弱いというか。それを鍛えられるのが中学受験だという考え方もあるでしょうが、親としては何となく息子がそれに向いているようには思えず、まだ小学一年生の段階で判断は早いとはいえ、難しい選択のように思えています。
できることなら中学受験を回避しつつ、その後の息子たちの可能性を広げることができる選択肢はないものだろうか?
そういった中で日本オフィスの同僚に子供の教育についていろいろな話を聞いていると、自分の子供2人を日本でインターナショナルスクールに通わせているという方がいました。
彼は、私とほぼ同年代で、欧州のMBAを出ており、子供はその時にその国のインター校(非英語圏)に入れたということで、カリキュラムの一貫性の観点で日本でも引き続きインター校に通わせているということでした。
私も英語圏である米国に住んでいるということもあるので、日本でインター校という選択肢は考えていないわけではなかったのですが、身近にインターに通わせている同僚がいたことで、俄然日本のインター校に興味を持つようになりました。
私はその後、インター校という選択肢を調べ始めるわけですが、やはりネックになったのはインター校の学費と入学時に求められる英語力です。
彼が言うには、残念ながら家の家賃と、子供2人の学費で毎月のキャッシュフローは赤字になるということでした。
同僚の懐事情を推測するのもアレですが、仮に基本給が2,000万円で手取りが1,300万だとして、ここから、適当な仮定で家賃360万円(月額30万円)、二人の学費600万円(1人あたり300万円)が固定費として出ていくとなると、手残りは340万円(月額28万円)です。
月額28万円で、元港区女子(勝手な想像)の奥様が満足するハイソな生活を送ろうとした場合には、確実に毎月の家計は赤字になると思います。当然別途ボーナスの支給が期待できるとはいえ、ボーナスが出なければ家計破綻待った無しです。
それでもなお、子供をインターナショナルスクールに入れるということには英語力の向上や、その後の進学において日本の学校に通うよりもメリットがある、というようなことを彼は言っておりました。
しかし、私のような金融業界に身を置く凡人には、彼のようにボーナスをアテにした生活というのは非常に危険であるように思えてなりません。何せ、解雇規制に守られた日本にいたとしても、突然クビになるような世界ですから。
それから、もう一人は四大事務所の弁護士ですが、彼の奥様も別の四大事務所に勤めており、弁護士の二馬力で子供二人をインターに入れているとのことでしたが、一馬力では相当大変といっていましたので、我が家のような一馬力の会社員が日本で子供二人を日本でインターに入れるということがどれほど金銭的にキツいかというのは想像に難くないところです。
金銭的な問題だけではありません。近年の国際化熱の高まりを受けて、日本のインター校に入るためには、日本の英語プレスクール等を経て、英語力と学校から課される入試を突破するという関門があり、既に小学一年生の長男にとっては時既に遅しでした。学年が上がるにつれて、英語力の要件は益々厳しくなりますから、私立中の代わりにインターというのもはっきり言って現実的ではありません。
長男の英語力にしても、何もしていない日本の子よりはマシという程度で、せいぜいアパートのレセプションで「How are you?」「I’m good.」とかいうコミュニケーションをするレベルなので、はっきり言って日本のプレスクールに通っていた子にも英語力では勝てそうにありません。
したがって、我が家にとっては、残念ながら日本でインターに通わせるという選択肢は現実的ではありませんでした。
5. マレーシアという選択肢
ところで、私は五年ほど前にマレーシアのMM2Hというビザを取得しました。
これは、全くインター校や教育移住を意識したものではなく、単に日本という国にとどまる選択肢しか持たないのではなく、もう一つ住むことができる国を確保したいという想いで2019年に取得したものでした。
現在は、当時と比べてMM2Hを取得することは非常に難しくなってしまったようですが、幸いなことに、既存のビザホルダーに関しては、更新も同様の条件でできるということですし、これを使わない手はないのではないかと思うようになりました。
