【ショートストーリー】山をさまよう。
わたしの住んでいる町の西側には山がある。
わたしは、毎日学校へ通うときは自分の家から西方向に学校があるので、登校時は山を背景にした学校に向かって歩くことになる。
山を背景にした学校。いつも同じ景色。
それが染みついているので、子供のわたしはあの山の向こうが世界の果てではないかとふと思う時がある。
いや、自分の住んでいる地域はきちんと分かってる。
あの山の向こうに小さな街があり、そこに従妹が住んでいて、その先には海がある。ここまでは親に連れられて知っているから分かる。
海の先にある外国がどういう国かということも知っている。ただ、実際には行ったことがなく、わたしが見たその外国は小さな画面の中のどこかも分からない街の景色のみ。
それが海を越えたすぐの街なのか、だいぶ先の街なのか、方角は北よりか南よりか、そんな細かいところは分からないし、気にすることはなかった。
ただ、いつも眺めているあの山のことはわたしは知らない。
全く知らないというと嘘になる。車に乗って大きな幹線道路を通り、その先の街へは行ったことがあるのだから。
知っているのはその道のみの一部分。あんなに横に広がっている山なのに、1本の道しか知らないのだ。
学校を卒業後、わたしは同じ町のスーパーでアルバイトを始めることにした。
ただなかなか仕事になじめず、お客さんに文句を言われ、終業時間になり心も体もクタクタだった。特にやりたいことはなく、なんとなく始めたアルバイト。
ある日、そのまま真っすぐ変えることを躊躇った。辛さを繰り返して、もう限界、と思った時、ふと西の山を見上げた。
そして吸い込まれるように、あの山のふもとを見てみたいと思ったのだった。
帰り道、ちょうどバス停の看板を見てみる。するとあの山の中の集落へ行くバスがあと2分後に来るようだ。わたしはそのバスに乗ることにした。
長いことバスに乗っていたと思う。窓から見える景色は、やがてお店がなくなり、田んぼと家のみとなりやがて建物もなくなっていった。
終点で降りることにした。帰りの事は何も考えず、ただただ目の前にある道を歩いた。
川の流れる音が聞こえてきた。その近くに、ポツンと建物が見えた。看板には、「(降りたバス停の名前)温泉」と書かれていた。
こんな温泉あったっけ?と思いながらも、近づいてみることにした。
建物の中には人がいるようだったけれど、外にはお客さんらしき人は見当たらなかった。
そして、そのままその温泉施設の奥の川の方に降りてみることにした。
すると、そこにはきれいにアーチ型に削られた大きな石が、何個も置かれていた。それは、墓石のようだった。
ただ乱雑に置かれていて、今までにわたしが見た墓地とは全然違うかたちをしていた。
奥の方に小さな小屋がある。その小屋の屋根の上には、鳥の形にも似た、何かどこかで見たことがあるようなモニュメントが、夕日に照らされていた。
すると「おいっ!」と後ろから声が聞こえた。
振り返ってみると、そこには80代くらいの爺さんがいた。
「またお前かっ!証拠を撮って警察に突き出してやる!」と怒鳴られ、その衝撃にわたしは一瞬固まってしまった。
その間に、カメラのようなもので写真を撮られたようだ。
ただ、そのカメラは昔学校の資料集で見かけたような、レンズが2つの四角い箱のようなカメラだった。
あのカメラには、フィルムは入っていないんだろうな。
直ぐに我を取り戻したわたしは、一目散に来た道を走っていった。
バス停のある道路まで登っていき、一度あの温泉施設を振り返った。
爺さんは居なかった。ほっとした。
しかし、辺りはもう真っ暗だったので、スマートフォンの灯りをつけながら、来たバス道路を歩いていくことにした。
もう、バスは来ないようだったし明日は休みを取っている。時間も空腹も忘れて、ひたすら歩いた。
途中、車に轢かれたのか、イタチの死体を見かけた。
街の明かりが遠くに見える田んぼの道で、スマートフォンが鳴った。親からの電話だ。
わたしは自分が今いる場所を伝え、迎えに来てもらうことにした。
親からは、何処へ行っていたのか特には聞かれなかった。
子供の頃はあの山がわたしの想像する世界を広げてくれる、目隠しのようなものだった。
あの日、自分の意志でその目隠しをめくってみた。その山の存在も、わたしの想像でしかなかったんだ。