ドバイの通貨「ディルハム(AED)」 ー 資産形成に適しているか
昨今、日本円が不安定な状況で、海外資産、海外通貨で資産形成をしたい方も増えているのではないでしょうか?ドバイは不動産が注目されがちですが、今回は「通貨」に焦点を当てます。ディルハムとはどんな通貨か、資産形成には使えるのか考察をします。
ドバイの通貨
ドバイ(UAE)の通貨は"ディルハム"と呼ばれており、シンボルは"AED"と表記されます。
UAEは、1 AED = 3.6725 USD の固定レートを採用しています。つまり、AEDは、USドルといつでも同じ交換比率で交換できるということです。基軸通貨であるUSドルと同じ交換比率ということは、ドル建て資産を検討する投資家にとっては非常に魅力的です。
固定レートにすることをペグ(Peg)といいます。
USドルに通貨をペグしている国は約30カ国存在します。バーレーン、オマーン、カタール、サウジアラビア、アラブ首長国連邦(UAE)の中東地域や、バハマ、バルバドス、バミューダなどのカリブ海の国々でも採用されています。
固定レートの理由とディルハムの歴史
UAE(アラブ首長国連邦)が自国の通貨ディルハム(AED)をUSドル(USD)にペグさせた理由には、経済の安定性と信頼性を確保するための歴史的背景があります。
歴史的背景
初期の通貨とドルへのペグ:
UAEは1971年に独立し、1973年にディルハムを導入しました。それ以前は、ペルシア湾の他の国々と同様に、カタール・ディナールを使用していました。1978年、UAEはディルハムをUSドルにペグすることを決定しました。これにより、1ドル=3.67ディルハムの固定為替レートが設定されました。安定した基軸通貨としてのUSドル:
USドルは、世界の主要な基軸通貨であり、信頼性が高い通貨とされています。多くの国々がUSドルを基準にして通貨の価値を安定させています。UAEがUSドルにペグすることを選んだのも、ドルが国際的に安定した通貨であることを利用して、ディルハムの価値を安定させ、国際貿易や投資を促進するためです。原油輸出とドル:
UAEは原油の主要な輸出国であり、原油の取引は通常USドルで行われます。ディルハムをドルにペグすることで、原油取引における為替リスクを減らし、輸出収入の安定を図ることができます。地域の経済安定性:
1970年代以降、湾岸地域の他の国々(例:サウジアラビア、クウェート、バーレーン)もUSドルに通貨をペグしています。この地域の経済政策との一貫性を保つため、UAEもドルペグを維持することを選びました。
基本的に、グローバルの原油取引は、USドルで決済されています。
一方、ロシア-ウクライナ戦争により、USドルの基軸通貨としての立場が弱まっている側面もあります。2009年に設立されたBRICSという国際組織は、新興市場と途上国を中心とし、経済協力や南南協力の強化を目的としています。ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカに始まり、2024年にエジプト、イラン、エチオピア、UAEが加盟しました。2023年には、世界全体の原油取引の約20%がドル以外の通貨で行われました。ロシアや中国は、原油の取引にUSドルを使わない姿勢です。
通貨ペグの仕組み
固定為替レートの設定: UAEの中央銀行が、ディルハムとUSドルの交換レートを3.67に固定します。
中央銀行の役割: 中央銀行は、ドルとディルハムの交換をコントロールします。もし市場でディルハムの需要が高まりすぎて、1ドルが3.67ディルハム以上になりそうになった場合、中央銀行はディルハムを売ってドルを買います。逆に、1ドルが3.67ディルハム以下になりそうな場合は、ドルを売ってディルハムを買います。こうすることで、為替レートが固定されるように調整します。
ドル準備の保持: UAEの中央銀行は、大量のドルを保有しています。これにより、いつでも市場でドルとディルハムの交換が必要になったときに対応できます。
通貨ペグの失敗原因
USドルとの固定レートを採用するディルハムが失敗することがあるのかどうか、過去の事例から原因を見ていきます。
外貨準備の不足: 通貨ペグを維持するためには、中央銀行が十分な外貨準備を持っている必要があります。外貨準備が不足すると、ペグされたレートを維持するために必要な市場介入ができなくなります。例えば、国内通貨が売られて外貨が買われる場合、中央銀行が十分な外貨を持っていないと通貨価値を維持できなくなります。
経済の不均衡: ペグされた為替レートが経済の実態に合わなくなると、経済の不均衡が生じます。例えば、国内のインフレが高くなりすぎると、ペグされた通貨の価値が実際よりも高く評価され、輸出が不利になります。これが長期にわたると、通貨ペグを維持するのが難しくなります。
投機的攻撃: 投機家が通貨ペグの崩壊を予測して大量の通貨を売買することで、中央銀行の防衛策が無効になることがあります。これは「投機的攻撃」と呼ばれます。もし投機家がペグが崩壊すると信じて大量に売りを仕掛けた場合、中央銀行が通貨を買い支える力が足りず、ペグが崩壊することがあります。
