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本当にあった無肥料で高収量が続く農業(6) 考察

耕作による土壌肥沃度の低下を、高C:N有機物の投入によって克服した農地で得られた事実から導かれる真相は?


生産性

有機農業が慣行農業の収量水準を超えることは稀であるが [18]、SFの生産性は全国平均の4倍であった。 土壌のNO3−N濃度は5.6 mg kg−1 soilと慣行農業ならびに有機農業の平均値(20 mg NO3−N kg−1) [9], [10]より低かった。低窒素濃度条件下では、十分な量の養分を吸収するには、相応の根圏と根系が必要となる。

有機農業は収量が低い

科学雑誌ネイチャーに掲載された研究は、既報の論文を使い、全世界の異なる土壌、気候、作目を網羅して比較した。単純に平均収量を比較したのでは技術の差は分からない。有機農業は条件の良い圃場を選んで行われる傾向があるからだ。研究は、同じ条件下であれば有機農業は慣行農法より平均で34%収量が低いと報告している。農水省は面積の割合を25%(100万ha)に拡大することを目標としている一方で、供給熱量ベースの食料自給率向上を掲げている。現状では両立は不可能だ。

圧倒的な生産性

論文の全国平均は、SF(調査圃場)と同じ作目構成(レタス、キャベツなど5作目)作付け比率で見た、ブラジルの全国平均だ。4倍は、あくまで推定である。ただ、麓の慣行農業と比べると、大きさ、栽植密度、秀品率、栽培サイクルの短さなどから妥当に思えた。

低濃度の窒素を広範囲に集めたか?

乾燥土壌1kgあたり硝酸態窒素20mgという値は、慣行農業でこれより低ければ収量が下がるという境界値だ。『平均値』は間違いで、『下限値』が正しいので訂正しておく。これより多少高くても減収はしない。問題は、なぜSFは4分の1の窒素濃度で4倍の収量が得られたのかだ。1つの解釈は「低濃度でも広範囲から集める」というものだ。そのためには『相応の根圏と根系が必要』ということになる。観察では、SFのレタスは麓の慣行農法レタスより根が長く量も多かった(参考図)。

参考図 調査圃場 (SF)のレタスの根

生育途中の1株を掘り出した。あくまで参考であり、代表性は全く保証されない。

(補足)

ところで、根が広く張ることは良いことのように言われる。これは少し違うと思う。植物は無駄なことはしない。必要に応じて根を増やす。根が小さければ、その分、地上部が大きく生長する。つまり、SFは不利な条件下で慣行農法に勝る生育を達成していることになる。論文に書いた解釈では単純計算の4÷1/4=16倍の根圏では全く不足で、根に含まれる窒素を加味するとさらに大きな根圏が必要ということだ。一方、土壌の体積は一辺が3倍になれば27倍になるが、株間と作土の厚みには制限がある。「低濃度でも広範囲から集めれば足りる」という解釈は現実味が薄い。

土壌特性の変化

土壌A層の特徴は仮比重に見られる。第3層以下の仮比重とC:N 比は低く、かつ大差ない。土壌構造の違いは主に第1層と第2層に見られた。一般に、サバンナ生態系における農業活動は深さ0.3mまでの土壌炭素蓄積に影響を及ぼすとされる [19]。そこで、以下の考察は上位3層に限って進めることにする。4年半の間に少なくとも7 cmの土壌A層が形成された。A層の重量はSFとCFでほぼ同じ(それぞれ332および321 kg m−2)であったことから、これは土壌A層の空隙の増加によるものと考えられた。SFの土壌A層の厚みの増加は比率で言えばCFのA層の20.6%であり、重量では3.4%である。T-C の増加による炭水化物の増加分を差し引いて、SFの土壌重量にCFの仮比重を掛けて厚さを求めると、現在のSFの厚みより8.4 cm小さい。この土壌孔隙の体積はおよそ80 mmの降水を吸収できる。この卓越した土壌物理性は無潅水栽培を可能にしている [20]。1時間当たり50 mmの雨でも表面流去が発生せず、65日の干ばつ下で無潅水栽培できるのも頷ける。

常識外れに速い表土形成

一般に、1cmの土が出来るのに100〜1000年かかるといわれる。4年半で7cmできたというのは信じがたい。共著の土壌学者が最も驚いたのはこのことだった。専門家に訴える論文タイトルとして採用した理由でもある。たまたま厚い場所を調査したのではと疑いたくなるかもしれない。が、合理的な解釈が可能だった。

