
Photo by
satomigoro
森鴎外「追儺」
追儺(ついな)とは、最近使われない言葉ですが節分の豆撒きのことです。
15分程度で読める短編で、たぶん鴎外の経験を描いた小説と思われます。
小説の冒頭から半分くらいは、鴎外の愚痴やら文学論などの内容です。
前置きが長く、唐突に料亭新喜楽の話となりますが、当時(明治42年ごろ)の鴎外にとっては馴染みの料亭ではなく初めて訪れる料亭です。
探しあてた新喜楽の座敷で葉巻を吸いながら、外の景色などを見て人を待ちます。
そうしたなか、突然に小さい白髪のお婆さんが桝を左手に抱えてずんずん座敷の真ん中まで入ってきます。
座らずに右手の指先をちょっと畳につけて挨拶すると「福は内、鬼は外」と豆撒きをして出ていきます。
鴎外は呆気にとられます。
気味の良いお婆さんは、新喜楽の女将であると悟ります。
内容は以上のとおりごく単純ですが、この小説の真骨頂は、小説家かつ陸軍軍医でもある鴎外に遠慮なくいきなり座敷で豆撒きをする凛とした女将と、呆然としながらも気分を良くする鴎外との対比の面白味にあると思います。
110年ほど前の新喜楽での一場面ですが、今は芥川賞や直木賞の選考会が開かれる超一流の料亭として有名です。
もちろん鴎外には想像もできなかったことです。
そう思い巡らしますと、時代の変遷とともにこの小説は別の意味でも感慨深いものがあります。