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地域日本語教育の課題 〜地域格差や人材不足にどう対応するのか?

現在、登録日本語教員資格取得の経過措置に伴う「経験者講習」を受けています。

今回は、「日本語教育総論IB」(内海由美子先生)の講義を受けて気がついたことをまとめます。こんな調子で本当に期限内に終わるのだろうか?と不安になりますが、「地域における日本語教育」は、私が長年、関わってきた分野でもありますので、書かずにはいられませんでした。

私が「地域日本語教育」に関わり始めたのは、2000年前後のことです。

講義では、「「地域における日本語教育」のこれまで」としての1980年代以降の移り変わりについて説明されていましたが、講義中に説明されていることは、私もひととおり経験してきました。私が関わってきた地域の日本語教室も御多分に漏れず、中国帰国者、結婚移住女性、日系人、技能実習生と、説明にあったとおりの地域日本語教育の「これまで」がありました。

ずいぶん前になりますが、私が関わっていた地域の日本語教室については、以下の記事で触れています。

当時、「特定技能」の在留資格の創設が話題になっており、そのニュースを聞きながら、これまでの経験を思い出し、いても立ってもいられず書いた記事です。改めて読み返してみると、今回の講義で指摘されている内容が、そのまま私が住んでいた町で起こっていたことがわかります。

以下の記事は、望月優大 『ふたつの日本』のブックレビューです。同書では多くのデータを元に「移民」と考えられる人々の実態が説明されているのですが、資料に示された数字の具体例として私の経験をまとめたものです。この記事を読んでも、私が「これまで」の地域日本語教育にピッタリ並走してきたのがわかります。

「日本語教育総論IB」では、「地域における日本語教育」の課題として「地域格差」や「人材不足」が挙げられていました。どれも当事者として実感できるものでした。私が地域の日本語教育に関わり始めてから、もう4半世紀が経とうとしています。が、当時とあまり変わらない現状になんとも複雑な気持ちになりました。

そこで、今回は改めて、「地域日本語教育」の課題を考えてみたいと思います。


地域日本語教育を取り巻く環境の変化

当時とあまり変わらない状況だと、ネガティブな感想から始めてしまいましたが、日本語教育を取り巻く環境はずいぶん変わってきたのではないかと思います。講義でも触れられていましたが、最も大きな変化は、2019年に「日本語教育推進法」が施行されたことではないかと思います。

これまで、特に地域日本語教育は、ボランティアの思いだけで運営されることが多かったと思いますが、この法律ができたことにより、日本語教育を受ける機会を確保することは、国、地方公共団体、事業主の責務であると明文化されました。

総務省からは、「地域における多文化共生推進プラン」が出されています。また、出入国在留管理庁からは「外国人との共生社会の実現に向けたロードマップ」が提示されています。これらにより、「多文化共生の地域づくり」という方針が、明確に示されています。

日本語教育の中身については、「日本語教育の参照枠」が出されたことにより大きく変わろうとしています。また、「日本語教育機関認定法」では、留学だけでなく、就労や生活という分野が設けられました。

ボランティアの思いだけで、なんとか継続してきた頃とは、日本語教育を提供する側の環境は変わってきていると思います。しかし、現状は、まだまだ厳しいというのが実感です。そこで、以下に「地域格差」と「人材不足」という二つの課題について、私の考えをまとめてみたいと思います。

課題1:地域格差

現在、私が直面しているのは「地域格差」という課題です。地域格差については、以前に以下の記事を書きました。

この記事は、総務省から2024年に出された以下の資料を元にまとめています。

外国人の日本語教育に関する実態調査 ―地域における日本語教育を中心として―(結果報告書)

この記事でも、地域格差と人材確保が課題であることを指摘しました。

私自身の取り組みとして、以下の記事も書きました。

この記事では、介護の技能実習生に対する日本語教育について書いています。事業者から依頼を受けて行っている日本語教育事業です。

この事業は現在も継続していますが、大きな進展はありません。むしろ、技能実習や特定技能などの在留資格を持つ外国籍住民が混在し、技能実習生だけを取り出して、日本語教育を行う意味が薄れてきたようにも思います。