隙間が増えただけ

その答えが『A層の重量はSFとCFでほぼ同じ(それぞれ332および321 kg m−2)であったことから、これは土壌A層の空隙の増加によるものと考えられた』ということ。変化していること自体は一目瞭然だが、重さを測ることで謎が解けた。実測の7cmと計算の8.4 cmなら誤差の範囲と言って良い。

隙間の吸水・給水効果

80 mmという吸水量は一挙に吸水できる量である。水は時間とともに下層に浸透していくので、実際には80 mm以上の雨でも水溜まりにはならず、表面流去は発生せず、土壌流亡の心配はない。土壌団粒層が厚くなると、大量の雨水を長期間蓄えられる。作物は土壌の隙間に容易に根を伸ばすことが出来、水分を広範囲から吸収できるため、無潅水栽培が可能になる。

(補足)

無潅水栽培は、より環境の厳しいタイの東北部(緯度15度付近の半乾燥地帯)でも実績がある。タイの東北部は半年間雨が降らないが、砂地なので、表面が乾くと毛管が切れて蒸発が止まり水分が保存される。そのため雨季の降水を利用して乾季でも無潅水で野菜が栽培できる。土壌団粒と砂の違いはあるが、原理は同じである。

T-CおよびT-N収支

上述の土壌A層の形成は極めて速い。4年半にわたる廃菌床の投入による5,014 gのCの投入に対して増加量は9,418ないし11,769 g C m−2 であった。増加速度は2,093–2,615 g C m−2 year−1となる。天然林における土壌炭素増加速度は地球全体でおよそ0.2–12.0 g C m−2 year−1 であり、熱帯雨林では 2.3–2.5 g C m−2 year−1 である [3]。耕地の休閑は最も効果的な土壌有機炭素の増加方法であり、熱帯地域の39ヶ国のメタ解析によれば7年間で6.0–11.8 g C m−2増加した [6]。既報の研究によれば、高C:N比有機資材の投入は土壌炭素を著しく増加させる。
4年半にわたる廃菌床の投入による129 gのNの投入に対して土壌窒素の増加は461から772 g N m−2 と推定される。収穫物による79 g Nの持ち出しを考慮すると、土壌窒素の増加速度は91–160 g N m−2 g year−1となる。調査圃場は周囲から水の流入のない、圃場の最も高い位置を選んだ。従って、Nの増加は生物的窒素固定によると思われる。この値はマメ科植物の平均値(5–33 g N m−2 year−1)より一桁高い [
21]。窒素を添加すること無く、高C:N比有機物資材を投入することは著しく土壌窒素含量を増加させることがわかった。
持続性について見ると、SFは約1000 g T-C m−2 year−1の投入がなされているが、SFの高生産性は相当量の炭素を土壌に供給している。現時点の炭素のO:I比が1より大きいということは、SFの耕作法が外部からの炭素投入なしに持続することを意味している。現時点の窒素のO:I比もまた1を超えている。

土壌炭素の急増

極めて速いA層の形成は、団粒化によって隙間が増えたというオチだった。しかし問題は残る。その過程で土壌炭素が、熱帯雨林の約200-1000倍の速度で増加したことだ。最も効果的な土壌有機炭素の増加方法とされる休閑と比べても200-400倍になる。もちろん、この速度が永遠に続くことは無いだろうが。昨今は農業とは別に、農地土壌の炭素を増やす炭素貯留がホットな話題となっている。炭素貯留量は化学肥料で減少し、堆肥(低C:N比有機物資材)で増加するが、高C:N比有機物資材はさらに効果が高いこと自体はよく知られている。農業に利用されていないだけだ。

土壌窒素の急増

窒素固定速度は、マメ科植物の平均値の約15-150倍だった。窒素固定といえばマメ科作物が思い浮かぶ。それは、情報が多いからだ。実際のところ窒素固定はマメ科の専売特許でもなければ、マメ科が窒素固定の横綱でもない。情報が多かったのは根粒菌が研究しやすいのが理由だ。近年、窒素固定に関する知見は急速に拡大している。ところで、遺伝子組み換えにより、植物の根に窒素固定能をもたせる研究もある。が、進化の過程で植物はそれをせず、菌にアウトソーシングした。その方が効率が良いからだ。

