よく辛抱してきた。えらかった。
昨日は、名誉院長の診察日でした。
私は長女が通う神経内科で、長女の主治医とは別のドクター(名誉院長)の診察を受けています。
クリニックは、三人の先生方の学会出席によるお休みが続いていたので、なかなかカオスでありました。
毎日の長女の攻撃に疲れ果て、どんよりした私。
名誉院長に日々の大変さを語りました。
そうしたら、先生はこう言ってくださいました。
「あなたは、よく辛抱してきた。
えらかった。
よく辛抱してきたね。」
87歳の名誉院長は患者さんを必ず褒めてくださいます。
今日の誉め言葉は最高でした。
私の心は、「えらかった。」の言葉で温まり、涙が出てきました。
名誉院長はよく「辛抱」という言葉を使います。
辛抱とはつらさを抱えて生きること。
つらさや苦しいことを耐え忍ぶこと。
そしてもっと深く考えると、生きるということはつらさを抱えて生活することなんですね。
そう考えていたら、アウシュヴィッツを生き延びた、「フランクル」のことを思い出しました。
なぜ、あのような過酷な生活を生き延びることができたのか。
それは、フランクルが「つらさを抱えて生きること」ができたからなのでないかと思い当たりました。
私の生活は辛抱の毎日でした。
自分の生活が、良くない選択の連続なのではないか。
もっとほかの賢い選択があったのではないか。
と思い悩んでいましたが、障害者の親の生活は辛抱の毎日なんですね。
だから、辛抱してきた私をえらかった。と認めてあげましょう。
そして大急ぎで家に帰って、同じ神経内科のクリニックへ電話しました。
長女の主治医の先生に、電話診療をお願いするのです。
ここのクリニックは、緊急の場合、電話診療を受けてくれます。
ただし、電話は混んでいて、なかなかつながりません。
やっと、電話がつながり受け付けてもらって、主治医の先生からの折り返し電話を待ちます。
診察時間を30分ほど過ぎたころ、主治医からの折り返しがありました。
2週間ほど前の電話診療で、薬の量を増やしたのだけど、なかなか落ち着いてこないことを伝えました。
主治医からは、やむない場合は、もう少し増量してみることを提案していただきましが、
「もうそろそろ、エネルギーが切れてくると思いますよ。」
と明るくおっしゃってくださいました。
さすが主治医。
長女の気分のサイクルをよくとらえてくださっている。
取っ散らかっている私に対して、理性的に話をしてくださる
そうなんですね、そろそろひと月。
落ち着いてくるころなんです。
長女の声が嗄れてきています。
薬の増量は慎重に行います。
長女は小さいときから抗てんかん薬を服用しているので、肝臓にかなり負担がかかっています。
血液検査の結果では、内科医が見たら要注意ありと見なされる値ですが、主治医は
「肝臓がよく頑張ってくれていますね。」という言い方をしてくれます。
副作用も心配です。
今でも、副作用を抑える薬を服用しているくらいです。
かつては、パーキンソン様の副作用が出て顔が鬼瓦に様に固まってしまったり、アカシジアが出たりしたこともありました。
お薬増量しようと薬の残量を数え、お薬カレンダーの薬を調整しましたが、
なんと、
午後5時。
落ち着いた声で、穏やかな表情で、長女が生活介護から帰ってきました。
さすが、主治医の先生。素晴らしい見立てです。
エネルギーが尽きた長女をみて、
「ああ、これは、薬の増量は必要ないな。」と思いました。
ありがとうございます。
私の主治医の名誉院長。
長女の主治医の先生。
そして電話診療を受けてくださる神経内科のクリニック。
そして、長女の通う生活介護のスタッフの皆さん。
いつも、長女の生活の支援の仕方を一緒に考えてくださって、明るい声で、
お話をしてくださるみなさん。
私の心は軽くなり、ぐっすり眠りました。