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冷やし芋の季節がやってきた

わたしの町には、夏の夕方になると必ず現れる、小さな屋台がある。
暑い一日の終わりに近づいて、日が傾く頃。夕げの仕度に取りかかると、
開け放った窓の網戸越しに、遠くから声が聞こえてくる。

冷やし~芋ぉ~~~🎵

それを聞きつけた子どもたちが、わたしの所にパタパタと駆けてくる。
「おかあさん、冷やし芋が来たよ! 買って、買って!」

いいでしょう。でも、ちょっと待ってね、鍋の火を止めるから。

はしゃぐ子どもたちを引き連れて、夕方の通りへ出ていく。
その先に、おじさんの自転車が引く冷やし芋の屋台が見えた。
たまらず、子どもたちは走り出す。

冷やし芋の屋台の小さな軒には、いつもガラスの風鈴が三つぶら下がっていた。涼しげな、金魚や蜻蛉の絵が描かれて、からん、ちりん、と気まぐれに鳴る。
ああ、今年も冷やし芋の季節が来たなぁと、おじさんの顔を見る。
おじさんは目を細めて、子どもたちを迎えてくれた。
「また大きくなったねえ」

「冷やし芋、四つください」

屋台の荷台につけられた木箱の蓋をはずして、おじさんはつめたい冷やし芋を取ってくれる。
「大きいのがいいなあ…!」
末っ子の目が釘付けになる。

「はい、八百円ね」
「おじさん、今年も値上げしないままでいいの?」
「うん!ありがとねぇ」

自転車をこぎ出して、ゆっくりと冷やし芋の屋台が動き始める。
揺れる三つの風鈴が、また涼しげな音で鳴り出した。

「さ、帰るよ。今日は冷やし芋があるから、晩ごはんは控えめだね。」
「ああ、早く食べたいなぁ。オラ、中の柔らかいところが好きなんだ~。」
「オレは、皮だって香ばしくて好きだぜ!お兄ちゃんだからな!」


いつの間にか、夕日は山のきざはしの向こうへ沈んで、西の空があかね色に染まっていた。
とはいえ、通りの街路樹では、たくさんの蝉がまだ鳴いている。
暑い夏の日暮れ時だ。


冷やし~芋ぉ~~~🎵



(おわり)

これは、noter芋けんしーさんの記事「 冷やし芋、はじめます。 店主 拝」からインスパイアされた創作です。


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