🎬シネマ歌舞伎「らくだ」を観ました

2024年10月3日　
ＭＯＶＩＸ柏の葉　にて

らくだ

2008年（平成20年）8月に歌舞伎座にて
上演されたものがシネマ歌舞伎になりました。

この『眠駱駝物語ねむるがらくだものがたり』は、
歌舞伎作家 岡 鬼太郎の歌舞伎戯曲で、
落語「らくだ」を脚色したものだそうです。

らくだ…何のことかと思ったら、
図体が大きくて役に立たないような人物を
形容する言葉らしい。
当のらくだには申し訳ない比喩ですね。

らくだと呼ばれる題名の主は
もう最初からお亡くなりになっている。
彼は馬太郎という貧乏長屋の住人で、
特に借金のことなどで周囲の人に
迷惑をかけてばかりのようでした。

それが昨晩のふぐに当たっての頓死とんしである。
そんな馬太郎でも何とか葬儀ぐらいは出してやろうと、
遊び人の半次が紙屑屋かみくずやの久六を
強引に巻き込んで大騒動を巻き起こす、
これはそんな物語です。

中村小山三さん

中村小山三さん

らくだ…軽いお話かと思っていたら、
ズッシリ重みのある演目でした。
なぜなら、役者が達者すぎる人ばかりだから。

まず、横たわる馬太郎に燈明をあげて、
お経を読んでいる後ろ姿があって、
振り向いたら中村小山三なかむらこさんざさんでびっくり。
この当時は88歳でいらっしゃる。

94歳でお亡くなりになるまで中村屋の三代につくし、
皆に愛されたチャーミングな歌舞伎役者、
中村屋の守り神といわれた方です。

らくだは皆の嫌われ者とはいえ、
亡くなってしまった以上放っておくわけにもいかず、
仕方なしに枕経を上げて留守を守っていた
おぎん婆さんの役。

さっぱりとした人情家でサバサバしたところなどが
小山三こさんざさんに似ています。
出番はそこだけなので
『貸したものなど後で返しておくれよ』と言いながら、
捌はけていく後ろ姿が名残惜しくて、
袖に消えていくまで見つめていました。

かんかんのう

伴次役の坂東三津五郎ばんどうみつごろう丈（当時52歳）、
短気な兄貴肌で、
すぐに腕をまくり上げて啖呵を切るようなところなど、
いなせな親分っぷりが格好いい。

そこへ真打、中村 勘三郎なかむらかんざぶろう丈（当時53歳）が
紙屑屋かみくずやの久六役で登場です。
“紙屑買かみくずかい”とは、
出張買い取り業者のようなもの。
うっかり、らくだの長屋の前を通りかかったばかりに
呼び止められて、否応なく伴次の策略の片棒を
背負わされる羽目になってしまいます。

勘定には厳しい大家の佐兵衛から
通夜のための酒と料理を引き出させようというもの。

まずは使いにやらされた久六さん。
もしも断られたら、死人を背負って
「かんかんのう」を踊らせるぞと脅かして来いというものです。
すごいですね、グロですね。

ここで出てくる「かんかんのう」というのは、
江戸から明治にかけて流行した
ナンセンスソングだそうで、
中国伝来の歌を意味は分からないまま、
語呂の響きを日本語に変換して歌っていたものらしい。

けれど、大家の方では
久六の話を鼻で笑って取り合いません。
それならば目にもの見せてくれようと、
伴次は無理やり久六に死体を背負わせて、
大家宅に乗り込むことになるのです。

“於染久松色読販おそめひさまつうきなのよみうり”の中の
喜兵衛とお六が油屋へ乗り込む下りでもそうでしたが、
まず正面からのご挨拶伺いのやり取りがあって
（ここら辺のやり取りがいやに冷静で
キチンとしていて大人な感じが好きです）
そんなの相手にしていられないという風な
反応を見て取ると、急に調子を変えて、
用意しておいた死体を持ち込むといった
荒業をぶち込んできます。

