
雪の声「ショートストーリー」
それは、年に一度、深い雪に覆われる山奥の村で起きた奇妙な出来事だった。
村は冬になると人影が減り、静寂が支配する。ある年、特に厳しい寒波が訪れた夜、僕は山奥の一軒家に滞在していた。友人の紹介で借りたその家は、古びた木造の平屋で、暖炉の火だけが部屋を明るくしていた。
外は雪嵐が吹き荒れていた。窓の外に広がる白銀の世界は、何もかも飲み込むような静けさと冷たさを放っている。その静寂の中、奇妙な音が聞こえた。
――コン、コン、コン。
それは、家の外から聞こえるノックの音だった。こんな吹雪の中に誰がいるのだろう?僕は疑問に思いながらも玄関へ向かった。ドアを開けると、そこには誰もいない。ただ、雪が降り積もる音だけが耳に響いた。
「気のせいか…?」
そう呟いてドアを閉めると、再び――コン、コン、コン。
音はまた聞こえた。今度はさらに強く、そして近くなっているように感じた。恐る恐る窓を開けて外を覗くと、遠くの雪原に人影のようなものが見えた。白いコートを羽織った人がこちらを向いて立っている。しかし、どこか異様だった。人影の輪郭がはっきりしないのだ。
僕は一歩後ずさりした。その瞬間、また別の音がした。今度は背後、家の中からだった。振り返ると、暖炉の火が妙に揺れている。まるで誰かが息を吹きかけているかのように、火が大きく波打っていた。
「いるのか…誰か?」
返事はなかった。ただ、暖炉の火が消えかけ、部屋が急に冷え込んでいく。僕の吐息が白くなる中、足元に雪が積もり始めていることに気づいた。家の中なのに、雪が舞い込んでいるのだ。
そのとき、背後から声がした。
「寒い……返して……」
僕は振り返った。そこには、雪と一体化したような白い人影が立っていた。その顔は見えず、ただこちらに手を伸ばしていた。
恐怖で体が凍りつく中、声が続いた。
「私の居場所を……奪ったのは、あなた……」
その言葉の意味が分からないまま、意識が遠のいていった。最後に見たのは、僕の足元に広がる雪原と、白い人影が微笑むように消えていく姿だった。
翌朝、友人が訪れたとき、僕の姿はどこにもなく、ただ家の中に薄く積もった雪だけが残っていたという。村の人々は、「冬の神様の怒りだ」と口々に話し、家に近づく者はいなくなった。
それ以来、その家は「雪の声が響く家」として、誰も住まないまま朽ちていった。