事業者から請け負っている事業ですので、厳密に言えば、「地域日本語教育」とは言えないかもしれませんが、地域との交流の機会は意識的に作るようにしています。地域にとって、というより、実習生にとって必要だと思うからです。しかし、私がリーチできるのは、担当している実習生だけで、特定技能等で働いている外国籍住民にはあまり接する機会がありません。

「日本語教育推進法」や「地域における多文化共生推進プラン」があったとしても、市町村レベルまで、その考えが浸透しているとは言い難い状態です。たとえば、総務省の「多文化共生の推進に係る指針・計画の策定状況(2023年4月1日現在)」を見ると、町村レベルでは計画を策定していない自治体の方が多数派です。

外国籍住民の散在地域といわれる地域では、なんらかの問題が起こらない限り、多文化共生や日本語教育の必要性が意識されることがないように思います。住む地域によっては、20年前と環境はほとんど変わらないと言えそうです。

「地域における多文化共生推進プラン」にあるような外国籍住民も地域の担い手として地域社会に参加するという考え方には共感していますし、私もそのような働きかけをしていきたいとも思っていますが、実際には、そう簡単なことではありません。

地方にありがちな買い物や移動などの課題は、外国籍住民固有のものではありませんし、地域社会にどのように関わるかは、本人が決めることです。移住者が地域社会とどう関わっていくかという問題と、そう大きな違いがないように思います。

「日本語教育」という文脈で地域にアプローチすることの難しさも感じています。「日本語を教える」という切り口は非常にわかりやすく、アプローチしやすいのですが、その場合、外国人は日本語ができないことが前提となり、「支援される」対象となってしまいます。特に「日本語教師」という立場でアプローチすると、余計にそのような印象を深めてしまいます。

そこで、現在は、日本語教師という属性は前面にださず、一住民としてじわじわと関わりを作っていくという手段で地域社会との接点を増やしているわけですが、これはこれで結構骨の折れるアプローチです。意識の変化や浸透には、時間がかかるからです。

日本語教育を提供するための制度的な環境は整ったとしても、日本語を必要とする人の学習機会を保障するものにはなりません。一方で、外国籍住民は増え続けており、何らかの対応が必要なのではないかという気もしています。日本語教育に関わっている私でさえ、地域に暮らす外国籍住民がどのような状況なのか見えなくなりつつあるのです。

つらつらと私の考えていることを書いてきましたが、この如何ともし難い煮え切らない思いが、今の「地域格差」の現状を表しているのではないかと思います。

課題2:人材不足

講義では、地域における日本語教育の課題として「人材不足」が挙げられていました。私の現状(n=1)を考えると、人材不足という言葉にはもやもやします。もしかしたら、私のケースがレアなのかもしれませんが、人材はいるけれども十分に生かされていないという地域もあるのではないかと想像してしまいます。

ただ、全国的に見れば、「人材不足」であることは間違いありません。例えば、私がかつて所属していた国際交流協会も、私が町を離れて数年後、運営していたメンバーの高齢化や後継者不足により、解散することになってしまいました。(が、現在は、行政が中心となって多文化共生推進を進めているようです)先の記事でも書きましたが、これと同じようなことが、各地で起こっている(これから起こっていく)のではないかと思います。

人材不足をどのように解消すればよいか。この点に関し、講義では人材育成の事例が紹介されていました。また、登録日本語教員という国家資格の政策も進行中です。このような施策ももちろん重要ですが、私は、もっと根本的なところから考え直す必要があるのではないかと思っています。

人材不足は、日本語教育業界だけの課題ではありません。生産年齢人口が減り、労働供給制約社会も予測されています。労働者が足りないから外国人労働者が増えているわけで、増加に見合った日本語教師を確保するという発想自体、かなり難易度が高い対応策ではないかと思います。

これまで、技能実習生などの外国人労働者の日本語教育を担ってきたのは、地域の日本語教室ですが、ここに期待するのも限界があります。講義中では、1980年〜1990年代に国際交流協会が急増したと指摘されていました。主にこの国際交流協会が地域の日本語教室を運営してきたわけです。

1980年代といえば、15〜64歳の生産年齢人口が70%を超え、さらに共働き世帯も非常に少なかった時代です。地域のボランティア教室を運営するだけの人材が十分にいたのではないかと思います。

現在は、共働き世帯が増え、定年後も働く人が増えています。高齢化が進み、生産年齢人口も減っています。このような状況で、日本語教室に関わるボランティアを今以上に増やすのは、そもそもの絶対数が減っているのですから、かなり無理があるように思います。

今後の地域日本語教育が目指す方向性は?

