10話:西沢渓谷の山歩きとトロッコ道
「日本の旅と風景印の物語」をテーマに、日本各地の旅紀行を綴っていきたいと思っています。
10話目は、先週のお話になります。どうぞお読みください。
秋の行楽シーズンも終盤を迎える頃のこと。
軽く山歩きをしたいと思って目をつけたのが、山梨県の「西沢渓谷」だ。
ここは中央自動車道からのアクセスもよく、変化に富んだハイキングコースは、何回訪れて歩いても飽きることがない。我が家のお気に入りコースのひとつだ。
さて、今回ここは何度目の探訪かと考えても思い出せないほど。
直近では4年前にぶらりと歩きに来たら、前年の豪雨被害でコースが寸断され通行止め。すごすご引き返した。
その前となるとじいちゃんが一緒で、コースを歩き始めたものの丸太段や岩登りのあたりでリタイヤしたこともあった。
過去の台風や豪雨でダメージを受けた「西沢渓谷」は、実はつい先ごろまで要所々々で通行止めのままだった。
そしてこの西沢渓谷の最大の見どころは、何と言っても渓谷の最も奥にある「七ツ釜五段の滝」であるので、そこに辿り着けないとなると魅力は半減かそれ以下。
それが今秋になって10月26日に、晴れてコースの全行程が復旧開通したと東海道歩き旅で有名な赤川ぽん太さんが教えてくださったのだ。
これにて「西沢渓谷」へ山歩きの散歩に出掛ける。
いつものクマ撃退スプレーとクマ除けスズも装備した。
◆◆◆◆◆
早朝の車窓に、半分だけ朝日が差す奥秩父山塊の山々が見えて来た。
この中に西沢渓谷がある。
ハイキングのスタートは「道の駅みとみ」。(少し先に県営の無料駐車場もあり)
ここから西沢渓谷をぐるりと1周して、元の場所に戻って来る。
ここのコースの特徴は、反時計回りの前半が渓谷添いの山道や河原を歩く少々悪路だが変化に富んだおもしろい道。その後半は昔トロッコが渓谷添いに走ったという緩やかで平坦な歩き易い道。どちら回りで歩くのも自由だが、先に苦労しておいた方がいいと考える人がほとんどだ。笑
道の駅みとみからスタートしたのは朝8時。
ここの標高は1000メートル以上あって、気温は2度だった。
しかし、歩き進めるには申し分なく、身も心も引き締まって快適至極。
西沢渓谷の入り口には人気者のオブジェがある。
渓谷に少し踏み入ると谷あいのため、陽射しは山に遮られて陰になり、むこの方だけやけに明るくて、光と影に同時に包まれる。
そして振り返ると、山の稜線から太陽が顔をのぞかせていた。
歩いて来た道に、雑木林の長い影。
このあたりは、まだ渓谷に入ったばかりで、歩道も平坦で歩き易い。
また、西沢渓谷は雑木林が主な植相なので、今がたけなわの紅葉は期待できない。そのおかげなのか、日曜日なのにハイキングコースも駐車場も空いていた。
少し先の「二股吊り橋」を渡ると、渓谷らしい景色と道が開けてくる。
この吊り橋が架けられたのは47年前で、その後何度も補修を施されている。直近では2023年~2024年にかけて大修理が行われてこのような姿に保全されている。
深い渓谷の底に下りて行き、河原づたいに歩いたりしながら、今度はワイルドな階段を上がって来た。階段のクサリはピカピカで、修理復旧したばかりであることが窺えた。
西沢渓谷の標高は低いところで1100メートル。それを地形に合わせて登ったり下ったりしながら進んで行くが、最も高いところでは1400メートル近くなる。高い位置に行くと、太陽の陽射しが当たって、岩や苔が美しく輝いている。こんな所では、山の神様が日向ぼっこをしているような気がしてくる。
登ったかと思うとまた下り、あたりは薄暗い陰に覆われていく。
あたりの倒木は苔むして朽ちているが、不思議なもので死んでいるというよりも眠っているかのようだ。
渓谷の底は、冷たい空気が静かにとどまって、さらに冷たい水の流れを包んでいる場所だった。
そのすぐ奥にあったのが「人面洞」。