持続性

O:IとはOutput:Inputつまり産出/投入比のことだ。O:Iが1を超えると持続できる。調査後のことになるが、圃場の一部で廃菌床投入なしで栽培したところ、収量はやや増加した。この事実から、初期投資は必要だが、一定水準を超えると独立採算で黒字化するというイメージが描ける。もともと、窒素、炭素は大気と循環している。なお、窒素以外の養分については論文の対象外だが、長年施肥された耕地には大量の養分が蓄積している。詳しくは別稿を参照してほしい。この論文が示すのは「無施肥でなければならない」という信念ではなく、「無施肥にした方が多収だった」という事実だ。

メカニズムについて

本研究の結果、SFでは4年半の間に、生産性が4倍に増加し、土壌A層が7.5 cm厚くなり、土壌炭素と窒素の集積速度はそれぞれ2,093–2,615および91–160 g N m−2 g year−1であったことが示された。このようなことは経営ベースの農業では極めて稀な現象である。同様の現象として、森林伐採後の放置チップでその後1年半の間炭素の集積が進んだ(1,160 g C m−2 yr−1)例があるが、その効果は3年後には消失した [22]。両者には後半に違いにある。我々の場合炭素の投入を続けたのに対し、森林では炭素投入は1回きりであった。調査の結果を正確に理解するためには、新しいコンセプトが必要であろう。例えば、サンパウロ州の農家、峰均は森林生態系の観察に基づいて、高C:N比(約40)の有機物資材のみを30年にわたって野菜畑に投入し続けた [23]。その目的は微生物へのエネルギー供給であり、これはある意味、微生物を介した間接的作物管理といえる。生物的窒素固定には多くのタイプがある [24]。どのようなケースであれ、窒素固定量が1桁高ければ微生物の活性も同程度に高くなければならないが、本件調査結果は炭素供給によってSFの土壌微生物活性はCFより正に1桁高かった。生態系は未だにブラックボックスである。菌類に限っても地球上の種数は150万ないし300万と見積もられているにもかかわらず、人類はおよそ5万種を同定しているに過ぎない [25–26]。細かなメカニズムがわからない現状において、微生物にエネルギー源として炭素を供給することは窒素固定をはじめとする微生物の活性レベルをあげる実践的な方法であると考えられる。高C:N比有機物資材の投入の結果観察された反応のメカニズムの解明には、さらなる研究が必要である

継続的に炭素投入する

文献を探したところ、同レベルの土壌炭素増加の例があった。それは伐採後の森林で放置された木材チップによるもので、増加は一時的なものだった。これに対し、調査圃場の場合は炭素の投入を持続している。当たり前のことになるが、炭素は微生物に消費されるので、継続的な炭素投入がなければ土壌炭素を高く維持することはできない。ちなみに投入炭素の存在時間は投入量によらずC:N比で決まる。また、作物栽培も炭素投入である。

微生物を介した間接的作物管理

慣行農業のコンセプトは「作物への養分供給」である。その焦点は物質の収支にある。対する高C:N比有機物投入農業のコンセプトは「微生物へのエネルギー供給」だ。これはエネルギーの収支に焦点を置く。峰均氏(正しくは峯)はこの農法の創始者である。峯氏の農法を炭素循環農法と命名して解説したのがキノコ工場主で、資材に廃菌床という産業廃棄物資材を勧めた。

生物的窒素固定は微生物の活動量に比例する

生物的窒素固定は現在のところ、真正細菌(細菌、放線菌、藍藻、ある種の嫌気性細菌など)と一部の古細菌(メタン菌など)が行うことが分かっている。『どのようなケースであれ、窒素固定量が1桁高ければ微生物の活性も同程度に高くなければならない本件調査結果は炭素供給によってSFの土壌微生物活性はCFより正に1桁高かった。』。読んで字のごとくだ。

生態系は未だにブラックボックス

「同定」とは、見分けがつくという意味だ。性質が分かっているものは格段に少ない。ちなみに、現在では、微生物は全部で1兆種に達し、その99.999%が未発見であると推定されている。これらの微生物同士が、変化する環境下で生態系はさらに複雑で正にブラックボックスだ。

しくみは分からなくてもエネルギー供給はうまくいく

日常的に我々は、しくみが分からない機械を使いこなしている。ブラックボックスである生態系の農業利用も難しくないようだ。『微生物にエネルギー源として炭素を供給することは窒素固定をはじめとする微生物の活性レベルをあげる実践的な方法』だ。

(つづく)

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