映画感想文【ぼくは君たちを憎まないことにした】
2022年 製作 ドイツ・フランス・ベルギー合作
出演:ピエール・ドゥラドンシャン、ゾーエ・イオリオ
映画公開のあらすじを読み、明らかに憎むべき敵に愛する存在を奪われてどうやって立ち直るのかが知りたくて観に行った。
2015年フランスで起こったテロ事件のことは覚えている。
幼い息子に恵まれ、幸せの真っ只中でテロリストに妻を奪われた夫の物語はきっと、泣ける感動のストーリーなんだろう。題名から察するところもある。江國香織じゃないが、号泣する準備をして鑑賞に臨んだ。
のだが、そう簡単に感情移入してベソベソ泣けるものではなかった。
いい意味で淡々と、テロという非日常の後の日常を描いていたからだろうか。
主人公のアントワーヌはまぁまぁ出来た夫で父親である。
知的で理性的で、妻の遺体を目の前にストンと喪失を納得し、混乱からわずか二日後、テロリストに向けて「ぼくは君たちを憎まないことにした」と手紙を綴る。
このフェイスブックへの投稿がバズって、テレビ局からインタビューを受け、大量のファンレターを受け取り、いわば一躍時の人となる。
それでも残された息子にちゃんと食事を与え、風呂に入れ、等身大で遊んでやる。
悲しみを日常でやり過ごそうとする痛々しさもあるし、妻の姉が言うように「妻の死で気取ってテレビにでている」ような嫌らしさも時に感じる。
アントワーヌから感じるどれもが、多分現代人の多くが持ち得る繊細さ、危うさ、それから強かさだろう。
期待したお涙頂戴ドラマではなかったが、不快さや難解さはない。
悲しみを乗り越えるのに必要なのは上塗りの感情ではなく、寄せては返す波のような「いつもの色々ある日常」であると、映画からのメッセージなのではなかろうか。
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