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歴史note小説「救国の大宰相」第1話〜死から始まる救国の物語〜

 大野晴翔元首相が8日午前9時、肺炎のため都内で死去しました。98歳でした。2057年4月に首相に就任し、憲政史上最長の12年5カ月、在任しました。57年の衆院選で当時与党の自民党に代わり、大野元首相率いる日本民政党が議会第一党に。憲政の常道を訴え、自民・維新で過半数割れした渡辺内閣の退陣を受け、第112代首相に就任しました。21世紀生まれで初の首相に就任した大野元首相は愛媛県議会議員から衆議院議員に初当選し、非自民非共産の中道保守政権の実現に向けて奔走した人物として知られています。
 就任直後に発生した中国内戦を巡り、多国籍軍の一員として自衛隊を派遣。治安維持を行うと共に内戦終結に向けて現地の軍閥間の和解に尽力しました。この中国派遣は変化する世界情勢と前政権から懸案になってた自衛隊の法的地位についての議論の決定打となり、これをきっかけに憲法9条改正および再軍備につながりました。    
 内政では人口減少社会への対応に取り組みました。2054年に我が国の総人口が1億人を切った、いわゆる「1億人ショック」を踏まえ、政権交代後、1億人割れした社会でも成り立つ国家構想を描いた「22世紀に向けた希望ある日本プラン」を発表。過去半世紀以上続けてきた少子化対策は人口減少に無力だったとし、省人化・デジタル化・コンパクトシティ・生涯現役社会への転換を主張。エストニアを参考にした電子国家への移行やものづくり技術を生かしたロボットやAI開発への支援、過疎地からの戦略的撤退、女性や高齢者、障害者、外国人も含む誰もが働きやすい社会作りを行いました。大野氏は約12年の国家改革に一定の役割を果たしたとして69年9月の総裁選不出馬を表明。同年同月に退陣しました。
 2043年に衆院愛媛3区から初当選し、衆院議員を14期37年にわたり務めました。野党時代は国民民主党の政調会長、民政党の選挙対策委員長、幹事長などを歴任しました。
 退任後は最大派閥の民社協会会長として後継の相沢内閣を支持し、竹本内閣では副総理に就任。民政党長期政権の礎を築きました。2082年には政界を引退。97年には今世紀初となる存命中の大勲位菊花章頸飾を受章しました。



