砂の上の1DK (角川スニーカー文庫) 著 枯野瑛
【砂上の楼閣のような関係、最期の一瞬まで自分らしく在れ】
未知の細胞に寄生された少女と逃避行の物語。
産業スパイの青年・宗史の破壊工作に巻き込まれ、生死の境目に立った沙希未。
そんな彼らの関係のすぐ傍に居た未知の細胞·アルジャーノン。
瀕死の沙希未に寄生する事で、九死に一生を得る。しかし、命は助かった物の、彼女の体に寄生した細胞により、自意識は酷く曖昧な物になる。
だが、宗史との共同生活によって人間らしさを獲得していく。
終わりが確約された関係だとしても、その一瞬まで自分らしく在る事で。
彼女が望む、ささやかな幸せ。
それは人らしい日常を紡ぐこと。
その願いを叶えていく。
目に入るもの全てが新鮮で眩しくて。
終わりを受け入れ、それでも人らしい日常を送る幸せを望んだ、小さくても確かな想い。
名も無き生命が人らしく生きる物語で、色んな事が起きるが、外とは隔絶されているかの如く、主人公周りの情景描写がゆったりと進んでいく。
心を持ったそれが人らしく生きるために試行錯誤していく中で、己の「らしさ」を思わぬ形で見つける事となる。
怪物はこの世界では消えるべきで、それでも怪物にも想いや願いがあり、そんなささやかな希望を無碍にする世界に哀しみを抱きながらも。
些細な日常は優しく守られ、彼女は本懐を果たす。
そのエンディングはあまりにも切なく、哀しみの波が押し寄せて、砂上の楼閣のような幻想を押し流すが。
それでも守られた物もあるし、残った物も存在する。
幸せに満ちた結末を迎えるのだ。
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