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せっかく離婚できたのに!介護!!

私が介護保険の認定調査員をしていたころのこと。
いつものように、申請してきた方に電話し、調査のアポを取りました。
その方は、声が震えていて、つらそうで、(まあ、認定を申請してくるご家族はみんなそうとも言えますが)、切羽詰まっていた感じがしていましたので、要注意案件かなと思い、慎重に訪問しました。

昭和のころに建てられたのだろう、木造の一軒家。
垣根は竹垣で、バラの蔓が巻き付いています。
大島弓子の「つるばらつるばら」を思い浮かべながら、玄関に足を運ぶと、縁側に、初老の男性が、棒のように立っています。
何を見るでもなく、うつろな目をして。

玄関を開けて、声をかけると、電話の女性が顔を出しました。
真っ青で、表情もなく、茫然としています。

とにかく、女性に申請の理由と経緯をお聞きしますと、
「うわー。」と泣き始めてしまいました。
ゆっくりゆっくりお話を聞いていくと、
「熱海の愛人宅から、元夫が認知症になったからと、追い出されてきたのです。」と語りはじめました。
家を出て愛人と生活していた夫とは、離婚が成立して、ほっとしていたところ、数日前にボロボロにくたびれ果てた元夫が、ポンコツになった車に乗って戻ってきたそうです。
まあ、青天の霹靂のようだったと。
もう二度と会うことがないと思っていた、恨みつらみだけしか残っていない元夫が、戻されてきたなんて。

怒り狂った女性が、熱海の愛人宅に電話を入れて話を聞くと、実はかなり前に、元夫を車で送り出したそうです。愛人とは結婚はしていなかったので、死ぬまで介護するのは義務もないし、嫌だからというのが、言い分でした。

熱海を出発してから、元妻の家にたどり着くまでの数日間。
元夫は、車で徘徊しながら、あっちへぶつかり、こっちへ迷いしながら、元妻の家にたどり着いたのでしょう。
命あってたどり着いたなんて奇蹟のようです。

元妻は言います。
「もう離婚が成立して、他人なのに私が介護しなければならなのでしょうか。私は、嫌悪感しかない元夫の体にふれることなんかできません。
私は絶対介護したくない。」
泣きわめいて、ぐしょぐしょになった女性に、
「とにかく、今日は認定調査をして、なるべく早く公的サービスを取り入れるようにしましょう。」と、お話をし、所定の調査を行い、役所に帰りました。

実は、離婚した元夫が、元妻を頼って介護してもらおうとする案件は、ほかにもありました。
頼れる人のいない孤独な老後に、病気になって入院をしなければならなくなって、仕方なく元妻を頼って保証人になってもらう人。
認知症になって、追い出されて仕方なく元妻を頼ってくる人。

しかし、離婚した女性が、元夫を頼るという例には、私は出会ったことがありません。


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