その名の通りの洞もあったが、それよりも淵の流れが美しくて足が止まった。すぐ近くまで行ってみたくなり、すこし無理をして淵まで下りてみた。
豊かな渓流の流れがどうどうと音を立てている。
この淵は何段もの滝になっていて、上手の方からずずっと流れ迫って来て、目の前を勢いよく横切り、そして下流の向こうまで渓谷美の間を辿って流れて行く。
その水は冷たく手がしびれる。
(文章と写真だけで物足りないかたは➡ヒミツ💙)
(たしか「文章と写真どっちで勝負」とか言った覚えがあるのだが…)
さあて、禁断の動画のあとは、
岩がごろごろの河原を歩き、クサリ場という程の危険は無いが、クサリにつかまりながら岩づたいに進んで行った。
登ったり下りたりの繰り返しはともかくも、足場が悪くて足裏の一部しか着地出来ない状態で歩き続けるのには、少々難儀した。
それでも、神々しいまでに美しい峡谷の光景に息をのむ。
谷底では、まばゆい朝日に照らされ、しっとり濡れた岩や苔が輝いていた。
谷底で、日光にひかり輝くクサリ。
これにつかまりながら進んで行く。
小さい滝をいくつも眺めながら歩き、登りが続いたあとに、ようやく開けた「方丈橋」に出た。ここまで来れば橋のすぐ上流に、一番の名所「七ツ釜五段の滝」があるのだ。
方丈橋の上から、ちょっと下流の方を眺めてみた。頑丈に出来た橋なので、安心して手すりにもたれてひと息。
さていよいよ、七ツ釜五段の滝が見渡せる場所へとあがって行く。
林の中を抜けて、歩行者用に架けられた鉄橋を渡る。
ここまで来ると、もう足下で滝の音がどうどうと鳴っている。
西沢渓谷のいちばん奥に位置する「七ツ釜五段の滝」。
五段のうちの最上段が見えない。
少し移動して最上段の滝を見下ろす。
滝壺は日光に照らされて緑色に光っていた。
ちなみに七ツ釜五段の滝は5段の落差のトータルは30m程で、日本の名瀑百選に入っているもの。渓流が永年にわたって浸食した地形のひとつで、目を引かれたのは おおきな一枚岩の岩盤がむきだしになっている場所が多かった点。踏みしめる大地のおおきさを実感した。
(Sさんならここで一句)
この先は、急な登りを一気にあがって「渓谷道」と「トロッコ道」がつながる地点へ向かう。おおむねそこが、ウォークの中間地点となっていて、おまけに「大展望台」がある。
踏んで歩くのが申し訳ない木の根の道。自然の樹林のおかげで、歩行路も守られている。(ごめんね、ありがとう)
山あり谷ありとはこのことで、標高差は300m程だが蟻のように大地にはりついてここまで上がって来た。とても変化に富んで愉しい道のりだった。
大展望台(不動滝上展望台)と呼ばれる場所に到着。おそらくここがハイキングコースの最高地点で標高は1370m。
たくさんの人たちがお弁当を広げていた。
わたしたちも持参したおにぎり等を広げてゆっくりと休憩。
そして山の神様へのお供え物を、渓谷の断崖からすこしずつちぎって投げた。
さて、後半のトロッコ道のはじまりは、明るい日差しが満ちて青空が見下ろすひなた道。「旧森林軌道」と呼ばれ、昭和の中期頃まではここに敷かれたトロッコ道が木材搬出のために大活躍。山奥と町を繋いで36kmの区間の物流を担う唯一の交通手段。木材のみならず、山奥で作業して暮らすおおぜいの人々の生活に必要な米をはじめあらゆる生活物資の搬入にも利用された。
つまり昔はこんな山奥に、ちょっとした村みたいなものが、あったのか…
想像すると、いろいろな生活の音や人の声が聞こえてくるような。
そこを、お気楽にのこのこと歩かせてもらうというのも何やら心に沁みる。
トロッコ道に残るレールの跡。
年月と共に道は崩れて、原型を留めている場所はほぼ無い。
恐ろしいことに、この下は100~200m程はありそうな断崖絶壁で、万一足でも踏み外したら止まることなく一気に谷底まで転落だ。
現れたのは小さな看板。「ひこいっちゃんころばし」
