【これが愛というのなら】告白
音信不通
石屋に行く前に、隣の市の駅前のパスタ専門店で、私たちはランチをした。
「美味しいねー」
望は幸せそうにパスタを頬張る。
いつもと変わりないように見えるその様子に、でも私は違和感を感じていた。
レモングラスが添えられたお冷やを飲みつつ、私は何気ないように望に聞いた。
「石屋さんなら、反対の市のお店の方が種類が多くないかな?こっちの方が遠かったし…」
望はフォークを皿に置く。
「あ、このパスタ屋さん久しぶりで私も楽しいんだけどね。やっぱりここ美味しい…」
「藤森さんの実家のそばなんです」
言葉を投げ出すように、望は言った。
「…もう、2週間、メールも電話も、返事がありません」
あの大雪の日のドライブからたった2週間。
望の気持ちが藤森に対して傾いていく危惧は感じたが、それより、望を振り回して傷つける藤森の怒りの方が勝った。
「望、嫌われるようなことしたかな…」
望は、携帯にさっそく取り付けた、私のあげたローズクォーツのストラップを撫でながら、途方に暮れたようにつぶやいた。
うつ病
こんな手は使いたくなかったが、私はクリニックに出入りするMRに、藤森の消息を聞いた。
「あ…彼ですね」
ちょっと困ったように顔をしかめたが、そっと小声で教えてくれた。
「なぎさんだから、信頼して教えますよ。…彼、うつ病になってしまって、現在休職中なんです。こっちに借りていた部屋も引き払って実家に戻っているはずです。たぶん、復帰はないかな」
なんて望に伝えよう。
私は長く医療事務を仕事としてやってきたし、前に勤めていた総合病院には「精神科」もあった。
しかし、専門でもなかったし、その総合病院では「精神科」に力を入れている訳でもなかったので、「再診料」と「処方箋料」を算定することしかしていなかった。
総合病院の精神科担当の看護師とは仲もよくまだ付き合いがあるが、どのように話がもれるか考えたら、下手に相談などしない方がいいだろう。
望は、藤森からの連絡をただ、待っていた。
隆と喧嘩をする事も以前より増えてしまい、隆はさらに束縛を強めようとしてきた。
「望がなにかして、なぎさんに迷惑をかけたらなんですので、何かあったら僕に…」
隆はそう言って、ドラマでしか見たことのない厚みの茶封筒を渡されかけ、慌てて逃げる。
そして、望は休みの日は1日中、藤森の実家のそばの駅前の駐車場で過ごすようになってしまった。
伝えるしかない。
今の藤森には、望の行動は負担でしかないと。
話したとき、望は少しだけ呆然として、それから、なぜか笑った。
「望が嫌われたわけじゃ、ないんだ…」
恋とは、人をどれだけ愚かに、身勝手にするのだろうか。
しかしそれでも、私は望が愛おしかった。
告白
望は、普段は読まない本を買い込み勉強した。
私の友人に、今は寛解しているがうつ病を患った人がいると知ると、「紹介して」と頼んできて、会って必死に質問する。
望の恋は、叶わないだろう。
漠然とした、予感があった。
また、叶わない方が、望の幸せでもあるだろうと。
うつ病の藤森のことを、望の母親が受け入れるとはとても思えない。
隆は、休みの日は望の家で過ごすようになる。
望は隆を避け、私の家にやってきた。
隆は、快活で、若いが経験豊富な話し上手で、あの無口で人に感心のなさそうな望の母ですら笑って会話をしているらしい。
「うちの家の隣の家が、売りに出されるみたいで」
望と2人で出かけて帰る間近に、望は話し出した。
「隆がそこを買って、新しい家を建てるみたい」
「建てるみたいって…望の家にもなるわけでしょう?」
「私の意見なんか、どうだっていいの」
望は吐き出すように言った。
そして、まるで酒でも飲んでいるような、うつろな目で、聞いてくる。
「なぎさんは…彼氏さんと、その…エッチはするのですか?」
「え?」
当時、望ももう20代半ばを超えていた。
長く付き合っている彼氏もいるのだし、ましてや、相手とは結婚話も具体的に出ているのだ。
そういう経験はあっても不思議でない。
しかし、私は望にそういう話題を持ち出した事もなかったし、望は、もともと少しでもそのような話題が出ると逃げてしまうような所がある。
その望に、急に問いかけられて、私はうろたえた。
「まあ、普通かな…」
そんな風に、誤魔化そうとしたとき、運転席の望の目から、涙がこぼれた。
「望…?」
「彼氏さんとそういうことをするのは、好きですか?」
「あー…。うん、まあ、たぶん普通」
「望は」
ハンドルに顔を埋めて、途切れそうな声で続けた。
「望は、あんなことが嫌いです。痛いって言っても、嫌だっていっても、無理矢理」
息を飲んだ。
束縛は強いが、好青年と思っていた隆が、望を無理矢理…?
「拒みなさい」
私は望の手を取った。
「そういうのは、『デートレイプ』っていうのよ。付き合っていても、夫婦でも、相手の同意も得ずにそんなことをするのは、犯罪よ」
望は、すがるように私の手を握り返した。
「でも、なぎさん」
望は、震えながら、言った。
「なぎさん、望が拒んだら、隆は…」
その後の台詞に、私は戦慄した。