トランプ銃撃と米大統領選の行方
トランプ銃撃と米大統領選の行方
その1 トランプ銃撃とシークレット・サービス(SS)の基本に忠実な対応
まずトランプ銃撃を、最初からできるだけ忠実に再現してみる。そうすることにより何か辻褄の合わないことがあれば、浮き彫りになってくるはずだからである。
米国時間7月13日の午後6時すぎ(日本時間14日午前7時すぎ)、選挙集会のため激戦州のペンシルバニア州バトラーを訪れていたドナルド・トランプ共和党大統領候補(以下、前大統領)が、演説を始めた数分後に銃撃された。会場は野外で周辺には高い建物が全く無かった。
前大統領は大統領選候補を最終決定する共和党全国大会(7月15~18日、ミウルォーキー)の直前で、最後に激戦州を回って選挙集会を開催していた。
前大統領は最初の銃弾が右耳をかすめたため咄嗟にしゃがみ込み、同時に数名の屈強なシークレット・サービス(以下、SS)が飛び掛かるように覆いかぶさった。その中には女性のSSもいたが、「異変を感じたらすぐ警護対象(前大統領)に覆いかぶさり次の攻撃から守る」との基本に忠実な対応だった。
その後も数発の銃撃が続き、近くにいた支援者の1名が亡くなり、2名が重傷を負った。
ここでSSとは米大統領等の要人警護隊で、もともと財務省傘下で偽札捜査等に関わっていたが、2001年の同時多発テロを機に米国土安全保障庁(DHS)が設置され、SSもその傘下に入った。直近の人員は8300名の大所帯である。犯人確保ではなく要人の安全確保を最優先とする警護手法は、日本の警察組織であるSPも変わらないとされる。
FBIは即座に「暗殺未遂事件」として捜査を開始している。
最初の銃撃から数秒後には演説会場を取り巻いていたカウンター・スナイパー(警護隊の狙撃手)が発砲し、銃撃犯を射殺している。この対応もすべて判断は現場に任されていたはずで、被害のさらなる拡大を防いだ。実はここで(ほとんど唯一の)疑問が残るが、すぐ後に出てくる。
前大統領に覆いかぶさっていたSSは無線で「犯人は無力化」との報告を聞くと、次は前大統領を安全な場所に避難させる。これも警護対象が負傷すると(まだ銃撃が続いていても)警護対象の状態にかかわらず全速力で病院に担ぎ込むことになっている。その間もSSは警護対象を取り囲んで守り、担ぎ込む病院はあらかじめ決められている。
前大統領は耳から出血しているものの意識ははっきりしていたため、とりあえず安全な場所に避難させることになった。その間もSSは仲間の銃撃犯が潜んでいる可能性もあるため、しっかりと前大統領を取り囲みながら移動させていた。これも警護の基本に忠実であるが、途中で前大統領が何度もこぶしを振り上げ支援者に無事と「戦い続ける姿勢」を訴え続けていた。あえて言えばSSはそこで警護の基本を少しだけ逸脱していたことになる。
この緊迫シーンを、2021年にピューリッツァー賞を受賞したAP通信カメラマンのエバン・ブッチ氏が撮影し全世界に配信している。間違いなく「歴史的な写真」となるはずである。またTIME誌も同じような瞬間の写真を最新号の表紙として、大統領選に向け格好の「宣伝効果」を提供している。
間もなく銃撃犯は地元の20歳のトーマス・マシュー・クルックスであると発表された。介護施設勤務で共和党員らしいが動機や背景は一切不明で、単独犯行だったようである。クルックスは演説会場の警護区域外(とされる)に設置されているコンテナの屋根に腹這いになりライフルで銃撃した。前大統領から見て右手やや前方から銃撃しており、距離は直線で130メートルと米陸軍の新兵が射撃訓練で「命中」を求められる距離であるが、逆に言えば素人では思う方向に弾が飛ばない。
ここで「何でそんな近い距離にあるコンテナが無警戒だったのか?」あるいは「何でそんな至近距離で格好の銃撃ポイントなるコンテナが警戒区域外だったのか?」が問題になる。ここはSS上層部の責任が追及されるはずである。本当に警戒区域外ならSSではなく地元警察の担当となる。実際にコンテナによじ登るクルックスが目撃されており、通報された地元警察が銃撃の約30分前にクルックスを認識していたようであるが、目立った対応をしていなかったことになる。
またクルックスが使用したライフルは、父親が合法的に購入したAR15型で8発が発射されていた。連続速射を可能にする改造が加えられていたなら被害はもっと甚大となっていた。またクルックスに軍歴はなく、どこかで射撃訓練を受けていたはずである。