読むと、トロッコ運材夫の彦一さんが操作を誤ってこの場所からトロッコもろともハデに沢へ転落したという。怪我で済んだというからすごい。
現場から谷を見下ろすとこんな感じだ。
壊れたレールも転がっていたりする。
ちなみに、このトロッコ軌道は下る時は重力に任せて勢いよく転がって行き、それを運材夫が棒切れ1本のブレーキでコントロールするというジェットコースターもどきの乗り物だ。(わたしに言わせれば)
そして、登る時には馬に曳かせて来るという平和なもの。
遊びで歩いているだけのわたしたちだが、毎日ここで暮らしたことの厳しさの片鱗を見た思いだ。
また出た。こんどは「いこりころばし」。
こちらは運材夫の猪虎狸さん(すごいお名前だな)が、沢までトロッコもろとも転落して怪我で済んだという現場。
すぐ先にある橋には「いこりばし」と命名されていた!笑
ヘンな落語を聞いているみたいな笑いがとまらない。
(この先でまた誰かがころばした看板が出たら、もう笑死だ)
緩やかで平坦な下り道は、前半で使い過ぎた足腰のクールダウンに丁度よいものだった。
このあたりですれ違う人がいるのは、たぶんこれからトロッコ道で大展望台まで行って、折り返し帰って来るコース取りだろう。足場も良く歩行に問題があるかたでも、時間をかければ挑戦できるコースだ。
今は晩秋だが、このあたりにはシャクナゲの大群落があって、評判を聞いたお客さんが5月頃にはおおぜい訪れるそうだ。
さてこのあたりで、今日の風景印をいただこうか。
‥‥と言いたいところだが、あいにく今日は日曜日。
仕方がないので4年前にここを訪れた時のものを掲載させていただこう。
中央自動車道を甲府南インターでおり、西沢渓谷へ向かって国道140号線を走る。通称「雁坂みち」とよばれる道だ。
甲府の街を抜けて山に入ると信号も少なく、ブドウ畑や野菜畑が広がる静かな上り坂が続く。道沿いの建物も疎らになって山道に入ったその先の、進行方向右手に、とんがり屋根の赤い瓦が特徴的な小さい建物が見えてくる。
三富(みとみ)郵便局だ。 (ここが西沢渓谷から最も近い郵便局)
中に入ると大柄な男性局員さんが、やる気まんまんで応対してくださった。
その日は初夏だったので、柳の枝のあいだをツバメがついっと横切る絵柄の切手を選んで貼った。
「はいどうぞ、お預かりします!」
腕まくりをしながら局員さんがニコニコしていた。
風景印の遠くに望むのは秩父連山と、中央には広瀬ダム、左側にはシャクナゲの花が描かれ、右にはどっこいイノシシが配されている。
【コースタイムを読むために】
さて、この西沢渓谷1周ウォークですが、一般的には4時間くらいとされています。が、これは歩き慣れた大人が休みなく歩いたらのタイムですから、景色を楽しんで写真を撮り、お弁当はもとより水分補給などの小休憩を入れると、それなりに時間がかかります。
ちなみにわたしなんか、樹々の衣装替え(落葉黄葉のコト)を眺めては感じ入り、渓谷の下を覗き込んでコワおもしろい気分に身をよじり、落ちてる物を拾って眺め、幹をさすり葉をさすり、吊り橋が架かっていれば施工年月日と補修履歴および施工業者を確認し(なにそれ、でもホントです)。
おもしろいものイッパイできりが無いですが、結局5時間半かけて1週ウォークを終えました。
本日の歩行数は27211歩。(山道なので4割増しの感じかな?)
何かの参考になれば幸いです。
西沢渓谷の出口近くに鎮座するのは、山の神様こと「大嶽山那賀都神社」。
今日一日、楽しかった山歩きの安全に感謝し、山と自然の保護を祈ってお賽銭を置いた。これにて渓谷歩きはおしまい。
それではまた、次の旅で。
この記事は、心琴さんが主宰している「バーチャル登山」という取り組みに参加しています。
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