「前にも後ろにもいない素晴らしいご経歴ですね」
 男が資料映像を見ながら感嘆の声を上げながらそう言った。
「よき先輩にお世話になり、優秀な後輩と官僚たちが支えてくれたおかげです。僕は人と運に恵まれた人生だったよ」
 そうしみじみと語るのは先日死去した大野晴翔である。ここは、この世での死亡とあの世への転入を管理する「死亡記録管理庁」だ。そこで大野は職員と話し合っているところだった。
「三途の川があってお花畑があって極楽浄土っていう感じではないのには面食らっちゃったよ。役所みたいな感じ」
 大野は意外と俗世っぽい形で死亡手続きが扱われていることに驚いた。
「それはよく言われます。地上の進歩に伴ってシステムは改めてますけど、建物は老朽化を感じてるのが現状です」
 笑いながら答えるのは管理庁の職員、中村である。
「四十九日の間に講習会は受講していただきましたし、事前の書類にも不備はありませんでした。先日お渡しした『人生の診断』に基づき『死後の進路希望調査』を書いてください。もしお悩みならご相談に乗りますけどいかがされます?」
「僕の場合は極楽浄土で最大100年の休養から、現世への生まれ変わりも比較的融通が利くのか。悪いことしなくてよかった。政治家っていうとすぐダーティーなイメージがまとわりつくからね」
 自分の人生で善行を積み重ねれば重ねるほど、死後の希望する進路が叶いやすいというシステムになっており、大野は何でもOK状態だった。
「美人の女の子に生まれ変わるなんてどうです?次の人生では180℃違ったものにチャレンジしてみるとか」
 中村がふざけて大野にアドバイスをする。
「民族・国籍・性別・容姿・体格・知力・健康・出生地・性格は生まれる前に選べるけど、その人がどう生きるかまでは保障されてないのが面白いね。じゃあ僕が政治家になったのはあくまで僕の意思と現世の運と」
「そのとおりです。もちろん事前にお選びいただいた要素から算出される可能性の高い未来はお示しできますが、あくまでも確率なのでご参考程度に」
「じゃあ、絶世の美人に設定したらアイドルになれる確率は上がるけど、それが僕が若い頃にハマってた坂道グループのセンターになれるかもしれないし、地下アイドルかもしれない。そこは現世での生き方次第というわけね。もっと生まれ変わる前に決まってるのかと思ったよ」
 大野は笑いながら中村との会話を楽しんでいた。
「しかし生まれ変わる前に例えば死刑囚になる人生なんて選びたい人はいませんしそれは酷ですよね?」と中村は言い返した。
「もちろん前世の行いが悪くてお望み通りの進路を選べない方もいます。人間に生まれ変わることにこだわって貧困家庭や悪い環境で育つと非行に走りやすいですし、そこから更生して徳を高めることも可能です。だから忌まわしい戦争や犯罪は全て人類の自己責任で行われているんですよね」
 中村の言葉がやけに重く大野の心に響いた。
「一番人気は生まれ変わり、二番がここの事務職に奉職、次が極楽浄土か……意外と不人気なのか」
「極楽な環境ってたまに行くから楽しいのであって最大100年続くと飽きちゃうんですよね。元気な体で老後が延々と続く感じがして。皆さん10年20年でやっぱり止めますと生まれ変わる人が多いです。もちろん我々としては様々なレクリエーションや企画を用意して改善はしていますが」
「なるほどね、実は決めてあるんよ次の進路は!日本人で日本在住、男で、ハンサムに、背が高くて、賢くて、心身ともに健康の、東京生まれの、優しく勇気があるという感じに!これだったらまた政治家にもっと楽になれそうだし、やりたいことをまたできると思うからさ」
 大野は自分の天職が政治家であることを悟り、次の人生も政治家、それも大物になれそうなスペックを希望していたが、中村の表情は暗い。
「まあ確かに簡単になれそうですけど、ここまで環境がいいと世襲政治家になって真面目に仕事をしなかったり、欲に目が眩んで汚いことしたり、浮世離れした生活が当たり前になって国民の心を掴めなかったりと、条件が良すぎるゆえのデメリットが生じる確率も高くなるとだけはお伝えしておきます」
「2世、3世議員はよく見てきたけど、君の言うように優秀かぼんくらか極端に分かれてたなー」
 ハッと我に返って大野は自分の条件の甘さに気づいた。
「あと重ねて言っておきますが、前世で身につけた知識、経験、処世術など含む全ての記憶は引き継げませんからね。だから来世も政治家になれたとしても大野晴翔との関連性はほぼゼロですし、民政党に行けるとも限りませんからね」
 前世の記憶が引き継げないという条件を大野はすっかり忘れていた。中村は続けてこう語る。
「まあ、大野さんがご自分の記憶を保ったまま次の人生を歩めるというパターンはあるっちゃあるんですけど、結構ハードで選ぶ人はほとんどいないものもあるんですけどね……」
「それはどんなやつなんですか?あれだ、自分の人生をやり直すやつか!」大野が食いついて問いかける。
「大野さんが若い頃に見たドラマとは全く違いますよ。これは別の世界線での特定の人物の人生を継承して生きていくという『シナリオ選択型生まれ変わりコース』というやつなんですよ。これは私の担当じゃないので別の者に引き継ぎますけどどうされます?」
「話を聞くだけでもいいんですよね?」
「もちろんです。無理そうならこちらに戻ってまた手続き進めましょう」
「よし、じゃあ話だけでも聞いてみよう」
 大野は自分の実績や見識が生かされる次の人生への期待を持って、別の部署へと移動した。


「大野さーん、こちらです」女性の声がスピーカーから響いた。待つ間もなくすぐに呼び出された。
「大野です。こちらで話を聞いてこいと言われましたのでよろしくお願いします」
「ここに来るとは穏和そうに見えてやっぱり野心家で自分に自信があるということですね。さすが永遠のセンターと言われただけありますね」
 20代の若そうな女性が大野にニッコリと微笑んだ。
「私は片岡と申します。実は生きてた間は大野さんの大ファンで!あっ、すいません、個人的な話をしちゃって」謝り恐縮する姿が可愛らしかった。
「片岡さんのような若い女性からもてはやされたこともあったね。まあそれは過去の話、本題である『シナリオ選択型生まれ変わりコース』というのはどういうものでしょうか」
「はい、まず前提としてこの世が一つではないということはご存知ですよね」
「もちろん、四十九日での講習会で伺いました」
「なので大野さんが生きてた世界とは別の世界がいくつもあって、生きてる人物や時間の流れ、歴史の動きがバラバラ。このコースを選ばれた方には別の世界で生きている人の人生をバトンタッチしてもらうものです」
「講習会では死にかけた人物に代わってその後の人生を生きていくと聞きました。基本的に逆境からの逆転、生まれ変わりを黙って生きていく、思うようにいかないと、かなり難しいシナリオばかりで志願者が少ないが、人生の記憶を積み重ねられるため一部からは根強い人気があるとか」
「おっしゃる通りです。あまりいい例とは言えませんがイタリアのムッソリーニさんは、5回人生をバトンタッチして5回ともファシスト党作ってますからね。我々は人々の思想にまでは介在できないので別に全体主義を肯定してるわけではありませんが」
 片岡は続けてこう語る。
「大野さんの場合はやっぱり日本の政治家がお似合いだと思いますので。ここから人生検索していきましょう。求人はたくさんあるので」
 大野はパソコン画面を眺めながら検索条件を設定していった。
「やっぱり明治以降の政治家かなー共産党とか社会党はありえないし、民主党は先輩方がいたけどそのイメージ払拭に四半世紀以上かかったしな」
 求人の質が良くない、やっぱり止めようかな……そう言いかけそうになったとき、片岡が切り出した
「大野さん、いくつか質問します。これである程度絞れるのでそうしません?」
「あぁ……じゃあそれでいい案件がなかったらこの話は諦めるよ」
「分かりました。じゃあ始めますね」