マレーシアという国は、マレー系・中華系・インド系など、様々な人種が集まった多民族国家であり、アメリカに比べれば治安もよく、アジアということもあり、アメリカのようなアジア人に対する偏見もなく、英語が通じる国であるということで、海外の中では比較的住みやすい国なのではないかと思います。
私も仕事とビザの取得で何度かクアラルンプール(KL)といくつかの地方都市を訪れたことがありますが、KLは東京と遜色ないほどの都会で、必要なものは日本食であれ日本の書籍であれ、何でも手に入るところです。
米国と違ってイオンが至る所に進出していますので、地方都市でも同様でしょう。
そして何より最近は物価が上がってきたとは言え、生活コスト(特に住宅)が安いことと、インターナショナルスクールの学費も日本と比べて非常にリーズナブルな水準であることが魅力となっています。
他方で、MM2Hを保有しているとはいえ、私は会社員であり、リモートワークが発達した現代であっても、日本の首都圏近郊に居住して、オフィスに出社できることが大前提になるでしょう。それは、日本でもアメリカでも金融機関の常識となっています。
この点をどうクリアするかがマレーシアへ親子留学を進めるうえでポイントになるでしょう。
6. 英語なんて日本で勉強すれば?
さて、子供に英語力を身につけさせたいと願う親にとって、最大の関心は、果たしてどの程度英語が必要なのか?そもそもわざわざ海外に住まなければそれは身につかないものなのか?ということでしょう。
アメリカの金融機関で、同じオフィスに私以外に2人しか日本人がいない環境で働いている私の感覚からすると、ビジネスで必要とされる英語に関する認識は、以下の通りです。
①ネイティブである必要はないが、少なくとも流暢であることは必要不可欠
②訛りの有無は関係ないが、発音は非常に重要である(日本人の典型的な発音はアメリカ人に大抵通じません。)
③今後のテクノロジーが進んだとしても、頭の中に考えた言葉が即時に翻訳されない限り、ビジネスにおいて英語を学ぶ必要性はなくならない
④そもそも日本語と同じコンテクストではないので、日本語をただ翻訳しただけであっても意図が100%の精度で伝わることはないので、Non-Japaneseに理解される話し方・書き方を身に着ける必要がある
これについては、書き始めるとキリがありませんので、別に章を改めたいと思いますが、重要な点は「(同僚ではなく)クライアントから信頼されて、仕事を受注するためには、非常に高いレベルの英語力が必要である」ということです。
よく、Youtubeなどで「英語が下手でも、伝わるからOK!ほら、外国人のインタビューでもそう言ってるよ!」というなチャラいチャンネルがありますが、私としては全く同意しかねるところです。
はっきり言って欧米の最前線で仕事をしたいのであれば、高いレベルの英語力が必要となります。もし世界の金融の中心であるアメリカで金融マンとして働きたいのであれば、英語力は、そもそもの大前提かつ顧客に信頼されるほどのレベルが必要、ということです。
日本語が怪しい謎の外国人に、隣にいる日本人を差し置いて1,000億円の仕事を頼みますか?ということです。
私は海外在住は2か国目であるものの、留学もしていない受験英語で戦ってきた純ジャパの私がどれほど英語で苦しみ、泣かされてきたかということは、追々記事にしていきたいと思います。
言葉というのは大量のインプットとアウトプットがあって初めて身につくものですから、その環境を強制的に適用するために海外に住んだり、インター校を選択するというのは非常に合理的な選択だと思います。
「海外は英語を学びに行くところではない、英語で何を学ぶかだ!」とカッコいいことを仰る日本人もいるのですが、何を学ぶにしても今後は少なくとも英語が必要で、そのための英語力をつけるために海外に行くことは、むしろ海外で何かを学ぶための英語力をつける最短ルートのような気さえします。