動画をよく見ると前大統領の背後にいたカウンター・スナイパー(SSの狙撃手)が直前にクルックスを確認して照準を合わせていたように見える。先ほど出てきた(ほとんど唯一の)疑問とはここで、カウンター・スナイパーがライフルを構えたクルックスを確認していたなら8発も発射するまで待たないはずである。逆に確認できていなかったならもっと時間がかかるはずであるが、これは考えにくい。ここはFBIの捜査対象となるはずである。
しかし全体的に見て今回のトランプ銃撃には、過去のケネディ暗殺のような「山ほど」の疑問も謎も残らず、背後に何の陰謀もない暗殺未遂事件だったと考えて良さそうである。
トランプは予定通りに共和党全国大会に出席し、初日の15日に早くも正式な大統領候補指名が確定している。
その2 今回のトランプ銃撃を見て「新たに」感じたこと
現地の報道を何度も確認して、次の3つが思い浮かんだ。
1つ目は、2年前に安倍元首相が奈良市内で銃撃された際の警備体制と「違いすぎる」と改めて感じたことである。銃撃犯とされる山上容疑者が1発目を発射したが当たらず、そこから2発目を発射するまで数秒間あったにもかかわらずSPが安倍元首相に覆いかぶさるなど基本の対応をとらず、安倍元首相は命を落としてしまった。
さらに瀕死の安倍元首相を「わざわざ」50分もかけて遠方の病院まで運んだため、蘇生の機会も失われてしまった。もっと近い救急病院があったにもかかわらず、何故か現場にいて緊急性が分かっていたはずの仲川元庸・奈良市長が50分もかかる奈良県立医大付属行院への搬送を指示していた。また事件後に仲川市長は現場を「きれいに」整地して記念碑等の建立を一切拒否している。
ここまで「見事にお粗末」となれば、何か大きな力が働いていたと考えざるを得ない。容疑者とされる山上の裁判も「まだまだ」始まらない。事実が検証される裁判まで事件の風化を待っているようでもあり、すべてがおかしい。
2つ目は、これだけ警備が厳しいはずの米国で、2021年1月6日の議会襲撃事件の警備に対する違和感を改めて思い出したことである。これはSSの出番ではないが、前日に議会周辺で爆弾が発見されていたにも関わらず特別な警備は何も行われず、「暴徒」が議会に乱入したとされるが、映像で見る限り「訪問者」を自然に受け入れているようにしか見えない。それでも数名の死者が出ているが「暴徒」の犯行によるものとも思えない。
この議会襲撃事件はトランプ大統領(当時)が2020年の大統領選で負けを認めず、結果を覆すために主導したとされ裁判となっている。2024年の大統領選では、トランプの選挙活動を妨害するためとしか思えない日程で本件を含む「4つの裁判」が予定されたが、裁判は1つを除いて大統領選後まで延期されている。また連邦最高裁が大統領任期中の行動に対する免責を幅広く認めたため、ほとんど「犯罪」にもならない。
2020年に続き2024年の大統領選においてもトランプの勝利を望まない勢力(一般的にDeep Statesと呼ばれるが、あまり正しい呼び方ではない)がいたとも考えられているため、この記事の最後で「これら勢力」についても解説する。
そして3つ目は、今回のSSの現場対応が、1981年のレーガン大統領(当時)の銃撃事件から全く変わらない基本に忠実な対応であることに「改めて」感心したことである。
就任したばかりだったレーガン大統領(当時)が1981年3月31日にワシントン市内で銃撃された。銃撃犯も近くにいて今回よりもっと緊迫していたが、やはりSSがレーガンに覆いかぶさって次の銃撃から守り(それで大統領報道官とSS1名が重傷を負った)、すぐさま瀕死のレーガン大統領を大統領専用車に押し込み猛スピードで近くの救急病院に運び込んだため、大統領は一命をとりとめた。レーガンは再選され1989年1月20日まで任期を全うしている。
それを見る限り、(日本でも要人警護の基本は同じである)1つ目と、米国でも2つ目の対応との差があまりに大きく、ともに「大きな力が働いていた」と改めて感じた。
ちなみに歴代の米国大統領は、1789年4月に就任した初代のジョージ・ワシントンから現職のジョー・バイデンまで46代・45名いる。数が合わない理由は、第22代のスティーブン・クリーブランド(民主党)が1期空けて当選したため第24代の大統領でもあるからである。
2024年の大統領選でトランプが当選すれば、史上2人目の「復活した」大統領となり、第47代の大統領となる。
