携帯屋VS何でも屋
「売る気のないお店」
営業先のひとつである、北のいる家電量販店は、他の店舗と違った。
「誰も売る気がない」
一応ノルマや達成目標というのはあるのだが、みな気にしていない。
北はその中でも飛び向けて「販売しない家電量販店スタッフ」だった。
この店舗は、掃除やゴミの回収を社長がやっていたし、電話応対はカスタマーが受けて担当の売り場に回すのだけれど、誰も取らない。
電話は鳴り止まず、レジは並んで混雑しているのに、誰もフォローに入らない。
はじめてこのお店に来るお客様が、売り場案内をお願いしても無視されるような、すごい店だった。
北は、そういう雑務を全て請け負っていた。
高い天井の蛍光管を変えたりするのも、北がしていた。
店の販促のポスターのデータの印刷をするのも、北だけがしていた。
雑務が多すぎて、販売する時間のない人だった。
テレビを売れと言われましても
その店は、しばらく私の勤める会社だけ、派遣の人が見つからず、私が販売員として助っ人に入ることも多かった。
店に入ると目の前に携帯コーナーがあるスタイル。
「洗濯ネットはどこかしら」
「エアコンが壊れて…」
など、だいたい携帯コーナーのスタッフが売り場まで案内して、担当者に引き継ぐ。
一度、ブロードバンドの担当者に話がありパソコンコーナーに行くと、北しかいない。
北は電話応対中で忙しそうだし、戻ろうとすると
「すみません、接客待ちのお客様がいて要件だけでもきいてもらえませんか」
多分、直接話した最初の言葉がこれだったと思う。
要件を聞くだけなら、と思ってお客様に話を伺うと
「あっちの店ではここより安かったから値引きしろ」
はい、判断のつかない案件来ましたー。
電話している北に、メモ書きで伝えると、頭を下げられた。
ま、いいか。
こないだテレビ欲しいというお客様を担当者に引き継ごうとしたら
「え?売っていってよ」
と言われたことを考えるとマシ。
なんやねん、あいつ(その後店長になった)。
ちゃらちゃらしているVSすかしやがって
その店の出入りの回数が増えると、携帯コーナーの人だけじゃなく、仲のいいスタッフも出来てくる。
パソコンコーナーで、北の後輩の男の子は、最初からフレンドリーだった。
しばらく通っていると、その男の子がみんなから嫌われていると知る。
確か、当時23歳くらいで、頭がいい男の子だった。
若干、生意気な所もあったが、私と10歳年が離れているので気にならない。
微笑ましいじゃないか、と思ったが、その店では許容されなかったようだ。
携帯コーナーに私が行くと、自分の売り場が暇なら顔を出す。
サボっているように見えるが、彼は店でもトップを争う販売員。
しかし、彼が暇なときに携帯コーナーに来るのが、どうも北には気に入らない。
「ちゃらちゃらして仕事の邪魔をしやがって」
と、思っているようだった。
まあ、こっちも
「自分だけで現場回しているような顔してすかしやがって」
などと、思っていたのでお互い様だ。
「ウィルコムはパソコンコーナーに」
当時はまだ、ウィルコムというPHSが元気だった。
携帯コーナーでウィルコムが売れるのが私だけ、という不思議な状態が3ヶ月ほど過ぎた。
私が他の店舗に行く日は、ウィルコムを売れるスタッフがいないので、後日私が行く日に来てもらうか、車で2時間かけてショップに行ってもらうしかなかった。
当時は格安SIMなどない時代、基本料通話料が安かったウィルコムは若者に人気があった。
今のスマホを強く意識した端末をいち早く取り扱ったり、データ端末を扱ったり、携帯コーナーの責任者では手に負えないらしい。
「契約には固定電話回線の登録が必ず必要」(それが県外で本人が住んでない番号でも)、「未成年者は親の同意書が必要」(全キャリア一緒)、これがどうも苦手意識を呼ぶようだ。
「データ端末とか、パソコンで使う物じゃん?パソコンコーナーに持って行くのはどうかなぁ?」
携帯コーナーの責任者が聞いてくる。
「他の店ではそういう所も多いですよ」
「だよねー!!」
責任者はうきうきして、社長室に行った。
「売り場は変えない、担当は北に」
社長は、責任者の意見に一部賛成した。
「でも売り場は変えないよ、めんどくさいし。担当は北くんがいいんじゃない」
責任者はすぐに私に報告してきた。
「だからなぎちゃん、北さんの引継ぎお願い!」
「私がですか?」
まあ、私しか販売出来ないのだから、仕方ないかも知れない。
ちょっと納得は出来なかったが、
「カタログと受付用紙のやり方見たら誰でも出来るだろう」
とたかをくくっていた。
私がこの店に来るとき、北に引継ぎをするから、北の出勤日に合わせて来ることになる。
しかし、この男、捕まらない。
いつも店内を駆け回って、トラブル対応に追われている。
いつぞやは、エアコンを売っていた。
「お前はパソコンコーナーの人間だよな」
イラッとしたが、エアコンを販売出来る人間が全員休みで、北もカタログ見ながら必死だったので、仕方ないか、と諦めた。
そうこうするうち、「私がいる時だけウィルコムを売ろう」という流れになり、北への引継ぎは全くないまま終わった。
そして今も思う。
「なんで私がウィルコム担当なん?」