リル・ウージー・ヴァートはなぜ額にダイヤモンドを埋め込んだのか
はじめに断っておくと、私はヒップホップ愛好者でも、熱狂的なリル・ウージー・ヴァートのファンでもありません。
彼の曲はFutsal Shuffle 2020しか聴いたことがない、いわゆるニワカです。
しかも、彼が額にダイヤを埋め込み、その後取り外したのは一年ほど前になるので
え?今さらそれ話題にする?と思われてしまいそうなのですが、
なぜだか、このヒップホップ界の歴史に残る出来事について、記事に書かずにはいられませんでした。
ということで今回は、ヒップホップな世界とは程遠く、“サグい”どころかいまいちパッとしない人生を送ってきた30代無職の女が、
世界的人気ラッパーがなぜ額にダイヤを埋め込んだのか、そしてなぜ取り外したのかを、好き勝手に考察していこうと思います。
(リル・ウージー・ヴァートがおでこに約25億円のピンクダイヤモンドを埋め込む。-HIP HOP DNA)
リル・ウージー・ヴァートとはどんな人?
はじめに、リル・ウージー・ヴァートはどんな人?と思った方に、下記の動画をどうぞ。
イカつい見た目と違って、意外とお茶目で“ギャル”でした。
彼の代表曲↓※グロテスクな映像が苦手な方は、ご注意ください。
リル・ウージー・ヴァート “Lil Uzi Vert”は、1995年生まれの世界的人気を誇るラッパーです。
Wikipediaによると、リルは“2021年の2月に$24 million(日本円で約25憶円相当)のダイヤを額に埋め込んだことを明らかにした”とあり、
その後“2021年の6月に取り外した”と書かれています。
まず、なぜ彼は額にダイヤを埋め込んだのかはっきりとは明らかにされていません。
こんなことを書くと、「結局わからんのかいっ」とツッコまれてしまいそうなのですが、
色々と調べた結果、いくつかの理由が判明しました。
ダイヤモンドを額に埋め込んだ理由として…
好きなアニメ/ラッパーに影響を受けたから
ダイヤモンドになりたかったから
タトゥーの延長線上だったから
その他
以上を考察していきます。
リル・ウージー・ヴァートがダイヤモンドを額に埋め込んだ真相
リルのWikipedia英語版には、ダイヤモンドを額に埋め込んだ理由として
“Lil B(ラッパー)とSteven Universe(アニメ)に影響を受けた”と書かれています。
(Lil Uzi Vert's $24 Million Forehead Diamond Was Inspired by Lil B)
ただ、Lil Bが額に貼っていたのはシールだった(?)こと、
またSauce Walkaというラッパーが、リルより先に涙型のダイヤを頬に埋め込んでいたことから、
ダイヤを顔に埋め込む行為を真似され独自のスタイルをパクられたと、Sauce Walkaから批判されていました。
はたから見ていると、顔にダイヤを埋め込むこと自体が異次元なため、
(“implanted pink diamond in his skull”がパワーワード過ぎる)
どっちがパクったとか真似したとか、そもそもどうでもよくね?と思ってしまいますが、
顔にダイヤを埋め込むという行為自体が、ただの身体改造ではなく
自己のアイデンティティの根幹を示すものとして他に替えのきかない唯一無二の手段だとすると
Sauce Walkaにとっては真似をされるという行為が、とても屈辱的で“人権侵害”にも匹敵するようなものだったのではないかと思います。(彼のことはよく知りませんが)
しかも、年下のイケイケなラッパーが、自分がつけているものよりもめちゃめちゃデカい高額なピンクダイヤを額につけたとなると、
アイツパクりやがってと腹を立てる気持ちも、わからなくもない気がします。
また、ネットに出回っているネタ的なものとして、日本のアニメやアメコミのキャラクターにそっくり!という説もありますが、
アニメとの関連性としては、リルのツイッターのつぶやきからSteven Universeというアニメにインスパイアされた説が有効のようです。
※Steven Universeからインスパイアされてんじゃね?と主張してるネタ動画↑
2つめの理由として、リルはダイヤモンドになりたかったのではないかという説もあります。
本当に額に埋めたダイヤを正しく摘出しないと死んでしまう危険があったのか定かではありませんが、
少なくとも、ダイヤになりたいという願望を持っていたことがこのツイートからうかがえます。(本心かジョークかはわかりませんが)
ダイヤを埋め込んだのはタトゥーのようなもの?
