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【抜く足と差す足】※第七回笹井宏之賞最終候補作五十首連作
抜く足と差す足 えびぬま
抜く足と差す足 稲の収穫を祝う祭りにいる子どもたち
シルエットだけではきみがたてがみを譲り受けたと気づかなかった
行き先のことを話せば貝殻にしてくれるならやさしいのにね
相談はしない きみには電磁波が似合いすぎてる午後だったから
くたびれた遊具の中にひとりいるふたりいる手に星を携え
いつから髪を伸ばしてるのか聞きたくて訪ねる稲妻の展示室
リズム&ブルース すこし青い子も硬い子もみな玉入れをして
松の木が運ばれてゆく 喋るではなく鳴っている僕らの前を
これは蛾でこれも蛾だねと言い合って缶コーヒーの選択をした
やさしい人が打ったボールは速すぎてやさしい人は耳元にいる
木星を背負った蜂がかきまわす表彰式の生徒の列を
口笛が吹けなくなったともだちを山の途中で抱きしめていた
あの馬は失意だったの?からっぽの馬小屋を見て砂糖をかじる
朝のうちに水をたくさん飲んどけば猫が増えても恐くはないね
大根はいちょう切りよと言う声が聴こえて落とし穴だと思う
裏口の柿の木は個人的な木で誰かに言われるまでそこにいた
思い出の電池を橋から落としても泣かなかったら手を繋ごうね
荷車で草を運んでいる時もきみの飛車角よく見えてるよ
持ち運びやすいというのは嘘で ポケットに刈り取ったばかりの音楽
好きだったファンシーショップをスクラップしてゆく きみの涼しい部屋で
「誰でもよかったんです」と証明写真機が言ったけど椅子の高さを合わす
十月をめくれば暗いオルガンに手をかけている裸婦と目が合う
雪国の人を誘えば雪国の人は分厚くなって南へ
五番館は壊れてるから摩天楼と驢馬はなんども純愛映画
光ってる虫をあなたの窓際に放つくらいの僕のただしさ
だらしない、冬の入り口ですよ、って日本家屋のように怒って
花を首にくくっただけでは死ねないとわかってるけど下着まで脱ぐ
きみの傷すごく膿んでる師走でも花柄を見せるしかなかった
砂時計の一つ一つの砂粒がきみにやさしい未年だよ
動物が葉書をつくる 動物で葉書をつくる いい気になって
司会者のように振る舞う鏡から溶け出たあとも映し続けた
うるさくて壁を叩いていた日々も関節技が上手くなったね
寝たふりのきみの隣で聴いている月の投票所が濡れる音
入り口が四つもあって気の毒な山が燃えてる 野菜を買いに
ルービックキューブの上を動いてる僕の知らないマニキュアの色
満月の近さはふいに傷ついて膝は上手に使えなかった
それはそっちの理屈でしょうという声を消してテープはいい顔をした
いつかきみも太宰治と知り合って 復刻版のアイスのラベル
藤の花垂れかかる電話ボックスが鳥獣碑かもしれない朝に
人型のシルエットからはみ出した水玉が信号に被るね
ただボートが廻りつづけるだけなのに泣いたり花を投げたりしてる
鮨屋には鮨屋のルールがあるからね トンネルを畳んで椅子に置く
落下する鳥類学者の丸眼鏡 そのあと大きな一滴が来る
ステップが踏めなくなったダンサーの長き襟足一瞬で白
競走馬ぎゅいんと曲げて友人はサラダ専門店を開いた
ウェディングドレスの中で上等な滝になるのが夢だったから
目の奥で今でもきみの地団駄が馬を走らせてるのが見える
ここに来て毎年枇杷を食べながらどこが衰えたのか話して
添い寝するはずだった(汽車に乗ったから)赤子が旅を思い出してる
色褪せた壁紙を剥がしてゆけば往年のきみたちの口笛