このあたりからは全員上を下への大騒ぎとなるのです。
伴次はらくだの死体を背後から抱えて
大家夫婦の前でかんかんのうに合わせて踊らせてみせるし、
まさか本当に死体を持ち込まれるとは思っていなかった夫婦は
腰の抜かしてしまい、
奇声を上げながらはいずりはいずり、逃げ回ります。

この機に乗じて、酒や肴はもちろん、
ちゃっかりお金まで要求してくる伴次さん。
もうなんでも要求は吞みますから、
死体を連れて帰ってくれと泣きつく大家さん。
その騒動を土間でしゃがんで観ている久六さん。
この三者の構図がおもしろいです。

芸達者な面々

ここで特筆すべきなのが
大家の女房役の坂東弥十郎ばんどうやじゅろう丈（当時52歳）。
夫同様、家業を守るべく、
温情には流されないタイプの憎まれ婆さんを
ユーモアたっぷりに演じます。

死体が持ち込まれてからの、
逃げ惑いっぷりがお見事でこの場を一番盛り上げていました。
それからふとこの役を
中村扇雀なかむらせんじゃく丈でも
見てみたいなとも思いました。
扇雀さんもこの役はきっとピッタリだと思います。

さて、最初はハラハラ見ていた久六さんですが、
だんだん興が乗ってきて、
この大騒ぎを楽しむ視点に変化していきます。
この一歩引いた勘三郎さんの様子と、
部屋の中での大騒ぎが対照的で、
それゆえこの場面のおかしみが倍増されていくかのようでした。

ここでは充分勘三郎さんの魅力が楽しめます。
逃げ惑う演技の過激なあまり、
土間に転げ落ちてくる女房役の坂東弥十郎丈にリアルに驚き、
「ババアが降ってくる」というアドリブを加えつつ、
可笑しさを隠しきれないといった表情で
素で笑っている風情などが、
演技を越えて私たちの笑いを誘います。

勘三郎さんだけではない。
さんざん死体を抱えて、
かんかんのう踊りをしなければならなかった
三津五郎さんは疲れ切っている様子で
思わず本音っぽく愚痴をこぼすし。

そして忘れてならない、
死体役の片岡 亀蔵丈（当時47歳）。
背負わされたり、踊らされたり、
その都度相手と呼吸を合わせて器用に振舞って、
不気味だけれども面白く、
全編で死体の役なのに大活躍なのでした。

勘三郎丈の酔っ払いっぷり

場面は変わって元のらくだの住まいでは、
使いが持ってきた酒をめぐり、
またまた一波乱。
勘三郎さんの魅力でぐいぐい引き込まれていく場面となります。

最初は伴次に勧められても飲もうとしなかった酒を、
無理やり一口飲むあたりから、
久六さん、だんだんと人が変わっていきます。

徐々に進んでいくその酒の飲みっぷりが、
ただのおかしみだけでなく
凄みも混ざっていて目が離せません。

親分口調の伴次と、
へいこらとおもねるばかりだったの久六の立場が
いつの間にか逆転、
酒のためにすっかり人格が変わってしまった久六が
伴次に「もっと酒をもらってこい！断られたらかんかんのう踊りだぞ」と
すごんで、ここでチョンチョンと幕が閉じるのです。

芸達者な人たちばかりで、すっかり堪能しました。
尾上 松也丈が伴次の妹としてちょっと出て来たのですが、
23歳の松也さんは線が細くて
可憐で意外過ぎて誰だかわからなかったほど。
今や中堅どころとして
歌舞伎界をけん引している方なのですから、
貴重な映像だといえるかも。

酔っ払いの演技は高い技能が必要だと聞きます。
勘三郎丈を見てそれを改めて痛感しました。
勘三郎さんも三津五郎さんも思えばもういらっしゃらない…、
さみしいです。
そしてどれだけ大きな損失であったかと
思いをいたす歌舞伎シネマでもありました。