【これが愛というのなら】オンナのチカラってやつ?
元カノからの連絡
仕事は相変わらずだった。
望は会計も覚えて、医事課全体の仕事出来るようになっていた。
その頃から、理恵が頻繁に問題を起こすようになる。
繁忙期に長期休暇(家族旅行のため)。
したくない仕事の放棄。
新人虐め。
さすがに目に余ったのか、上司が厳しめに注意をすると、ドラマのようにその場で倒れ、ストレッチャーで運ばれていく。
診療科で涙ながらに訴えて、「2ヶ月の休養の必要」という診断書を書いてもらった。
カルテ内容は医事課の人間は読める。
事実のねつ造だ。
次第に、理恵のことを冷めた目で見る人が増えてきた。
取り巻きたちの一部は私にすり寄ってきたが、私は無視する。
その頃、望が
「なぎさん、今日ちょっと時間あるかなあ?」
そう、とても頼りない顔で話しかけてきた。
仕事帰り、公園で温かいココアを飲みながら、望は言った。
「彼氏さんの、元カノが、彼氏さんに連絡してきたの」
「元カノ?あの、彼氏のトラウマの?」
「うん」
「なんて」
「よりを戻して欲しいって」
外科病棟
彼氏の元カノは、なんと私たちと同じ病院に勤める看護師だった。
外来勤務でなく、病棟勤務だったので、外来スタッフである私たちは縁がない人。
「彼氏はなんて?」
「よりを戻す気はないから連絡するなって言ったって」
ほっとしたが、それなら望が不安になるような話をしなければいいのにと、彼氏にも腹がたった。
「元カノさん、彼氏さんと付き合ってるときに、外科の森山先生と付き合ってしまったそうで」
「は?」
外科の森山と言えば、外科の部長。
理恵がたいそうお気に入りで、医事課でも理恵の特別対応を求めてくるやっかいな医者。
「待って、森山先生って50歳くらい…?」
「うん」
「結婚してないっけ」
「してる」
「不倫したの、元カノ」
望はココアの湯気に顔を埋めるようにうなずく。
「不倫したのは、元カノさんが悪いと思うんだけど。元カノさんが彼氏さんに別れ話したとき、共通の友達も連れてきて、彼氏さんが悪いって責めて、彼氏さんは友達もなくしたのだって」
「彼氏、なにが悪いの」
「望には分からないけれど、包容力とか、男らしさがないから、みたいな」
金だろ。
口には出さなかったが、そう思った。
「それでよく今更よりを戻そうなんて言ってきたな」
心底あきれた。
「…先生と別れたのかもしれないの」
私たちは黙った。
元カノは彼氏と同じ年と聞いた。
すると、今27歳くらいか。
森山先生お気に入りの理恵は、さらに若く、そして美しい。
言いようのない嫌悪感と一緒に、
「将来なにかある」
そんな予感が確かにした。
理恵の退職
理恵は2ヶ月間求職した後、外科の森山先生に付き添われて医事課にやってきた。
「ここではもう勤められません」
理恵は泣きながら言った。
課長も上司も、外科の部長が付き添っている理恵に何も言えず、退職の手続きを案内していた。
理恵のお気に入りであったが、決して理恵と交わらず、誰からもほどよい距離を置いていた同僚が、そっとつぶやいた。
「うまいことやりましたね」
電子カルテ化の話はまだ遠かった。
毎日増えていく膨大な紙のカルテ。
崩れるレントゲンの写真。
患者からのクレーム。
医局からの叱責。
看護局からのヒステリー。
300床以上の総合病院は、毎日がトラブル続きで、新人は次々辞めていく。
私はここで何がしたかったのだろう。
ふと、そんなことを考えたが、それも日常のせわしなさで消えていった。