英語が大好きで自ら進んで学べる子供は日本で学べは良いでしょうし、逆に我が子のように勉強と名の付くものはすべて吐き気がするほど嫌いな子供には、うまくガイドしてあげることが親の務めであると信じています。
誤解してほしくないのは、私は英語力至上主義ではなく、「どの程度の英語力が必要とされるかは、人によって異なる」ことは理解している、ということです。
日本は今のところ、腐っても鯛というか、単一国家の中では1億人の人口を抱える比較的大きなマーケットであり、日本語という参入障壁もあり、日本人が何とか食べていくことができる市場を備えた国です。
そのため、英語など全く身に着けることなく、幸せに暮らしていくことができる幸運な国の一つだと思います。
ですから、英語なんか必要ないというのも、また真なのだと思います。
ですが、金融マンの端くれとして、予見される将来の日本の姿は、それほど明るくないように感じてしまうのもまた事実です。
膨れ上がった国家債務に起因する円安によって、原油価格が上がり、原油を原料とするガソリン・プラスチック・包装容器などなどあらゆる物価が上がり、それにもかかわらず、ぶら下がり社員の解雇ができない日本企業は賃金も上げられず、少子高齢化によって若年労働者層の税負担はますます上がり、その税の使い道は自分たちへの還元ではなく高齢者医療費と無駄使いばかりで、自分たちのために使われない、というようなものです。
仮に日銀が金利を上げることができれば、金融機関は儲かりますし、日米の金利差が縮小し円安に歯止めがかかるかもしれませんが、そうなると、毎年35兆円にのぼる新規国債の発行コストが上がることになりますし、国民にしてみれば、大半が変動金利で組んでいるであろう住宅ローン金利も上がりますから、日々の負担は増えることになるでしょう。
住宅ローン金利が上がれば、家を買う人は減りますから、景気に大きな影響を与える裾野の広い不動産業界が変調を来たすことになるでしょう。
不動産だけではありません、日々の家計負担が増えれば、当然景気が落ち込み、モノは売れなくなります。
日銀が政策金利を上げても上げなくとも(残念ながら下げる余地はほぼ無いので。。)、明るい未来が見えにくいのは私だけでしょうか。
ということであれば、将来日本を出て海外で暮らすことがむしろ子供たちにとっては幸せなのかもしれません。そうかもしれませんし、そうではないかもしれません。将来のことは誰にもわかりません。
しかし、大切なのは、子供にはあらゆる選択肢を持たせてあげられることではないかと思っています。日本に住んでもいいし、住まなくてもいいのです。
繰り返しですが、大切なのはそうしたいと思ったときに、それが実行できる選択肢の有無なのだと思います。
英語力は、それだけが全てではありませんが、1つの大切な要件なのは疑いようがありません。
いつの間にか外資系金融機関のアジアのヘッドオフィスが東京から香港になり、それがいつしかシンガポールになってしまったように、時の流れと世界情勢によって日本の競争力が落ちていることを直視しなければなりません。
もし20年後に日本で会社員をするのであれば、
「東京ではこの部署は閉鎖することになったけど、シンガポールなら空きがあるから異動するかい?」と言われたときにYesと即答できるだけの能力が必要なのです。
子供たちがその時、どうしたいか、そしてそれができる能力が備わっているかが大切なのです。
7. 最後に
子供の教育というは非常に難しいものです。
子を持つ親になって、良かれと思ったことが全く子供に理解されずにもどかしい思いの連続です。
物事には良い面もあれば、悪い面もあり、たとえ最善と思って用意した環境が子供に合わないことだってあり得ます。ネットで調べたことが我が子にそのまま適用できると思ったら大きな間違いを犯す可能性があります。
それでも、子を持つ親が我が子の成長に関与できるというのは、親の特権であり、義務でもあります。子供の成長は何にも代えがたいものだと思います。
大きな間違いを犯したとしても、何とかリカバリーできることも多いものです。
このNoteでは、我が家の赤裸々な実態を記録していく予定ですので、何か皆さんの参考になることがあれば幸いに存じます。