Dumka
いつか余裕ができたら、猫のいる生活がしたい。ずっと、いつか、いつかと思い続け、そのいつかはまだやってきていない。友人宅に暮らす猫を見てふとそう話すと 「猫は降ってくるから」 と言われた。彼女もまたその友人からそう言われ、ある日本当に降ってきた猫と暮らすようになったそうだ。知らなかった。猫は降ってくるのか。だとすれば降ってきた猫がいないか探していなかったから、我が家にはまだ猫が暮らしていないのだ。納得。 実はもう降ってきていたのに見過ごしてしまったのではという不安も頭をも
ものを書くことが増えたので、どうせならと万年筆を購入した。 初心者でも使いやすいと勧めている人が複数いるものをチェックして選んだ。本当に初心者なのでインクがうまく出ず、一文字目を書くのにいやに時間がかかった。インクの辿りつかないペン先で何度も引っかいた跡に、やっと、少し灰色がかったインクがさっと染みていく。うん、悪くない。ちょっと素敵な大人になった気分。 ただ、使っていくにつれ、聞いてないぞという事態が起きる。すぐ拗ねるのだ。こんな駄々っ子とは誰も言ってなかったはずだ。次
あんまりだ、とうめき声がした。赤いけむくじゃらの塊が抗議の声を上げていた。見慣れないその姿はガイドさんに勧められなければ買おうと思うこともなかった、ランブータンという果物である。 ライチみたいで美味しいよ、という勧め方が気に入らないらしい。言わんとするところは分かるが、ランブータンという果物を知らなかったし、第一ライチに毛が生えたような見た目はなかなか手を出しづらいのだからその説明に異を唱えたって始まらない。 結局、皮をむけば半透明・乳白色の実が現れ、中央には丸い種があり
入り用になったので、ノートパソコンを買った。仕事に使うからと言い訳して、ちょっといいものにした。性能が良いうえ、軽い。「笑っちゃうほど軽いですよ」と家電量販店の店員さんも言っていたが、なるほど、笑いたくもなるほど軽い。少し不安になるくらいだ。こんな快適に使えてこの軽さ、中身が本当にあるのだろうかと思うほど。というか、中身、入ってないんじゃないだろうか。 工場で、お前は優秀なパソコンなんだよ、何でも計算できるし覚えておけるよくできたパソコンなんだ、と褒めちぎられて何だか本人、
部屋にずっと飾ってある写真。あまりにもずっとあるものだからもう風景と化していた。久しぶりに間近で見た時、写真が少し斜めになって額の中に収まっていることに気がついた。でも写真の中の風景はまっすぐだ。写真のいわばフチだけが、斜めになっている。どうしても気になるので、写真立てをひっくり返す。裏はまっさらで留め具が見当たらない。 額の部分を外そうにも外れない。額を叩いて中の写真だけ角度を直そうとしてみるもびくともしない。途方に暮れてぼーっと写真を眺める。 疲れたのか、どうにも写真
昔、しゃべるゴミ箱を見た。どこかのテーマパークだったか。何をしゃべっていたのか、思い出せないが、たしかにいた。 作業机の隅に置く小さなゴミ箱を買ったら、そのゴミ箱がしゃべりだした。 いわく、あの、ゴミ箱だという。生まれ変わってこのサイズになった。君を覚えているよ、なんてリップサービスまでする。こちらはその存在以外てんで覚えていないし、もう夢を与える仕事は卒業したのだから少し楽にしたらどうか、と声をかける。するとゴミ箱の下のあたりがロウソクのようにゆるんで広がった。あぐらで
その店は、少し暗い裏路地にあった。一本通りに出てしまえばよく知った街なのに、その存在を今まで知らなかった。人懐っこい笑顔で出迎えてくれた赤髪の人物が、店の主だった。 店主と一時間ほど話し込む。することはそれだけで店を出る。後日、家に商品が届く。私の元へ届いたのは、柔らかな室内着だった。室内着だ、と思った。本当にそうなのかは分からない。 店での会話から、店主はその客の服を仕立ててくれる。「あなたはワイシャツのような人ですね」と言われていたから、てっきりワイシャツが仕立てられ