「性別は男がいい」
「はい、結局竹本さんまで女性総理は現れなかったしなんだかんだ男社会だからね」
「始めるなら雑巾がけからスタートしてもいい」
「いいえ、元々は小さな政党だったからあんまりそういう苦労はしてないからちょっと……」
「歴史に名を残したい」
「もちろん!大野晴翔としては教科書に乗るだろうから次の人生もそうしたい!」
「ボトムアップよりトップダウンがいい」
「うーん、トップダウンかな。結局そうやって人事や政策を指揮して成功してきたわけだし」
 片岡の質問は詳細設定とは異なる随分細かいことを尋ねてくるなあと思ったが、質問に従うまま大野は答え続けた。
「政治史の知識は詳しい」
「はい」
「右が左かと言われれば右だ」
「そうだね」
「世界を股にかける男になりたい」
「うん、英語はできないけど」
「信念を貫いて殺されるなら本望だ」
「それが政治家の本懐でしょう、もちろん」
 キーボードを打ち、何度かマウスをクリックして、片岡は再び口を開いた。
「いくつかの質問と大野さんの実績、私が知る限りでの大野さんの性格や気質を踏まえて3つに絞りました。これが嫌ならたぶんどれも満足しないと思うのでこのコースは諦めてください」
「はい……」
 大野はそれぞれのシナリオの概要が示された紙を眺めた。