この中で暗殺された(銃撃されて死亡した)大統領は、第16代のエイブラハム・リンカーン、第20代のジェームス・ガーフィールド、第24代のウィリアム・マッキンリー、第35代のジョン・F・ケネディの4名となる。
それに銃撃されたものの一命はとりとめた第38代のジェラルド・フォード(この大統領は大統領選に勝ったことがない大統領である)、先ほど出てきた第40代のロナルド・レーガン、それに今回を第45代のドナルド・トランプとして加えると計7名となり、全大統領45名の15%に相当する7名が「銃撃された」ことになる。
しかもその7名のうち6名が共和党で、民主党はケネディだけである。戦後で軍産複合体に近くなかった大統領はこのケネディとトランプだけで、その2名とも「銃撃された」ことになる。
また共和党は実質的にリンカーンが創設しているため、そこから19名いる共和党大統領の「ほぼ3人に1人」の6名が「銃撃された」ことになる。
共和党の米国大統領は「結構リスクが高い」ことになる。トランプは「もう銃撃されたので安心」とはならない。ジェラルド・フォードは未遂も含めて2度も銃撃されているからである。
その3 トランプ銃撃が今回の大統領選に与える影響
7月15~18日の共和党全国大会で、トランプは「すでに」正式に共和党大統領候補に指名が確定したが、銃撃事件がなくても確定的だったことは変わらない。
2020年の大統領選挙では、ペンス副大統領やマコーネル上院院内総部ら共和党の重鎮が反トランプに回っていたが、どちらも引退状態である。
さらに共和党内や共和党支持層でトランプ支持とは言えなかった中道派や穏健派も、さすがに今回の銃撃事件でトランプ支持となるはずである。またイーロン・マスクなど大口献金者もトランプ支持を表明している。今回の銃撃がトランプの支持基盤を「より強固に」したことは間違いない。
さらにトランプは全国大会初日の15日に、副大統領候補にヴァンス上院議員(オハイオ州選出、39歳で作家でもある)を早々と指名した。やや意外な指名であるが、トランプに対する忠誠心が決め手となったようで、前回のペンス副大統領への反省もあるはずである。
それより問題はバイデンの行方である。バイデンは6月28日の第1回テレビ討論会が「さんざん」で、民主党内からも指名辞退を求める声が続出しているが、バイデンはまだ踏みとどまっている。
そこへ今回のトランプ銃撃で、唯一の対抗策だった「トランプへの個人攻撃」も修正せざるを得ず、いよいよ敗戦が確定的となってきた。民主党の大統領候補を正式決定する民主党全国大会は8月19~22日にシカゴで開催される。もともとバイデンは現職大統領なので、各州の予備選や党大会も信任投票に過ぎず、全国大会もセレモニーとなるはずだった。
それでは最終的にバイデンが大統領候補を辞退するなら、新しい候補者はいつ頃までに「どうやって」決めるのか?
前例がないが、バイデンの大統領候補辞退が党大会でバイデン大統領候補とハリス副大統領候補の組み合わせが正式決定したあとなら、さらにありえないがこの組み合わせで大統領選に勝利した後なら、憲法の規定が拡大適用されてハリスが大統領候補あるいは就任日(2025年1月20日)に新大統領となり、別に副大統領候補を規定通りに(上院の過半数の賛成だけでよい)選べばよい。だからバイデンの大統領候補辞退の前にハリス副大統領も交代させておく必要がありそうである。
問題は党大会までにバイデンが大統領候補を辞退した場合である。この時はバイデンでは勝ち目がないため「勝てそうな大統領候補に差し替える」ことになり、嫌がるバイデンを無理やりやり引きずり降ろす必要がある。それでもバイデンが抵抗したら「そのまま」で行くしかない。
しかし大統領選本選のための投票用紙等の印刷の都合や(米国の選挙ではあらかじめ候補者名が投票用紙に刷り込まれている)、期日前投票や郵便投票が9月中旬に始まるため、やはり党大会までには新しい候補者が決まっていなければ間に合わない。つまり民主党全国大会で新しい候補者を正式決定するしかない。
また大統領選本選で争われる538名の代議員(選挙人)はすでに各州で選任されているが、これは「民主党候補」に投票するだけなので、わざわざ入れ替える必要はないはずである。あまり知られていないが大統領選後に行われる選挙人投票では、必ず若干名の造反(決められた大統領・副大統領候補に投票しない)が出るが、それで結果に影響が出たことは無い。
バイデンが大統領候補を辞退した(させられた)場合も、ハリスが副大統領なら自動的に大統領候補となるが、ハリスではバイデンよりトランプに勝つ可能性が低い。
