くるみのチョコがけ
今日はすこしだけ、家をでるのがはやかった。
向かうさき一限の満員電車は、正直言って楽しいものではない。明らかに満員ですよ、容赦なく迫りくる圧力に身をまかせて乗り込む。あのスリルは某テーマパークのジェットコースター並みだけど、叫んじゃいけない人間の体温がぬるっと充満してるから、妙な感じだ。
雨が降っている。
結局バスが遅延して、ついた頃にはもう遅刻だった。先生、ごめんね。わたし、あれ、買わないといけないから、もうすこし遅れます。
くるみのチョコがけ。
コンビニであたらしく見つけた「くるみのチョコがけ」、198円(税込)。香ばしいくるみにうす〜くチョコレートがコーティングされて、はなから抜けていくほのかな苦みが癖になる。
ねえ本当に、ずっとそばにいてよ、そんな味。
さて、教室まで早歩きをして涼しげな顔で入室。お、おはようございます。
気がつけば無くなるくるみのチョコがけ。誰か勝手に食べたでしょ!と責め立てたくなるような勢いで、なくなってしまうくるみのチョコがけ。
約200円のしあわせ。約200円の価値。
決して安くはないくるみのチョコがけ。お得に買うならアマゾンで大袋を見つけたらいいし、いちおう検索なんかしちゃったけど、カゴには入れなかった。
わたしね、くるみのチョコがけ、だけが好きなわけじゃないのかもしれない。
朝、重いからだを起こしてすこしだけ早く家を出ること、コンビニでいつも「ありがとうございました、いってらっしゃい」と笑いかけてくれる店員さん、たまたますれ違ってクマが出来てるからとひと粒あげた友人。最後のひとつぶをそっと口に入れたときの寂しさ。
わたしが好きなのはそういう全部で包まれた「くるみのチョコがけ」なんだ。
コスパ、の反対は、コスパでしかない。コスパが悪ければ贅沢なわけでもないし、得をするからコスパがいいってわけじゃない。
わたしにとって「くるみのチョコがけ」は、繋いでもらった喜びや、あの瞬間の詰め合わせ。おかねは、いつからか価値を誰にでもわかりやすく数字にしたもので、自分が握りしめたその大きさを決めるのは、自分自身でしかないことを忘れないでいたい。
わたしのこれ、あなたのこれと、交換してくれませんか。
春に、尊敬する教授に呼び止められてこう聞かれた。「きみにとって、コスパってなんだい?」
使いまわされて、擦り切れた言葉を問い直す。
無意識に認識してしまっている感覚を、自分にとってどんなものかじっくり思考する。そういう時間は、いくらあってもいい。若き日も、いつか年老いても変わらずに。
さ、来週も、あれ、買いに行こう。
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