【これが愛というのなら】飛び回るすずめ
お土産外し
私は医事課の派閥に加わらない、浮いている存在だった。
面倒。
自分の仕事を完璧にこなせればいい。
誰にも最低限の挨拶はしてる。
私は孤独を恐れなかった。
最近知った「お土産外し」っていうのの、反対はされたことがある。
別に有給を使った訳でなく、土日に旅行に行ったら「お土産を買ってくる」風習が院内にあったのだ。
大きめの箱のものを買ってきて、休憩室に置いておいて好きに取っていく感じ。
しかし、医事課で絶対的権力を持つ理恵とその取り巻きが
「ごめん。あのお菓子嫌いで」
そう言って来る。
個包装だし、残ってもいつか誰かが食べるのでかまわない。
しかし、別の人が、全く同じお土産を買ってくると
「これおいしー!さいこー!!」
大げさなリアクション。
「みんな、食べようよ!」
私は無視して、自分の仕事をしていた。
私を担ぎ上げないで
理恵は、そうやって医事課に君臨していたが、それをよく思わない人もいた。
理恵は同期入社の人のことを「一期生」と呼び、それから1ヶ月でも遅れて入社した人のことをあからさまに見下していた。
私も「一期生」であるが、1ヶ月、いや2年違いで入社した人でも仕事が出来る人はいるし、そういう分け隔てが嫌だった。
しかし、「一期生」として特別待遇を求めないからといって、私は理恵を表だって争いたい訳ではない。
私と仲のいい同僚や後輩は、理恵に阿らない私を担ぎ上げ、理恵とその取り巻きの対抗グループを作ろうとする。
新たに入社する人で、勘のいい人は、すぐに、理恵か、私か、どちらについた方が有利か考えて動いた。
面倒くさい。
私は理恵が嫌いだったし、機嫌を伺うなどしなかったが、喧嘩をしに来たわけではない。
それより、このカルテ、誰が修正液使ったんだ?
これ、強姦事件の証拠として、午後から警察に開示と家族にも見せるのだけど。
仕事はハードだった。
しかし、私は仕事が出来ていれば、それで良かった。幸せと思っていた。
「すずめ」
こんな環境に、幼女のようにあどけない望はどう過ごしていたか、よく覚えていない。
それが、当時の忙しさに起因するものか、すでに垣間見えていた「解離性記憶障害」による記憶の欠落かは、判断が出来ない。
望は受付窓口の仕事を覚え、カルテ作成の仕事を覚えても、時間があれば率先してカルテ搬送の仕事を手伝っていた。
カルテ搬送係のリーダーは、理恵の横暴を嫌っていたので、自然と私の味方だった。
望の事も本当に可愛がっていたので、私と望は次第に仕事以外でも話したり、遊びに行くようにもなる。
私は医療事務時代、肩くらいのミディアムヘアに緩いパーマをかけていた。
朝、ムースで整えるだけで楽だし、また、多少伸びても編み込みなどでアレンジしやすかったからだ。
望は私の髪型に憧れて、週明け、いきなりパーマをかけてきた。
しかし、どうオーダーしたのか、私の髪型とまるで違う。
「ピーターパン」
私が吹き出すと、そばにいた仲のいい人も笑い出す。
華奢で小さな望がパーマをかけた様子は、異国のくせっ毛の少年のようだったのだ。
それはそれで可愛かったのだが、次の日、ストレートに戻してきた。
ストレートに戻したが、まだ長さの足りない髪を、後ろで無理矢理ひとつに結んでいる。
「すずめのしっぽ」
私の笑い声に反応した人が、望のことを、「すずめ」と呼び出す。
「すずめ」は小さい体で医事課、院内を飛び回って仕事をしていた。
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