そこで少しでもトランプに勝つ可能性のある候補を考えると、ミシェル・オバマの名前が出ていたが、どうも本人にその意思がなさそうである。
つまりバイデンが大統領候補を辞退せず(させられず)、ハリスの副大統領候補も変更せず(できず)、このまま大統領選本選に突入してトランプの大勝ちとなる可能性が最も強いことになる。
その4 それでもトランプの大統領復活を望まない勢力がいるはず
よく政権を自在に操り、また気に入らなければ入れ替えるDeep Statesが話題に上がることがあるが、もちろんそんな「悪の大魔王」みたいな存在はいない。
しかし時の政権に影響を与える「圧力団体」は複数あり、それがたまたまバイデン政権に支持が集まっていることは「ある程度」事実である。逆に言えばバイデン政権とは、これら「圧力団杯」の支持が集まって「ようやく」2020年大統領選に勝利していたことになる。
そこで今回の大統領選で「これら圧力団体」がどう動くのかと、バイデンが政権を失った場合の「反動」を考えてみる。
その「圧力団体」には、まず軍産複合体がある。もともと戦後の軍産複合体は共和党に近かったが、2008年の大統領選で当選したオバマが世界各地で戦争を拡大させることで急接近した。バイデンもウクライナやガザで「せっせ」と戦闘を長引かせて軍産複合体に貢献している。ただトランプはもともと戦争不拡大主義で軍産複合体に近くないため、軍産複合体の民主党支持が続きそうであるが、政権を失えば離れていく。
さらに国際金融資本がある。もともとここも共和党に近いが、重鎮であるJPモルガンのダイモンCEOは金融界に珍しい民主党員で、やはりオバマ政権時代から民主党の存在感も大きくなっている。しかしもともと国際金融資本は共和党と民主党が棲み分けているため大きな変化はない。ただバイデンは仮想通貨業界を「開拓」して大口献金を集め、本年1月にビットコインETFを解禁させて仮想通貨業界を潤わせているが、政権を失えば問題視されるはずである。
さらにバイデンは2020年の大統領選で、極左勢力や不法移民を大量動員させて米国の国家の仕組みを変えようとする勢力の協力を得ていたため、移民にブレーキが掛けられなくなっている。これらの勢力は政権を失っても民主党から離れないが、民主党の負担が増えるだけである。
オバマ政権時代は戦争拡大の裏でウクライナ、核合意の裏でイラン、薄熙来失脚の裏で習近平に「秘密裏」に接近しており、その窓口がバイデンだった。ところがバイデンはウクライナと中国で息子のハンターを前面に「せっせ」と不正蓄財に励んでいた。また2020年の大統領選では「中国からの不正投票」のお世話にもなった。バイデンは政権を失うと「身の破滅」になる。習近平もトランプ政権となれば大幅関税となるため今回の大統領選でも「大規模な不正投票」に協力するはずである。
それから「圧力団体」とは呼べないが、バイデンは息子とともにジェフリー・エプスタインと親しく、エプスタインの「政治力」も利用していた。ところがエプスタインは2019年7月に逮捕され、同年8月に自殺したとされる。実際は口封じのために拘置所内で消されているが、エプスタイン周辺への捜査は続いている。これもバイデンが政権を失えば「身の破滅」となる。
それからその他の主な「圧力団体」であるキリスト教福音派はプロテスタントでカトリックのバイデンに関係なく、トランプは福音派の中心であるカルバン派であるため、バイデンは今回の大統領選では「さらに」不利となる。また全米ライフル協会はもともと共和党の牙城で、労働組合は2016年の大統領選がトランプ支持、2020年がバイデン支持、今回はトランプがリードと毎回振れている。
総じて今回の大統領選でバイデン支持を増やす「圧力団体」はなく、政権を失えば離れていくだけでなく、バイデン親子の「悪事」が表に出て「身の破滅」となる。大統領の免責(実際は捜査当局の遠慮)が無くなるからである。
逆にここまでくればトランプの大統領復帰に目立って反対する勢力は、極左勢力と不法移民を大量に動員する勢力くらいで、大勢に影響はなさそうである。
いずれにしても今回の銃撃の影響も加わり、トランプの大統領復帰は「ますます」現実的となっている。もう波乱はない。
そんなバイデンと一蓮托生の岸田首相は、それでも総裁選に勝つつもりでいる。総裁選の直前予想と、トランプ政権となった場合の対日、対中戦略は、また改めて解説する。