そもそも、私がなぜこの話題に強く心を惹かれたかというと
日本ではなぜリルのような人が出てこないのかと思ったことにあります。
もちろん日本全国探せば、額にダイヤを埋め込んだ人がいた(いる)かもしれないし、
そもそもの前提として、アメリカと日本の経済規模とか文化が違うとか、いろいろな理由があるとは思いますが
日本ではまずありえないことじゃないかと思ったのです。
あなたは、ダイヤを額につけてみたいと思ったことはありますか?
たぶん待ちゆく人に聞いたら、ほぼ全員「いいえ」と答える気がします。
なぜなら、ダイヤを額に埋め込んだ人を見たことがないからです。
けれど、彼の“額ダイヤ”にはなぜだか強烈に惹かれるものがあります。
ここで、ダイヤを埋め込むことが、3つめの理由である“タトゥーの延長線上だったから”ととらえると、なんとなくわかる気がします。
しかも、ダイヤはタトゥーと違って気が変わったら取り外しができるため、ずいぶん“合理的”な自己表現法でもあります。
それでいて、タトゥーよりもインパクトが格段に大きい面もあります。
もしもダイヤをタトゥーの延長線上的な位置付けで額に取り付けたとしたら、
やってみようとは思わなくても、その心情は理解できるところがあります。
なぜ人はタトゥーをするのか
そもそも、なぜ人は身体を“改造”しようとするのでしょうか。
タトゥーを例にして考えてみます。
タトゥーの歴史は古く、2500年前のミイラにタトゥーが入れられていたことが確認されています。
日本では、縄文土器の模様からタトゥーの文化があったのではとされています。
大昔から、あらゆる地域にタトゥーの文化が存在していたようです。
現在、タトゥーを考える上で大事になってくるのは、その“意味”です。
昔は、宗教的な信仰や風俗習慣として、また罪人や身分が低い人を区別するために入れ墨が入れられてきました。
(このことから、“入れ墨”という単語そのものが、蔑称とされる傾向にあるようです)
今現在のタトゥーの意味はというと、
ファッションとして
友愛や性愛の記念として
決意表明として
自己表現として
憧れの人の模倣として
など、さまざまなものがあるようです。
“記号”としての役割を持つタトゥー
ふと思ったのですが、
タトゥーは、いわゆる“痛バッグ”と同じようなものではないか。
痛バッグとは、推しの缶バッジで埋め尽くされたバッグのことを意味しますが、
タトゥーは、痛バッグを身体化したようなものなのかもしれない、と思いました。
(実際、リルはアニメキャラの塗装を施した“痛車”を複数台所有しています)
もちろん、タトゥーを入れることは、社会的にも肉体的にもリスクを伴いますし、
そこにかける決意や意思などの重みは格段に違ってくるため、
単に痛バッグを持つこととまったく同じとは言えないのですが、
その根源には、近いものがあるように思います。
それは、自分の“アイデンティティ”や“帰属”を表現する役割を持つ、ということです。
タトゥーも大量の缶バッジも、どちらも自分は何者なのか、自分はどういった集団に属するのかということを現す
“記号”としての役割を持つのではないかと思うのです。
タトゥーと脱毛は根底が似ている
タトゥーを身体表現の“記号”としてとらえた場合、私たちが日常で行っている、ある行動とよく似ているなと思いました。
それは、脱毛です。
脱毛することは、毛が生えていることを良しとしない価値観を共有する人に対しては、“美しさ”や“性的に魅力”という価値が見いだされます。
しかし、脱毛した人が脱毛文化のない集団に入れられたら、たちまち身体に人工的な処置をした“異端者”となってしまいます。
タトゥーも、それが“かっこよさ”や“美しさ”という認識に結びつく世界では一つの立派な自己表現やファッションになりますが、
その価値観が共有されない世界では、否定され抑圧されてしまいます。
自分では価値のあるものと思っていても、相手にはその価値観が共有されない場合、“記号”としての役割は失われてしまいます。
“過去に入れたタトゥーを消したい”
と思う人の背景には、タトゥーがポジティブに変換されるコミュニティから、ネガティブに変換されるコミュニティへと移動したことが背景にあります。
