理性と共感を煮詰めるとーー小川哲『スメラミシング』河出書房新社、2024年

「小川哲の陰謀論をテーマにした短編がある短編集」という情報をキャッチしたので読んでみた。表題作「スメラミシング」は確かにコロナ禍での陰謀論者たちの反コロナデモをテーマにしている。が、その他の短編も陰謀論的な発想がベースにある。

陰謀論的な発想とは何か? 陰謀論は「もっと妥当な説明があるにもかかわらず、出来事の背後に陰謀があると考える」ことだ。この陰謀の存在は証明することができず、実質的には信じるか・信じないかに収束する。世の中は複雑なので、原因も直線的に還元できないが、複雑な要素をえてして単一のアクター(陰謀)に還元する。陰謀論とは魅力的な物語なので、多くの人の注意をひく。陰謀論的発想とは、典型的な陰謀論ではないが、陰謀論的に物事を考えること。しかし、考えてみれば考えるほど、陰謀論的発想とは、科学的な思考法とつながるところがあるのではないか、と思うのだ。

というのも「啓蒙の光が、すべての幻を祓う日まで」という短編では、「理性」と「共感」が、人類の文明を発展させる一方で、「超越的な存在を仮定してしまったり、因果関係のないところに存在しないはずの意志を見い出してしまったり」する、と言われているのだ。この短編は、キヴォノという生命体が万物理論を発見するために、人類の遺伝子を「播種」し進化論プロセスをすっとばして発展させる。その惑星では超越的な存在(神)を信じることは禁止されているが、論理的推論を突き詰めていくと神(キヴォノ)の存在にたどり着く。

理性は帰納法と並行推論(意外な結果から原因を想定する)からなる。理性によって、すべての事象には原因が想定される。共感能力によって、社会を形成する自分以外の他者にも原因(個々の事情)があると想像でき、結果、「社会を形成し、他者と交流し、知識を蓄積し、一世代では実現不可能な発展を遂げることができた」。

理性を突き詰めていけば、物事の背後に原因があると考える。その原因には、自分と同じく(=共感)、何者かの意志が存在する。というのも、無から有は生まれてこないし、もし無から有が生まれてくるように見えたら、それは「自分」と同じく意識をもった存在が「意志」を働かせているからに違いない(意志は無から有を生み出せる、という前提がある)。理性と共感をひとつの鍋にいれて長時間(地球g生まれて滅びるあいだくだい長時間)煮込むと、科学文明と陰謀論(超越概念による万物の説明)が完成する。

個人的ベストは「密林の殯(もがり)」。Amazon配達人は神様を運ぶ存在(なのか!?)。Amazonの注文というランダムネスを秩序化する配達人は、代々、天皇に使える地域の出身(という偽史が正史になっている物語)。


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