 ①氷河期世代を生み出すな!バブル崩壊を食い止め失われた日本を取り戻せ!
 ②吉田ドクトリンからの大転換!成し遂げろ再軍備!戦争の記憶が残るうちに
 ③築け東亜の平和と繁栄!護れ日本の生命線!日中戦争前夜から始まる国家指導
「なかなかえげつないものを示しますなあ」
 覚悟はしていたが、思っていたよりも重すぎるシナリオに気分は萎えてしまった。
「正直、僕には荷が重いですね」
 大野はこれからどうやってお断りしようかと話の順番を頭の中で考えていた。
「そうですか?後期高齢者になる氷河期世代の最終的解決を目指して社会保障制度改革のための与野党協議の野党・国民民主党の責任者になってたじゃないですか!思い入れは深いテーマだと思いますけど?」
「あれはやれって言われてやっただけだし、人口は多いけど資産や年金の少ない彼らを事実上切り捨てるために断行してかなり恨まれたからなあ~」
「だからこそそうした彼らを作らないために取り組む価値はあるんじゃないんですか?」
「そうは言っても経済は実はかなり弱いし、あの時代の財務省いや大蔵省と喧嘩しても勝てないだろうし」
「じゃあ次はどうですか?あなたがやった再軍備を1960年頃に成し遂げるだけですよ?」
「だけですよって随分お気楽な……侵略戦争の否定と軍隊の保持とキッパリ断言しただけで罵詈雑言の嵐だったんだよ。党内でも数十人それはできないって離党者まで出したし……」
「でもドイツは戦後10年でできましたよ?」
「そうだけど……僕が得意とした広報戦略はパソコンのないあの時代では生かされないし……」
「じゃあ最後のやつはどうですか?日中戦争を回避して結果的に太平洋戦争も回避する。素晴らしく英雄的な役割だと思いますけど?あと大野さんは戦前の政治史にお詳しいとも聞きますし」
「僕の政治家としての歩みは終戦100年を経て、この歴史を克服して新時代を切り拓くというテーマがあったのは事実。アメリカに勝つなんて無理があるしだったら戦争なんて起こさなかったら良かったのにとはいつも思ってたよ」
「だったらピッタリじゃないですか!祖国の英雄になれるチャンスですよ〜」
 軽いノリで話しかけてくるのが職員として対応するのに適切なのか疑わしく思えたが、一応支持者だったので大野はグッとこらえた。
「でも目立つようなことしたらあの時代だったらすぐ消されそうだし……」
「殺されたらまたここに来て新しいチャレンジをすればいいだけですし!」
「はぁ……」
「私だったら祖国を勝利に導く永遠のセンター・大野晴翔だったらこれくらいはケロッとしてほしいですけどねー『この命を捧げてでも祖国の繁栄と勝利をもたらすこと、これこそが国家指導の第一線で働く者の使命であり、それこそが私に与えられた天命です』とぶちかましたのはあなたですよ?」
 総理に居座り続けてるのを見て、国民はいつしかアイドル好きも重ねて「永遠のセンター」なんてあだ名をつけたし、見栄を張ってカッコつけたセリフを挟んで演説していたことは確かに事実だった。
「片岡さんが推すのは③と……まあ興味深いね、でも……」
 適当にあしらって断ろうとした瞬間
「③ですね!分かりました!さすがは大野総理!スケールが違いますね。国民の期待を裏切らないその姿は死んでもなおそのままだったとは私、感激しました!」
「いや、そこまで言わなくても」
「先生、日本の未来をもう一度頼みます!」
 どこからか職員たちが集まり、拍手をして目を輝かせていた。その光景にかつての記憶が蘇った。一身に浴びる喝采と期待以上を成し遂げ評価されたときの快感、その喜びの虜になり続けた男には最高の環境だった。職員たちはみな満面の笑みである。
「では詳細をお読みになってください。誓約書を持ってきますので」
 片岡は一時離席し、大野は一人で考えた。
(やりますって言ってないんだけどな……なんかトントン拍子で生まれ変わることになってるんだけど)
 生まれ変わりの見出しだけでほぼ強制的に決められてしまった大野であったが、その詳細についてザッと一読した。
 生まれ変わる時代…1937年6月
 生まれ変わる人物…近衛文麿
 与えられた役割…日中戦争を回避する
(よりによって近衛文麿かよ……しかも内閣発足翌月には盧溝橋事件で、第二次上海事変で決定的な対立となり全面戦争になったのよな)
「おまたせしました。これが誓約書なんでご納得いただけましたらサインしてください。まあ色々書いてますが、生まれ変わったことを気安く他人に言わない、仮に言ったときに生じる損害について当庁は責任を負わない、途中で止めることはできないにご納得いただけましたら大丈夫ですので」
「はぁ」
「今、調べましたら大学の卒業論文が日中戦争における日本の和平工作じゃないですか!なおさらピッタリですね。早く言ってくださいよ~」
 片岡の無邪気な言葉が耳に障る。とはいえ周囲の目、片岡の期待を思うとここでちゃぶ台がえしをする選択はなかった。
「書きましたよサイン。これでいいですか?」
「はい、ありがとうございます」
「でも死にかけのシーンって近衛文麿になかったですよね。どこで私と彼が切り替わるんですか?」
「それはご心配なく。自然な形で切り替わるようにしてますのでそこは大丈夫です。まあ最初はぎこちない感じはしますがそこはガイドします」
「ガイド?」
「大事なことを言い忘れてました!博識な大野さんでも全ての事実や人物名、人間関係などは分からないと思いますので、自動的に視界の中で説明文が表示されるようにしてます。これでご自身の経験と生まれ変わり先の情報が合わさって鬼に金棒かと。もちろんこのことも他言無用でお願いしますね」
「それは助かるね。検索したいと思ってもこの時代はネットなんてないからさ」
 片岡は生まれ変わりの最終手続きを説明していたが、大野はふとあることが気になった。
「あの、変なことを聞くけど、閻魔様とかはいないの?お前は地獄行きだ!とかめちゃくちゃ怖いとかはないの?」
「ふふ、閻魔様ですか?それは弊庁の長官のこの世での俗称ですね。別に赤くもないし、今の長官は優しくておっとりした感じですよ。それに今日は更生施設の視察で不在です」
「意外とお役所チックなんだな……あの世への幻想がなくなったよ」
「他にお尋ねしたいことはありますか?」
「んーないかな。もうさっさと次の人生歩ませてくれって感じ」
「分かりました!ではさっそく移動しましょう!地下一階のドアを開けてもらったら新しい人生がスタートです。ご案内します」
 大野は片岡に誘導され地下一階へと降りていくことになった。歓呼の声が響き、出会う者と握手を交わし、万歳の波で送り出された。
「なんかすごい事になってたね」
「そりゃあなたを知らない人はいませんから。救国の大宰相なんでしょ?また次の世界でも祖国を救ってくださいね」
「へへ、そこまでおだてられたらやるしかないね。片岡さんありがとう」
 最後に担当した片岡と固く握手を交わし大野は扉を開けた。

 
 


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