そして、このポジティブに変換されるコミュニティは青年期において限定的に存在するもので
成人したり年を重ねることで所属するコミュニティは、たいがいネガティブに変換されることが多いように感じます。
なぜリル・ウージー・ヴァートは額のダイヤを取り外したのか
話を戻すと、なぜリルは額にダイヤを埋め込み最終的にダイヤを取り外したのか、その理由は詳しくはわかりません。
そもそも、25憶円相当のダイヤを額に埋め込んだ状態でいるのは、健康面や安全面などの観点から、無理があるのだろうと思います。
実際、ライブ中に観客にダイヤを取られるハプニングも起こっています。
(リル・ウージー・ヴァート、額のピンクダイヤモンドをファンにむしり取られたと明かす-HIP HOP DNA)
それらを踏まえた上で一つ言えるのは、額にダイヤをつけることがカッコイイという価値観が、思ったよりも彼のコミュニティであまり共有されなかったのではないか、ということです。
ダイヤを額に埋め込むということはあまりにも前代未聞なことだったため(実際は他にもいましたが)
思ったよりもウケなかった、ということが言えるのかもしれません。
…と思っていたら、リルよりさらに上をいくツワモノが存在していました。
なんと、頭蓋骨にチェーンを埋め込んだラッパーがいるようです。
この、“誰にもマネして欲しくない”という発言から、冒頭で紹介したSauce Walkaのように
身体改造が、彼らの間で独自のアイデンティティを確立するための重要な手段として意味を持つことがうかがえます。
今後、医学的な観点や倫理的な観点から色々な論争が巻き起こりそうですが、
もしかしたら数十年後には、ラッパーの間で身体に金属やジュエリーを“埋め込むこと”がスタンダードになるのかもしれない、ということを考えると
今の時代が、リルのスタイルに追いついていなかっただけかもしれません。
ちなみに、リルの公式ツイッターのヘッダー画像に日本語で「♡女の子♡」の文字があったり、所在地がTokyo-to, Japanになっているのが意味不明でおもしろいです。
(※2022年5月末時点)
おわりに
普通でいることを必要以上に自分に課してしまった結果、不安障害を患ってしまった私にとって、
今回のリルの額にダイヤを埋め込んだ行為は、固定概念に縛られない“自由”や“解放”の表現という意味で、
とても新鮮で、その我が道を行くスタイルに憧れさえ感じてしまいます。
リルの奇行ともいえる行動に、“え?(色んな意味で)頭ダイジョブそ?”とネガティブな感想を持った人が多いと思います。
しかしその気持ちの裏側には、誰になんと言われようと独自のスタイルを貫き通すその潔さに対する“羨ましさ”のような気持ちが、少なからずあるのではと感じます。
額にダイヤを埋め込むことはできないけれど、自分もそこまで突き抜けてみたい。
誰になんと思われようと、自分がいいじゃん!と思ったことを、貫き通してみたい。
そして、あ、これなんか違うなと思ったら、引き返せばいい。
はみ出すのも自由、引き返すのも自由。
そんなリルが体現した“あるがままで自由”な生き方に、まったく別次元の世界で暮らす者として強く惹かれたのでした。
よく考えたら、30過ぎてリルの“額ダイヤ”に時間をかけて記事を書いている時点で、自分って結構クレイジーだなと思います。
「この半年の無職の期間に何をしていましたか?」と面接で聞かれたとき
「額にダイヤを埋め込んだアメリカのラッパーについて考察していました。キリッ」
と答え、「…君、面白いね。採用!」
なんてことになったらいいのになとアホなことを考えつつ、この記事を締めたいと思います。
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました💎
(参考文献・ブログ)
刺青あるいはタトゥと身体表現の自由-ne plu kapitalismo
吉岡郁夫,『いれずみ(分身)の人類学』
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