12年が経った。 わたしはまだ、あの日を許せない。 3月11日になっただけで、猛烈な絶望感とどうしようもなさが身体に染みわたる。14時46分に近づく度に、指先が凍えて震えるようになる。忘れないで。絶対に忘れないで。わたしがもう忘れてもいいように、あなたがずっと忘れないで。どれだけ願ったって、わたしは、わたしの記憶から逃げることができない。 当時、わたしは小学4年生だった。授業参観で行われた半分成人式には、教室で卵サンドをつくって食べた。小さな町の、海辺の小学校だった。特別
何人暮らしかわからないほど靴を並べた七畳半の玄関、駅近マンション。すぐに冷める足の伸ばせない湯船、ざらざらの入浴剤。いつの日かの染みがずっと取れないでいる、水色のタオル。 よく知らない孤独、光らないロック画面。干し方を間違えて伸び切ったニット、寝る前に流す聞いてもいない雑学。流行りのおすすめ映画は、いつも三〇分で寝てしまうので何も起きません。 「わたしは、ここに必要でしょうか。」 わたしは確かに存在しています。必要でも、必要じゃなくても、私はここに生きています。生きるこ
今日はすこしだけ、家をでるのがはやかった。 向かうさき一限の満員電車は、正直言って楽しいものではない。明らかに満員ですよ、容赦なく迫りくる圧力に身をまかせて乗り込む。あのスリルは某テーマパークのジェットコースター並みだけど、叫んじゃいけない人間の体温がぬるっと充満してるから、妙な感じだ。 雨が降っている。 結局バスが遅延して、ついた頃にはもう遅刻だった。先生、ごめんね。わたし、あれ、買わないといけないから、もうすこし遅れます。 くるみのチョコがけ。 コンビニであたら
しましまのキャンディは、田舎の実家で畑仕事を手伝ったときにいつもばあちゃんがくれた。その晩はきまって妖怪みたいに伸びきった野菜が夢に出てきて、こわがりなわたしを脅かすのだった。気がつけばもう十年近く帰っていないが、たまに届く野菜は相変わらず不格好で安心する。おとなの口にはすこし小さいキャンディを舌で転がすと、あの湿った土がふとよみがえる。 右手の酸味がかった缶コーヒーは、あまり好みではなかった。しかしなんとなく、薄暗いに朝にちょうど良かった。食パンの入ったレジ袋を大袈裟に揺
目が覚めて、小刻みに設定したアラームより五分だけ早く起きてしまったことを後悔する。あと五分、あと五分と思ううちに三〇分も寝過ごしては、相変わらずばたばたと布団を畳む。 ひっくり返ったぬいぐるみに挨拶をして、飲みかけの麦茶を空にする。皺だらけの服を引っ張り出して思考停止してから、あわててアイロンの電源をいれた。とりあえず最大限まで温度を上げて、おそるおそる布に落とし、まるで幼稚園生のお絵描きみたいに不規則に動かす。 朝は、静かだ。朝は、きまって朝のにおいがするもので、それは
もくもく雲は白過ぎる、ひかる青のスクリーン ストローをさすときまって溢れるクリームソーダ、マスターのしゅわしゅわ片恋慕 ひとつの海に並ぶ白のワンピース、壁掛けのカレンダーは永遠(とわ)の七月 きみはすぐに夏のせいにしたがる、だまって棒アイス食べたらいいのに 虫刺されのあとをかぞえる、愛しかわいい武勇伝 蝉は苦手よ、ほらちょっとだけ切なくなるから、ほんとは突然飛ぶからだけれど、これも夏のせいってことで 線香花火でだけ叶う恋があったっけ、火をつけちゃうなんてずいぶん寂
満月の日は、あめだった みあげたら頬に流れて、 涙みたいだった もし星を掴めたら、 きみへの贈り物にしよう 名前のない星をふたりの約束にして、 いくつも星座を結ぼう ひときわ明るい星をみて、 伸ばした右手が愛おしかった 澄んだひとみに夜空が映って、 きみは僕の宇宙だった あめを待って、数を数えた あめはくしゃみと一緒に きみをつれてきて、 髪のさきからゆっくりと滴を落とした 白い紫陽花を集めて、 ドレスにしたらどうだろう 水たまりのうえで手をとって、 踊るなんてどうだ