このような現状を考えると、これまでの枠組みと同じものを維持しようとするのではなく、全く違うアプローチでの解決が必要ではないかと思います。そこで、現在私が取り組んでいることや、考えていることをまとめたいと思います。

一つは、入国する前の海外の日本語教育を質を高めるという方法です。私も現在、送り出し機関が行っている日本語教育プログラムのアドバイザーをしていますが、この領域には大きな可能性を感じています。入国前の日本語教育を充実させることによって、入国後の生活がある程度保障されると思っています。

これまでの海外の日本語教育は、技能実習など日本の生活を経験したことがある人が担ってきたように思います。その場合、どうしても教師となる人の学習経験をもとに、教育が進められることになりますから、これまで行われてきた教育が再生産されることになります。ここに、日本語教育の専門家が関わり、入国後や受講生のキャリアを見据えた日本語教育を実践していくことができるのではないかと思っています。

二つ目は、地域日本語教育コーディネーターレベルの専門職を確実に育てることです。特に、組織運営の視点をもつコーディネーターが必要だと思います。

文化審議会国語分科会から2022年11月29日位出された「地域における日本語教育の在り方について(報告)」では、今後の地域における日本語教育への提言がなされています。ここで提案されているような日本語教育を行うには、専門性の高いコーディネーターが必要です。このコーディネーターは、ボランティアでも、任期付きでもなく、専門職としてしっかりと報酬が支払われる体制を作らなければ、誰もやろうという気持ちにはなりません。

さらに、どんなに優秀な人材であっても、組織的な支えがなければ、持続的な活動になりません。地域に関係する事業は、1年や2年で成果が出せるものではありません。組織として継続的に取り組むことが必須ではないかと思います。

三つ目は、「日本語教育」という文脈だけで「地域日本語教育」を担っていくのは難しいということに触れたいと思います。

集住地区であれば、日本語教育体制を充実させていくことは必要な政策だと思いますし、日本語教育の専門人材を確保することは可能だと思います。しかし、過疎化の進む散在地域では、集住地域とは違ったアプローチが必要ではないかと思います。各地域の現状を踏まえ、どういう地域を目指すのかという広い視点でのアプローチが必要ではないかと思います。そのためには、行政の関与や他分野の専門家との連携が必須です。

日本語教室のない空白地域を解消するという取り組みも大切だと思いますが、さまざまな課題が山積している地方では、「日本語教育」に特化した狭い領域だけで事業を展開していくには人材が足りません。

介護、医療、物流、建設など、何もかも人が足りないのです。そういう地域であるからこそ、外国人労働者の増加が見込まれるのですが、外国籍住民が増えたから日本語を…といっても、「これ以上、無理ですー」となるのです。

海外の日本語教育やコーディネーターレベルの人材育成については、私もできることから取り組んでいますが、三点目については、まだまだ具体的な動きになっていません。

と言いつつ、今は「登録日本語教員」のための経験者講習を受けているわけですが、ここに書いたことを考えながら、日本語教師には、もっと視野を広げる機会が必要ではないかと思いました。

登録日本語教員は、養成レベルの日本語教師を想定していますから、日本語教育の専門領域が中心の講座になることは理解していますし、専門性を高めることも必要だと思います。しかし、経験者であればこそ、もっと外向きの視点を獲得しなければ、日本語教育を社会に位置付けることは難しいのではないかという印象を持ちました。

今回は、いろいろと思うところがあり、考えがまとまらず、なかなか書き進めることができませんでした。ちんたら書いているうちに、日本語教員試験の結果が発表されました。合格した皆さま、おめでとうございます。私も巻き巻きで講習を進めます。

今回も最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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ヒラサワエイコ
共感していただけてうれしいです。未来の言語教育のために、何ができるかを考え、行動していきたいと思います。ありがとうございます!