読書感想文【がん消滅の罠 完全寛解の謎】
著者、岩木一麻 第15回このミス大賞作品。旅の合間に読んでみた。
題名がすべてを物語っている。そういう意味ではもうちょっと頑張ってつけてほしかったかもしれない。
ストーリーは一貫している。
末期と診断されたがんが綺麗サッパリ消滅し、保険金詐欺を疑う主人公たち。
本当にがんは消えたのか?消えたとしたら誰が?どうやって?
主人公の学生時代の恩師はどう関係しているのか?立派な医師であった彼が、医師というアイデンティティーを捨ててまで果たしたい復讐とは?
保険金詐欺、という疑惑が主人公たちの会話の中で持ち上がってきた瞬間に、恩師の西條がなにかしらの方法でがんを発生させ、また消滅させたのであろう、と読者は推測する。
それに関して二重、三重にトリックが仕掛けられ、一筋縄ではいかない面白さであった。
用意された謎が複数ある、つまりは解答も複数あることで、主人公サイドと読者たちは更に混乱を強いられる。序盤から最後まで謎に対する用意周到さが感じられた。
がん、という病についても丁寧な描写がなされ、門外漢でも病やその治療方法についてよくわかる。ただ丁寧すぎるがゆえに、序盤は物語に入り込みづらいかもしれない。
物語の軸であるがん発生と消滅のトリックについては、やはり専門的な話となるので理解が難しい。最後に実際に行われた手法が説明されるのだが、素人目には細かくて「ああ、なるほど!」という爽快感がちょっと足りないのではないだろうか。
あとは好みの問題なのだが、やはり主人公サイドが最後まで謎を解けず、したり顔の実行犯たちによって種明かしが成されるのは後味がよろしくない。いくら立派な大義があろうと、やはり彼らの行いは命を弄ぶ行為に他ならないと感じるからだろう。
せめてフィクションの中でくらい悪(と断じるには掲げた大義が眩しいけれど)はきっちり成敗されてほしいと思う。
その悪の親玉(?)恩師の西條の狂気がすべてのことの発端であるが、原因であったのは果たして死んだ娘の復讐であろうか、医療の発展であろうか、あるいはその両方か。
作中では複数の視点から彼の凄みについて物語られるものの、やや物足りなさを感じる。というのも、重要なキーポイントであろう『娘の復讐』について何だか薄っぺらいというか、付け足し感が強いからではないだろうか。
娘の存在自体についてもある真実が明かされるわけだが、すべてについて説得力を感じるには少しラストの展開が急ぎ足な気がした。
少し辛口批評ではあるが、概ね面白く読んだ。
著者自身、国立がん研究センターに勤務していた経歴があるというだけあって、医師の心情や患者の様子が非常にリアルなものとなっている。医者が生身の患者に接する際の言葉の尽くし方や、神頼みに対する考え方など、実に興味深い。
日々専門的な医療についての説明を一般人に説明するためか、言葉のチョイスや表現が分かりやすく、また『活人事件』という、人を殺すのではなく生かすことで犯す罪、という着眼点に新鮮なミステリを味わうことが出来た。
作中のがんをコントロールする手法はまったくもって命を弄ぶ行為にしか見えないけれど、医療の発達とはその問題を常にはらんでいる。
一分一秒でも長く生きたいと思うし、周囲にも生きていてほしいと思う。それも健康で健全に。
その願い自体は生き物としてごく自然なものである。
ではどこまでを治療とし、どこからを生命、または神への冒涜とみなすか。
問い続けることが、答えだ。
主人公、夏目医師の友人、羽鳥はそう考える。
それしかない、とまったくもって同意する所存である。
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