具体例
アジア通貨危機(1997年): タイのバーツはUSドルにペグされていましたが、1997年に投機的攻撃と外貨準備の不足によりペグが崩壊しました。これにより、タイの経済は深刻な打撃を受け、アジア全体に経済危機が波及しました。
アルゼンチン(2001年): アルゼンチンはペソをUSドルにペグしていましたが、経済危機と政治的不安定、外貨準備の不足によりペグが維持できなくなりました。この結果、通貨価値の大幅な下落が発生しました。
具体例を見ると、通貨ペグが失敗する原因は、①自国通貨を発行しすぎることに伴い ②外貨準備金が不足することが大きいようです。通貨ペグを採用する場合は、外貨準備金を十分に保有している必要があります。
USドルペグは外れるのか
USドルの覇権が崩れてきている現状を見ると、UAEのディルハムが将来USドルとのペグが外れるのではないかという疑問が生まれます。
現状、UAEとサウジアラビアは、多くの外貨準備をドルで保有しており、これは国際的な金融安定に寄与しています。USドルが世界の中央銀行外貨準備の約62%を占めていることから、ドルにペグすることは経済的なリスク管理において非常に重要です。また、世界の外為取引の90%がドルで行われており、約40%の世界の債務がドル建てで発行されています。
この現状から鑑みると、短期的にUSドルペグを外すことは考えにくいと言えます。
USドル以外に何にペグさせるのか
もし、USドルの信用力が低下していった場合、他にどのような方法があるのでしょうか。
GCC(湾岸協力会議)には、サウジアラビア、クウェート、バーレーン、カタール、UAE、オマーンが加盟しています。この中で、クウェートは2007年5月にUSドルペグを廃止し、その後、USドルを含む通貨バスケットに通貨をペグする政策を採用しています。
廃止により、ドルの変動に対する依存度を低減し、インフレの管理が改善されるメリットがある一方、バスケットの構成の不透明性や運用の難易度が上がるデメリットがあります。
このように、代替となる選択肢を採用することを考慮すると、短期・中期的にはUSドルペグを外す可能性は低いかもしれません。
ディルハム建ての資産形成
ここまでの議論を踏まえて、ディルハム建ての資産形成について考察します。
ロシアや中国などグローバル基軸通貨であるUSドルから離れる動きがある一方、依然としてUSドルの影響力が大きい状況にあります。しかし、USの景気後退が近づいていることも確からしいといった状況です。
また、中東地域やGCC諸国の足並みを揃える意味でも、USドルペグをいきなり外す可能性は低そうだという状況です。
USドルよりもディルハムを預金する方がメリットがあるシナリオ
1. ドル安の長期化とインフレリスクの増加
米国の金融政策や経済状況によりドルの価値が低下し続ける場合、ドルで保有する資産の価値が減少する可能性があります。AEDはドルにペグされているため、為替リスクが低減されますが、米国のインフレが進行する場合、UAEの物価が相対的に安定する可能性があります。これは、AEDで保有する資産がドル建て資産よりも価値を維持しやすいというメリットを提供します。
2. UAEの経済成長と多様化
UAEが経済多様化を進め、特に観光、物流、金融サービスなどの非石油セクターが成長を続ける場合、AEDの強さが相対的に増す可能性があります。UAEの経済成長と多様化は、長期的にAEDの価値を支える要因となりえます。特に、ドルが弱くなる一方でUAEの経済が堅調であれば、AEDでの資産保有が有利になる可能性があります。
ディルハムがUSドルペグを外さないと仮定すると、上記のシナリオの場合はUSDよりもAEDで預金している方が資産保全になると考えられます。
ドル安がドバイ不動産に与える影響とシナリオ
シナリオ1: ドル安と外国人投資の増加
ドルが弱くなると、他の通貨に対してドルの価値が下がります。このため、ドルで価格が設定されている資産(例えばドバイ不動産)が他の通貨を持つ投資家にとって割安に見えるようになります。
つまり、欧州やアジアなどのドル以外の通貨を持つ投資家にとって、ドバイの不動産が魅力的になります。結果として、外国からの投資が増加し、不動産価格が上昇する可能性があります。
シナリオ2: ドル安とインフレ圧力
ドルが弱体化すると、輸入コストが上昇しやすくなります。UAEは多くの商品を輸入に依存しているため、ドル安はインフレを引き起こす可能性があります。
インフレが進行すると、不動産の維持コストも増加します。これにより、不動産の賃貸価格が上昇し、利回りが一部向上する可能性があります。ただし、インフレが過度に進むと購買力が低下し、不動産需要が減少するリスクもあります。
ドル安によって、ドバイの不動産市場がどのように変動するのかは、さまざまな要因を考慮する必要があるため一概にドル安だけは判断できません。
いくつかのシナリオを描いておき、柔軟に対応できるポートフォリオを組んでいくことが重要です。
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