AIを突き詰めると生命保険は哲学にぶち当たる
AIの力により、個々人の事情に合わせて最適な保険料・保障金額を設計する取り組みは、少し前からメディアで話題に上がることが増えた。
AIの可能性について語る論者の中には、「あらゆる分野にAIが進出して、創造的な仕事すらも人間から奪っていく」という話も見かける。
今回は仮に生命保険分野にAIが浸透したとして、どんなことが起きるのか思考実験してみたい。
仮にあらゆる人間の病歴・治療歴が筒抜けになり、AIはそれまでの健康情報をもとに保険加入の可否を判断する世界が到来したとしよう。
ある日、「Aという病気になった人間は、その後癌になる確率が非常に高い」という事実が明らかになった場合、がんに備える保険を売っていた会社では何が起きるだろうか。
AI は全ての病歴・治療歴を握っているので、加入前に癌と関係の深いAという病気を患っていた人間を特定できる。
この場合、AIの保険加入審査システムはどのような判断を下すか。
一つは過去に病気Aになっていた人間の加入した保険を解除するという方法。もう一つは新しい医療判断は既存契約に遡及適用しない、ということ。
契約を解除する方法は、「新しい医療事実が発見される前に潜り込んだAの病歴がある人間を残すのは、その後加入できないAの患者との不公平を招く」という思想である。
一方で遡及適用しない方法は「加入者を突如として追い出すのは、後出しジャンケンで被保険者集団を組み替えることを許し、保険会社の利益を最大化させるので不公平だ」という思想である。
この場合、どちらの不公平のほうがよりましだろうか。私は遡及適用しない方法がより良いと思う。
遡及適用を認めてしまうと、保障を得ていた人間が突然に安心を奪われる可能性を生じさせるため、保険秩序自体を揺るがしてしまうことになる。
加入を断られた人への説得のしやすさもある。
「この日から審査基準が変わりましたので、新規にはご加入いただけません」というのと、「この日からこの病歴がある人は全て保障を失います」では、後者の場合だと収拾がつく気がしない。
生命保険会社の情報収拾は「悪意を持った加入者の排除」と、「漏れのない請求を促すため手がかり」という二つの側面を持つ。
情報が集め放題、使い放題の世の中になると、このように今までとは違った課題が出てくるものである。
AIの世界では「既存の判断基準が通じなくなった時の修正方法も機械学習させればいい」という説もあるそうだ。
これに対する素人の素朴な疑問は、「修正候補となる新しい判断基準ってどうやって仕入れるの?」ということ。
入力と出力データだけでは学習は成立しなくて、そこに「正解・不正解」という概念がないといけない。
AIが絵を作る世界であれば、「いいね」の数で評価をある程度は測れるだろう。オークションで高い値段がつくかどうかでも重み付けはできそうだ。
一方で、前述したような「公平さ」とか「納得しやすさ」はどうやって測るのだろう。「正解が移り変わってゆく」問題に対して、AIは何ができるのだろうか。
AIを突き詰めると、今まで通り過ぎていたこのような根源的な問いを私たちに突きつけてくることになる。
また、ビジネスにおいて、AIにより全てが自動化された未来は案外原始的なところで頭打ちになるのではないかと思っている。
すなわち、データの保管容量が足りない、とか電気料金が重たすぎるなど、メチャクチャ物理的な点がボトルネックになる気がするのだ。
そのため、活用する情報の取捨選択をできる人間も重宝されるだろう。ここには前述の通り生命保険の根本に立ち返って思考する必要がある。
AIが人間の仕事を奪う未来では、哲学者になれた人間が生き残ってゆくのだ。