たしかに、春だった。 それは出会いのようであり、別れのようであり、ずっと続いているようでもあった。うっすらと肌の透けた黄色のカーディガンは菜の花のように咲いて、やわらかな春風に撫でられた。 朝の白んだ光があたたかかった。河原を歩けば、遠くからあまいにおいがして、こころごとじんわり溶けてしまうのだった。きらきらひかる水面にカモの親子が浮いているのを、ふたりでながめていた。 春はうれしい季節だろうか。 春はさみしい季節だろうか。 春はなにを教えてくれるだろうか。 春は、春は
元旦より、愛を込めて 今日の月はおおきくて綺麗だから、一緒に見ませんか 綺麗と言わずして、その美しさを共有してしまいませんか それは白く柔い感情、手の悴む帰り道、積もる雪に歪な雪だるまを見つけました 明日には溶けて消えてしまうかもしれないと思うと、何だか抱きしめてあげたくなりました おみくじは何よりふつうがいいです 良いも悪いも、もう少しあとから決めてみたい このままでは静けさの中に溶けてしまいそうだ 窓をあけて冷えた空気を吸いこむと痛みだけが残る わたしはずっとひと
アイラブユ、抱えて、ホットココア。 いつか、わたしがまだ存在するうちに、こっそりと本をつくって、大切なひとにだけ読ませたい。 愛したら方が負けなら、わたしはずっと敗者の恍惚を望むだろう。 好きだったひとが、はじめて花を買ってくれた花屋に行った。思い出に気がついたとき、わたしは絶滅した。 頭の細胞なんて使ったら、恋愛も同棲も結婚もできなさそうだ。だから、馬鹿みたいに、心だけで君を好きなってしまえてよかった。 忘れてほしくない人間には一輪の花を渡したらいいし、同じ香水で
いつか 彼の毎日から私がいなくなってしまっても、 私の生活に彼の時間が投影されなくなっても、 生きていくうえで必要な時間だったと思える確信があるから、 きっと本気の恋なんだと思う。
名前が、ない。 ふたりを表す、名前がない。 ずっと、名前のある愛しか守れなかった。 名前を貰ったのに、守れなかったこともある。 気がつけば、もう二十年以上生きている。 その間、それなりに愛し、愛され、壊し、壊されてきた。 肌に刺さる冷たい風に、指先をセーターの袖にしまう。もう少しで冬だ。 何度季節がめぐり、出会いと別れを繰り返しても、瞬間に、ああ、この人に関わってしまってはいけないと思うことがある。 この人はきっと、わたしの主語を奪い、 わたしを身体ごと全部飲み込
さよならで泣けない。 スーツ姿で待ち合わせ場所に早歩きしてくる彼を見て、今までと何が違うんだろう、と思う。 この世には、どんなに願ったって変わらないものがいくつか存在する。 一目惚れをした。 それは二十歳のクリスマス、 もう誰でも良いから、有り余るほど愛して欲しくて 逃げるように眺めていたマッチングアプリ。 深夜二時、湯冷め。 あ、多分わたし、この人と付き合うな、 根拠のない鋭めの直感に任せて右スワイプ。 遊ばれるのも、捨てられるのも もう慣れちゃったから何も怖く
机に齧り付いて、角の折れた参考書に夢中になっていたのは、遥か昔。 スカートは長く、髪は短く、朝は早く、黒いリュックは登山用。 自由が欲しかった。 適当な時間に起きて適当な時間に寝たかった。 どんな家具をおいても、匂いをさせても、 誰を呼んでもいい場所が欲しかった。 あわよくば誰もが知るそれを 自分の名前と組み合わせて自慢げに歩きたかった。 真夜中に煌々と光るネオンが本当はどんな色か見てみたかった。 実際のところ、手に入れてみればなんだか呆気なく、ただ淡々とすぎる毎日の中に
最近、ああ、私、生き急いでるなって思うことが沢山ある。焦っている。毎日毎日、今この瞬間が私にとって若さの頂点であることについていけない。人生若さだけじゃないとは思うけど、満足しない一日を過ごしてしまうなんて勿体ないと思う。 お酒も揚げ物も今が一番美味しいらしい。恋人と好きな人の両立、結局みんな振られ待ちだということについて、深夜の公園で潰れかけの氷結を握り締めながら夏の終わり。スケボー少年、俯くスーツの社会人、よれた化粧の大学生わたし。充電が切れそうになって慌てて低電力モー