ウイズコロナの時代の変化の受け止め方
若くて自分が忙しい渦中にいると「こんなに頑張っているのに」「こんなに量をやっているのに」とかいろいろ自分を基準に考えて頑張っていることを評価されていない気がしていました。仕事の量が多いことを会社のせいにして被害者意識が強くなっていたような気がしています。振り返るとそれは自分を守る防衛本能だったような気がしています。
被害者意識と防衛本能
この心理を紐解くと「他の人がやればもっとできるが、たまたまた私の仕事量が多いからこれがこんなクオリティでも仕方ないもんね。これって失敗しても会社のせいだもんね」という気持ちだった気がしています。仕事を断るという発想がなかったかもしれませんが、量が多くていい結果にならないと思ったら会社のためにクライアントのために「他のスタッフにお願いします」とハッキリキッパリと言うべきでした。これは反省ですね。
変化は面倒クサイと思いこむ心理
この心理は他の人だとできないという勝手に思い込む「おごり」というより説明が面倒という「面倒くささ」の延長だったように思います。一度決めたことをひっくり返したと説明するのは面倒です。ですがやらないといけません。この面倒が社内に充満してしまうと組織は腐っていくと思います。プライドとかこれは自分の仕事、相手の仕事という縄張り主義やセクショナリズムは若いヒトが冷ややかに見ていると思います。
ウイズコロナは変化を受け入れるべき
ウイズコロナ時代はいろんなルールも価値も日々新しくなっています。例えば働き方や会議、決済の方法。まだ本社の会議室に集まって偉い人ばかり全国会議をしている組織もあるかもしれません。それは移動時間や交通費、何よりも社員の安全のために変えていく必要があると思います。この「変化を面倒くさい」という気持ちのが組織の抵抗勢力にならないためにまずは上から変わらないといけないと思います。
抵抗勢力となるベテランたち
特に私のような50代以上は注意が必要です。長く続いた組織の慣習と当たり前に行われてきた報告や評価のシステムが身体に沁みついているから。組織は上を見て、上を真似する時代は終わりを告げたと思います。上は若い力を最大化するためにいるくらいでいないといけませんよね。私が社会人生活をスタートさせた、部長が偉いとか役員の印鑑の承認がいるとか・・。それが必要かどうかを誰かが見極めることが必要です。
ヒトと機械がやるべきことを分ける
本当はデジタルで解決できることをヒトがやることが当たり前になっていることも問題。ヒトにはヒトのやるべき仕事があると思います。話せる聞ける工夫できるヒトだからこそサービスをよくするために必要だと思います。過去に向き合い過ぎるとこの変化についていけなくなります。
ベンチャースピリットという名のノルマはもう古い
もっと古いのは若いスタッフが徹夜して働いて当たり前という概念です。それをベンチャースピリットというのは論外です。本当のベンチャーの方に失礼だと思います。無意味な長時間労働、上から数字やノルマを押し付けるのが当たり前というのはとても違和感を覚えます。これをやっているのが意外に若い世代だったりするのも驚きです。こうゆう組織や業界も変革が必要だと思います。これはベンチャーでも何もない、下を恐怖に陥れて働かせる昔からあるノルマ営業の典型です。
古いものを古いと思えるアタマと正しくないものは正しくないと言える口を持ったヒトが重用される組織でありますように。今週は3日しかありません。台風も接近しています。頑張ってください。読んで頂きありがとうございました。いい秋になりまいように。
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