ひとつ足りない呪い
久しぶりに行った一駅先にあるパン屋。
買って帰ったら塩バタパン1個が足りなかった。
レシートには塩バタパン¥160が打刻されている。
つまり私は金を払ったのだ。
なのにパンがない。
行かなくちゃ。
パンを取りに行かなくちゃ。
とりあえずパン屋に電話する。
店に塩バタパンを忘れていないか尋ねたが、残ってないとのこと。
でも家にもないのだ。
思い当たることがある。
レジに並んでいる時、若い男性客が店員二人と談笑していた。
私は並んで順番を待っていた。
待っていた。
待っていた。
やっと一人の店員が気づいた。
男性客の隣のレジで私のパンをカシャカシャ袋に入れ始めた。
私はそれをマイバッグに入れた。
その時パンの数を数えなかった私に落ち度がないとは言えない。
が、数えたのは家に帰ってからだった。
1個パンがない。
行かなくちゃ。
パンを取りに行かなくちゃ。
多分あの店員は塩バタパン1個は男性客に渡したのだろう。
男性客は家に帰ってそれを食べたに違いない。
気がつかずに。
いやサービスと思ったかも。
長いこと楽しげにおしゃべりしていたものね。
電話に出た店員は、今取りに来て欲しいと言う。
ちょうどまた塩バタパンが焼き上がったから渡せると。
え?
ちょっと待って。
そっちが渡しそこねたのに取りに来いって?
しかも今?
「今なら私の勤務時間だから」とも言った。
あんたの都合優先かい?
もしや、あんたのミスが店長にバレるとまずいから?
客の都合は?
私は翌日またその方面に行く用があった。
なので「明日行く」と伝えて電話を切った。
ちなみにそのパン屋に行くには、
JRなら片道¥150。
バスに乗れば片道¥220。
健康のために歩いたけれど金額にすればそれだけかかる。
塩バタパンは¥160……。
やっぱり取りに行かなくてもいいか?
正直迷った。
「やっぱりいいです」
と電話しようか?
迷ってふと思い出したのだ。
昔からこういうことはあったけど、最近特に多い気がする。
2月には閉店最終日のお煎餅屋さんで、煎餅一袋入れ忘れられた。
1月には市役所の出店で、お菓子を一個入れ忘れられた。
そして3月は塩バタパン。
月に一度は一個忘れられている!!
これは一体何の呪いだ!?
私は何者かに甘く見られている。
人としての尊厳を脅かされている。
駄目だ!!
このまま黙って引き下がったら、この受難は永遠に続くのだ。
一回わずか数百円の損害だったとしても、塵も積もって山となり何億円となるかも知れない!!
いや、ならねーよ。
だが!
戦え!!
戦うんだ私!!
というわけで翌日、雨の中取って来たのが冒頭写真のパンである。
店員は名乗った私に、「こちらでいいですか?」
とシャカシャカ袋に入れて取り置いてた塩バタパンを手渡した。
それだけ?
おいっっ!!
さすがに「ちょっと一言いいですか?」と言っていた。
店側が渡し忘れたパンを受け取りに!
一駅分お金がかかるのに!
雨の中!
わざわざ!
取りに来たのだ!
と強く言った。
「申し訳ございませんでした」
店員はやっと言った。
日本にはね、
「お足元の悪い中をわざわざご足労いただきありがとうございます」
という美しい言葉があるのだよ。
教えてなんかやらないけどね!!
というわけで、今回は戦ったのだ。
これで私の厄も落ちただろうか?
ひとつ足りない呪いは解けたはず。
きっと! きっと! きっと!!
どっとはらい。